第71話 エルフの倫理観の欠如


 開戦まで三日前になろうとしていた。魔力のコントロールもある程度は慣れてきていた。だが俺一人では心もとない。なのでアスティを僧侶妹の家に呼び、これからの作戦を練ろうとしてた。


「ふと思ったんだが、今の弱体化したアスティって戦力になるのか?」


「うーん、多分ならないと思います。でも形態変化で剣になれば手助けできるんじゃないですか?」


 形態変化の貞操観念がもはや消失している。こいつはこれでいいのだろうか?


「剣を折られたらアスティが死ぬからなあ。鍔迫り合いできないから、斬撃飛ばすしかないんだよね」


「まあ確かにそうですね……。防具になっても壊されたら死にますもんね」


「そもそも俺が戦った相手以外にも敵はいるんだよな……」


「確かにそうですね、どうすればいいんでしょう?」


「アスティが剣になって強化された斬撃を飛ばせばいいんだろうけど、僧侶を巻き込む可能性があるからな」


「ですね……。僧侶さんの居場所さえ分かればそこを避けて壊せばいいんでしょうけど場所がわかりませんね」


「うーん……」


 少なくとも斬撃で軍の施設を最初に破壊するのは得策だろう。だが肝心の僧侶が巻き込まれれば意味がなくなる。


「そういえばモルさんってクリスタルの効果で魔力が見れるようになったんじゃないですか? それで探せばいい気もしますが」


「戦闘で使ったが、基本見えている相手しか感知できないんだよね」


「それじゃ駄目ですね」


 俺たちが話し合っていると横で話を聞いていた僧侶妹が口を開いた。


「クリスタルって魔力を込めるとより強い力が発揮できるんですよね。多分ですけど、目に魔力を込めれば壁越しでも見えるようになると思いますよ」


 なるほど、クリスタルってそういう能力があったのか。どうりで軍事転用をしようとするわけだ。


「でも俺は魔力のコントロールできないぞ?」


「確かにそうですね……。うーん」


 僧侶妹は何かを考えるように顎を手に当てた。しばらく思案した後、口を開いた。


「エルフって全身に魔力が通っているんですよね」


「なるほど、それがなにか関係あるのか?」


「エルフと眼球交換すればいいんじゃないですか?」


「何その発想、怖い」


「くり抜いても回復魔法で戻せますし」


「妙案なんだが、エルフ可愛そうじゃない?」


「滅ぼされるよりはましじゃないですかね?」


「まあそうだけど……。それで誰の眼球を貰えばいいんだ?」


「フィルさんが一番魔力が高いのでフィルさんが適任ですね」


「仮にも村の長を生贄に出す君が怖い」


「それじゃ早いほうがいいのでフィルさんを呼んできますね」


 僧侶妹は意気揚々と家を出ていった。


「エルフが段々怖くなってきた」


「でも慣れてるんじゃないですか? いつも死にかけてますし」


「それもそうだけど……段々と俺の体がエルフに侵食されていっている気がする」


「戦いが終わったら体の半分くらいエルフになってそうですね」


「まあ肉体が強化されるのは願ったり叶ったりだが……。まあいいか、強くなるし」


「切り替えが早すぎる」


 そんなことを話していると僧侶妹がフィルを連れて家に戻ってきた。


「モルダー殿、私の眼球が欲しいんだって?」


「確かに必要なんだが……仮にも村の長だろう? 自分の体を人に上げるのって嫌じゃないのか?」


「まあ私も死んだらグラン・クリスタルとしてエルフの未来を支え得ていくんだ。眼球の一個くらいは別に構わん」


 そう言うとフィルは自身の目に手を突っ込み、目玉をくり抜いた。


「行動が早すぎる」


「さあ、モルダー殿も引っこ抜いてくれ」


「そんなムダ毛を抜くぐらいのニュアンスで言われても……怖いんだが」


「自分では無理か?」


「怖すぎて無理だな」


「よし、フィニーとアスティ殿、モルダー殿を拘束してくれ」


「え?」


 逃げる暇もなく、アスティと僧侶妹が完全に俺を羽交い締めしていた。こういう時だけ無駄にコンビネーションが取れてるな。


「ちょっと覚悟を決めるから少しま――


 右目に強い痛みを感じる。というより目が燃えるように熱い。肉体の損傷は慣れたが、眼球をくり抜かれたのは初めてだ。痛みが尋常の沙汰ではない。


 そして残った左目で様子を見ていると、フィルが自分の眼球を俺の目に無造作に突っ込み、詠唱を始めた。すると、またたく間に痛みは引いていった。


「この世の地獄を見た気がする」


「ははっ、まあこれで眼球に魔力が宿ったろう。心臓から魔力を供給しないと魔力切れを起こすが、しばらくは大丈夫だ」


 フィルが俺の目に付いていたクリスタルを渡してきた。それを右目に嵌めると視界が別世界に変わっていた。


「村全員の魔力が視認できる。すごいなこれ」


 フィルは自身の眼球を回復魔法で戻した後、口を開いた。


「ちなみにどうだ? みんなの魔力は? どれぐらいの魔力を持っているかは分かるだろう?」


 試しに僧侶妹とフィルを見比べてみる。僧侶妹は魔力の濃度が薄いようだが、フィルは体全体が緑に染まっていた。


「さすが族長だな、魔力が多すぎる」


「はっはっは、そうだろう。このくらいないとグラン・クリスタルには成れないのだよ」


「なるほどなあ」


 確かに魔力の塊のグラン・クリスタルを作るにはフィルほどの魔力が必要なのだろう。体中に魔力が駆け巡っている。


 すると後ろにいたアスティが声をかけてきた。


「ちなみに私はどうですか?」


 アスティはどうなんだろうか? 魔王と言うだけあって魔力もフィル並にある気が――


「魔力が溢れすぎててアスティが見えねえ!!」


 もはやそこにはアスティではなく、黒い魔力の靄があるだけだった。漆黒を超えてその空間だけ闇に飲まれており、周囲に漏れている魔力のせいで姿が確認すらできない。


「お前、魔力やばかったんだな……」


「まあ魔界の王でしたからね!」


 アスティが多分ドヤ顔で言っているのだろうが、黒い靄で全く顔が見えない。


「アスティ、お前の魔力が高すぎてお前が黒い靄に見える。なんとかならない?」


「いやあ、魔力が高すぎてご迷惑おかけしてますね、すみません」


 多分声の調子からしたり顔で言っているのだろうが、顔が確認できない。


「このままだとアスティを生き物として認識できん」


「ええー! 私のかわいい姿を見られないなんて可愛そうですね!」


 一発顔面にビンタをかましたいが、もう何も見えん。俺は何と会話をしているのだろうか?


「フィル、なんとかならない? 生活に支障が出るんだが」


「普段は目玉をくり抜いて置いて、戦闘する時だけつければいいんじゃないか?」


「眼球ってそんなノリで引っこ抜いていいもんじゃないだろ。エルフの倫理観こええよ」


「まあそれは冗談だ、普通に眼球につけたクリスタルを取り外せばいいだろう」


「それを先に言えよ……」


 眼球からクリスタルを取り除くと元の世界に戻った。一時はどうなるかと……。


「これでプラハ軍に勝てる算段はついたか?」


「ああ、今度は負けねえよ」


 こうして対プラハ軍との戦闘の準備が整った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る