第70話 サイコパス

 俺が生きかえって一周間が経った。魔力による一時的な世界のスローモーション化の訓練は難航していた。魔力を込めるタイミング、そして魔力を込める時間の調整が難しい。魔力を込めすぎると心臓に負担がかかりすぎて呼吸困難で数十分は動けなくなる。だからといって魔力を込めないと不発に終わる。残り一週間だというのに頼みの術を習得する気配はなかった。


 俺が森で一人で練習していると僧侶妹がやってきた。


「どうですか? 進捗は?」


「全然うまくいかん。コツとかある?」


「コツですか?」


 僧侶妹は顎に手を当て思案している。


「普通の人は魔力を詠唱によって出力しますからね、内部で魔力操作は聞いたことがないですね」


「それもそうか。うーん、なにかいい手はないものか……」


 俺が頭を悩ませていると、僧侶妹が何かを思いついたようだ。自信ありげに口を開いた。


「エクスカリバーって切れば傷を治せるんですよね?」


「ああ、そんな能力になってるな」


「心臓に差しとけば治り続けるんで、いけるんじゃないですか?」


「何その悪魔みたいな提案。俺に死ねと?」


「試しにやってみます?」


「失敗したら死ぬよね?」


「ワンチャンいけますって」


「ほぼ死ぬんだよなあ」


「別の方法となると思いつかないですね。うーん……。あっ」


「どうした? いい案思いついたか?」


「アスティさんって形態変化できるんですよね?」


「できるな」


「魔力も死ぬほど持ってますよね?」


「持ってるな」


「アスティさんに心臓になってもらえばいいんじゃないですか?」


「アスティが不憫すぎる」


「魔力の操作も自由自在ですし、名案じゃないですか?」


「それ本人の前で言ってみろよ、殴られるぞ」


「え? じゃあ呼んでみます?」


「え?」


 俺が声をかける前に僧侶妹は村の方に戻っていった。



▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲



「というわけなんですが、アスティさんどうでしょう?」


「ええ……」


 僧侶妹の提案にアスティが絶句している。僧侶と僧侶妹は似てないと思っていがどっちもサイコパスらしい。


「私が心臓になったらモルさんが死ぬまで心臓にならないといけないじゃないですか」


「グラン・クリスタルを奪って、姉も奪って、軍の施設を破壊したら元に戻ればいいんじゃないですか?」


「それじゃ俺死なね?」


「死にますね」


「ええ……」


「逆に考えて見てくださいよ。すべてが解決してグラン・クリスタルが全部戻ってくるんですよ? 天才じゃないですか?」


「俺の命が軽く考えられ過ぎている」


「一度死んでますし、大丈夫ですよ!」


「アスティ、助けてくれ。サイコパスが俺を殺そうとしてくる」


「助け舟を出したいですけど、代案がないですね……」


「このままだと俺は殺される。お前が頑張るんだ」


「そうは言っても……うーん……」


 アスティは目を斜め受けに向け、悩んでいる。そして何かを思いついたのか、いい笑顔で口を開いた。


「モルさんって今魔力で斬撃飛ばせますよね? しかも森を破壊する威力で」


「そうだな」


「その状態で私が剣になって斬撃飛ばせば軍の施設破壊できるんじゃないですか?」


「確かに」


「確かにそうですね」


 考えても見ればあいつと戦う必要はない気がしてきた。すべてをぶっ壊せば終わる気がする。


「でも僧侶はどうするんだ? 巻き込まない?」


「巻き込みますね」


「その辺はどうするんだ?」


「死んだらグラン・クリスタルで生き返らせればいいんじゃないですか?」


「ええ……」


「ええ……私の姉の扱いがひどすぎる」


「でもそれだとグラン・クリスタル一つしか無くなっちゃわない?」


「確かにそうですね。じゃあもう呪術で生き返らせればいいんじゃないですか? これなら心臓なくても動きますし、三つのグラン・クリスタル全部戻ってきますよ!」


「サイコパスかな?」


 アスティも人間の心がないらしい。まあ魔族だから考え方が違うのかもしれないが。


 そんなことを考えていると村の方からフィルがやってきた。


「どうだい? 魔力の使い方は覚えたか?」


「まだだな、全然だ。解決策を考えていたんだが、ここにいるアホ二人が最低の提案しかしてこない」


「いい案でしたよ」


「私の案は完璧でしたよ」


 サイコパス二人がほざいているが俺は無理をして、フィルに話しかけた。


「なあフィル、いい案ないか?」


「いい案か……ううむ……」


 フィル腕を組み思案している。しばらくして何かを思いついたようだ、俺の目を見て口を開いた。


「アスティ殿は形態変化ができるんだろう?」


「ああ」


「そして敵は君が感知できないスピードで攻撃してくるんだろう?」


「ああ」


「それなら大丈夫だな。まず作戦はこうだ。君が一回敵にやられる」


「なるほど」


「それで相手は心臓を刺しに近寄ってくる」


「それで?」


「そして予め胃袋に入れておいたアスティ殿が元に戻って奇襲する」


「なるほど。確かにそれで相手は倒せるかもしれん。でも俺は?」


「死ぬな」


「なるほど」


 もう俺に仲間はいないのかもしれない。村を救うべく戦っているのに全員俺の命を軽んじている。


「全員却下だ」


「ええー、モルさん! 私のは良かったでしょう?」


「私のも良かったですけどね。何が不満なんでしょうか?」


「私のも良かっただろう? 何が不満なんだ?」


「全部俺が死ぬんだよ!」


 もうこいつらには頼れない。俺が考えるしかない。何か手は……。


「だめだ、もう普通に訓練するわ」


「それだと魔力の暴走を起こしてしばらく動けなくなるんじゃないですか?」


 まあ確かにアスティの言うとおりだ。だが考えても見ればここはエルフの村だ。


「俺が倒れたら回復してくれ。それでひたすら訓練する」


「地道ですね。モルさん、間に合います?」


「姉の命がかかってるんですよ? 間に合います?」


「エルフの村の未来がかかってるんだぞ。間に合うのか?」


「信頼なさすぎだろ。間に合わせるよ気合で」


「駄目だったら呪術使ってくださいね」


「間に合わなかったら私の案を使ってくださいね」


「間に合わないと思うから、私の案を使うのを検討してくれ」


 間に合わせないと俺が殺される。余命一週間かもしれないが、死ぬ気で頑張ろうと本気で思えた。

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