第57話 僧侶、お前もか

 こいつに勝つには勝てた。だが本来の目的を果たしてるとは言えない。本隊が村の中にいる以上、それを止めなければ意味がない。


 だが歩こうとも足は動かず、腹部からは鈍い痛みが断続的に続いている。だいぶ血を失ったのかあたまがぼーっとする。血は回復しないのか、それとも回復スピードが遅いのか。自分が倒れてた場所の血溜まりを見る限り、致死量にしか見えないので、血は多少なりとも回復するのかもしれない。回復魔法による回復とは異なり、自己の免疫力、再生力を上げているのだろうか? 半分妖刀だなと、光り輝くエクスカリバーを見てふと思った。


 さて、頭は回らないが考えれなければいけない。ここにいては誰かに見つかりやられるだろう。さっき会った小隊は全員気絶させておいたが、ボルフィードが見に行かせた僧侶が回復させているかもしれない。いっそ、そいつらを相手にしてまた回復する手もあるだろうが、奇襲は二度目はない。俺に畏怖を、恐怖を感じてくれていればやりようがあるのだが、気絶程度じゃそんなことは思わないだろう。


 うーん。考えても見れば一人で戦場に出たのは無理があった。こんなことなら僧侶妹を連れてくるべきだったように思える。アスティもそうだ、ちょっと強化されたエクスカリバーにテンションが上がってしまい、普通に置いてきたが、あいつを武器にして斬撃飛ばしたほうが効率的だった。近距離しか戦えない状態で、さらに複数相手はきつすぎる。


 今からでもあいつの所に戻るべきだろうか? いや、村に入ろうにも、入り口も周囲も見張りが立っている。不意打ちでもできればいいのだろうが、この体力じゃ無理な気しかしない。

 

 どうしたもんかとしばらく考えていると、かすかに見える村の中央から敵の本隊が歩いてくるのが見えた。もう終わったのか? 他のエルフは大丈夫だったのだろうかとしばらく見ていたが、入り口へ歩く集団の中にエルフはいないようだった。ほっと、胸を撫で下ろすが、気になることがあった。あいつらの目的はエルフじゃなかったのか? いやグラン・クリスタルだったか……? 僧侶妹が説明していたような、していなかったような……正直思い出せない。


 いずれにせよ、エルフがいないということはグラン・クリスタルでも手に入れたのだろう。俺も使って思ってはいたが、あれが軍事転用できれば他国との戦争で大幅に優位に立てる。この小さいクリスタルでも効果があるのだ。あの大きさのグラン・クリスタルをそのまま使うか、小さく砕いて使うのかは分からないが、まあもし奪っていたとしたらこの国がより強大になるのだろうと他人事のように思った。


 歩いてくる集団に見つからないように俺は森の中へと姿を隠した。ボルフィードの死体の近くにいれば、見つかるのも時間の問題だからだ。懸念があるとすれば、副隊長の名乗っていたこいつが殺られたとなれば、村に戻り報復が始まるかもしれない。その時は……まあ覚悟を決めて、出ていくしかないな。


 本隊が入り口を出てきた。そしてすぐに異変に気づくと、ボルフィードの死体に集まり、何かを話し合っている。髭を生やした屈強な男がここの隊長なのだろうか、様子を見に行っていた者の一人が隊長に向かって報告している。


 しばらく男は思案した後、周りのものに指示を出した。本隊の中の僧侶がボルフィードに回復魔法をかけると傷口が塞がっていき、生きている頃と変わりのない姿に戻っていた。一瞬、蘇生魔法でも使ったのかと思ったが、麻袋に男を詰めている所を見ると、化粧直しのようなもののようだ。こちらの国の文化なのかもしれない。


 収容が終わり、隊長を含む本隊は俺が倒した小隊の方と合流した後、森の中に消えていった。どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだ。さて、村に戻るとしよう。エルフが攫われていなかったのを見ると、まあひどいことにはなっていないだろうと、どこか希望にも似た楽観をこの時の俺は抱いていた。


 村の入り口まで重い足取りでなんとかたどり着き、周りを見る。いくつかの建物が壊されたりしてはいたが、そこまでひどくはないようだ。それにエルフ族で倒れている者もいなかった。周りの状況を確認しつつ、村の中央にある石像の前に着くと、3つあったグラン・クリスタルが1つに減っていた。奪われたことには驚きはなかったが、なぜ1つは置いていったのだろうかと疑問に思い、周囲に話ができる者がいないか探すと、近くの建物にいたアスティと僧侶妹が俺を見つけ、近寄ってきた。


「モルさん、こっちは大変だったんですよ!! それが、そうりょ…………え? モルさん左腕無くなってません?」


 アスティは何かを言いかけたが、俺のあまりの満身創痍ぶりに青ざめている。


「まあ無くなったな。死ぬかと思った」


「私も死ぬかと思いましたけど、それ以上に死にかけてるじゃないですか。一人でかっこつけて行くからじゃないですか?」


 心配すらしてくれない。昔、牢獄を抜け出す時に俺のために手当してくれたことが懐かしく思えてくる。


「まあ、副隊長と名乗る男には勝ったからな。褒めろよむしろ」


「正直、隊長を倒してくれるのかなと思ってましたので、むしろ残念ですね」


「期待値が高すぎる。俺一人じゃ無理だ。まあいいよ、とりあえずさっき言いかけたことはなんだ?」


「あ、それがですね――


 アスティが良いかけた言葉を僧侶妹が手で止めた。僧侶妹は随分と深刻そうな顔をしている。エルフ族の者が誰か殺られたか? いや、グラン・クリスタルのことをもあるしと俺が考えていると、僧侶妹の目からは涙が出ていた。


「姉が……姉が……」


 嗚咽の入り混じった声にならない。随分とショックを受けているようだ。


「姉が?」


 姉? ああ、僧侶か。名前は……シャルシャトム=フィーナだったか。正直それがどうかしたのだろうか、今は関係な――


「姉が……私達エルフ族を裏切って……敵のパーティにいて……」


「僧侶が……?」


 姉がエルフ族を裏切った。彼女に取ってはとてもショックなことだろう。半分人間だからと言って、人間側につくのは彼女からしたら受け入れがたいことだ。


 だが俺は思う。不謹慎ながら思う。そして口に出してしまった。


「またか。俺のパーティ、全員俺を裏切らないといけない決まりでもあんのか?」


 魔法使い、呪術師、今回の僧侶。俺の元パーティは畜生しかいなかったらしい。

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