第58話 シャルシャトム=フィル

「うん、僧侶が裏切ったことに特に疑問はないな、エルフのハーフだし人間の血も入ってるんだろ? まあ人間側でしたって話だろ」


「いや……それもそうですが……モルさん冷静すぎません?」


 アスティは僧侶が裏切ったことに多少驚いているようだが、この俺にとっちゃ慣れたもん、朝飯前である。魔法使いには嵌められて、呪術師は普通に嵌めてきて、親父に至っては俺の実の親だと言うのに裏切ったからな。冷静に考えると、俺の境遇ひどすぎだろ。


「まー、なんかあれじゃね? エルフ族との確執とか、人間とエルフのハーフによる苦悩とかあったんだろ多分」


「モルダーさん、他人事だと思って……姉が実の妹と故郷を裏切ったんですよ!? 反応おかしいですよね!?」


「別に騒ぐほどのことでもなあ……まああいつの事情は分からないし、何を考えて人間側に着いたのかは分からない。ただまあ、事情とかあったんじゃね?」


「事情!? 何も知らない人が好き勝手なこと言わないでください……!」


 僧侶妹は俺に怪訝な顔つきで睨んできた。もうめんどくせえ。エルフ族の確執とか知らねえよ。


「埒が明かん、僧侶妹、ちょっとエルフ族のお偉いさん、族長?って言えばいいのかな。そいつ呼んでこい」


「何をするつもりですか……!? まさか戦う気じゃ……」


「戦わねえよ、俺をなんだと思ってんだ。話をするだけだ。状況も何も分からない以上、情報を集める必要がある。まあ僧侶に対する結論を出すにはまだ早い」


「そうですか……。でもモルダーさんは助けてくれたとはいえ人間、それに一度捕まってる身です。掛け合ってくれるかどうか……」


 僧侶妹は顎に手を当て何かを考え始めた。まあ確かに助けてるとはいえ、話をしてくれるとは限らん。そもそも村の周囲で戦闘してたことで俺自身の戦闘を見ていた奴がいないかもしれない。もしそうならばただの脱走兵扱いだろう。うーん、どうしたものか……。


 僧侶妹とうんうんと唸っていると周りの空気を歪ませる程の圧力を感じ、後ろを向くとエルフ族の女性が立っていた。凛とした目、尖った耳先、腰まで伸びる緑色の髪、服はエルフ特有の民族衣装を身に着けている。


「君たち脱走兵に聞きたいことがある。いいか?」


「は、はい!」


 エルフの女性の言葉に僧侶妹が萎縮してあわあわしている。姉とは違い肝っ玉が小さいようだ。ライオンを目の前にしたうさぎのように小刻みに震える僧侶妹を見ると不安しか感じない。


「その前に名前を名乗るのが礼儀じゃないか」


「モ、モルダーさん……! 何言って――


「いや、名乗るのが遅れてすまなかった。私はこのエルフの森の長である“シャルシャトム=フィル”と言う」


「ああ、族長か。ちょうど話をしたかったところだ」


「ああ私もそうなんだ。奇遇だな」


 族長のフィルは高らかに笑っている。性格は用心深くておとなしいエルフ族とは全く違うように思える。それに身にまとっているオーラが全く違う。ウルヴやクソ親父とは違う、魔王のような人間とは別次元の生き物が放つオーラ。人間の枠組みでは捉えられない力を有している種族。その長となれば強さも桁違いだろう。その証拠にこいつの周りには護衛はいない。そしてそれを心配するエルフもいない。たかが人間の侵入者相手に負けはしないと思っているからだろう。まあ実際にその通りな気はする。


「まあ、立ち話もなんだ、私の家で話を伺うとしよう」


 フィルという女の言われるままに俺と魔王と僧侶妹は後を着いていった。


――――――――――――――――――


「おー!」


 外から見ると簡素な木造の家だったのだが、中はなんともまあさすが長の家だと褒めたくなるくらいに、絵画や装飾品が飾られている。民族的模様が入った絨毯の上に腰を落とすと、フィルが奥からお茶を持ってきていた。


「口に合うか分からんが、飲んでみるといい。エルフ族しか作れない秘伝のお茶だ」


「どうも」


 口に含むと味よりも熱さが口の中に広がる。なんとか口の中で冷まして飲み込み味合う。味は……普通のお茶だった。まあそんなもんかと思っていると切られた左手(というか切った左手)から湯気がもくもくと立ち上がっていた。


「モルさんそれやばくないですか!? 隠し武器とかですか!?」


「こんな宴会芸にしか使えないような隠し武器なんてあってたまるか!」


「まあ一発芸だとしたら滑ってますよそれ。お披露目するのが今で助かりましたね」


「いやウケ狙いじゃないからね? 滑ったみたいな空気出すの止めて」


「モルダーさん、煙いです、臭いです、まじでやめてもらえませんか?」


「僧侶妹、別に俺が好き好んでこうなってるわけじゃない、俺も止めたい」


 と室内に充満する異様な光景に一同ぎゃーぎゃーと喚き立てていると、奥のソファーに座っていたフィルが馬鹿にしたような高笑いをしている。


「はっはっは。うちのお茶はどうだ? 面白いだろう?」


「面白くねえよ! 嫌がらせか?」


「そう邪険にするな、左腕を見たまえ」


 フィルに促され左腕を注意深く見ると少しだけ傷口が治りかけていた。腹部の傷も楽になったように思える。


「なるほど、これがエルフの力か……」


「ははっ、そうだな、面白いだろう? まあお茶程度で喜んでくれたのであれば何よりだ」


 何とも掴み所がない女だ。


「で、これがどうしたんだ? エルフにはこんな力があると示したかったのか?」


「あっはっはっは。いやいや、ただの余興さ。左腕を出し給え」


 完全に切り落として根本しか無くなった左腕を素直にフィルに向ける。するとフィルが杖もなしに短い詠唱をし、手を傷口に当てた。するとまるで逆再生しているかのように腕が生えてきた。


「ええ! モルさんやっば……ぬるぬるって手再生しましたよ。宴会芸にしては凝りすぎですよ」


「宴会芸から離れろ賑やかし。これって……回復呪文なのか……? それにしては効果が早すぎる……というより強すぎる……」


「手っ取り早いと思ってな。こうさせてもらった。まあさすがに回復魔法に長けるエルフ族であってもこんなことはできはしない」


「じゃあなんだ俺の手は治ったんだ?」


「こう……心の奥で囁く悪魔と契約したとか……ですかね? モルさん……」


「お前は一旦黙ってろ。話が折れる」


「はい……」


「で、どうやってこれは治したんだ?」


 俺の問にフィルがまた高らかに笑ってみせた。何が楽しいのだろうか。


「“クリスタル”さ。クリスタルによるブーストをかけている。まあこれはエルフ族との相性もあって為せる芸当なんだがね。でだ。それを軍事目的に使用しようとしているのがこのプラハだ。人間同士の戦争も決定打が欠けていてね。技術革新があろうともそれに追従する形で他国も開発する、それじゃあ圧倒的優位に立てないのさ。それで目をつけたのがエルフ、そしてクリスタルさ。他の国に無く、技術では補えないもの、つまりコピー不可の優位無二の兵器を作ろうとしている。だからこの村は襲われているのさ」


「なるほどな、なんとなくは予想は着いていた。広場にあるグランクリスタルが奪われていたのも納得がいく。あれが軍事転用されれば国内外ともに敵なしだろうな」


「そうさ、その通りだ。だが奪われたクリスタルはわが町のエネルギー源であり、あれが無ければ生活ができない。雨風を凌ぎ、耐えようともクリスタルがこのまま軍で研究され、武器が開発されればもうこの村は終わりだ。一人残らず殺されるだろう、情報封じのために」


「そんな……じゃあ私が村に戻ってきた所で意味が無かったと……」


「まあそういうことだ。それにもしクリスタルの実用性以外に、エネルギーが有限であり、クリスタルはエルフによって作られていると知れば奴らは私達を奪いに来るだろう。死ぬよりも辛いことになる」


「エルフによって作られる? それはどういうことだ?」


 一呼吸置いた後、フィルがゆっくりと口を開いた。


「クリスタルはエルフの心臓だ」


「え!?」


「そんな……聞いてなかった……」


 アスティと僧侶妹が声にならない声で驚いている。ある程度は予測していたが、エルフの心臓だとは。それを軍が知れば奪いに来るぞ。


「グラン・クリスタルとは元はエルフ族の中で魔力が多い特異体の者が死ぬと出来るクリスタルだ。前族長のシャルシャトム=フィランツェル、二代前の族長のシャルシャトム=フィガルミリア、三代前の族長のシャルシャトム=フィマネルーニ・ミアリアの三人のクリスタルが今ではグラン・クリスタルとして呼ばれている。それが今奪われた。このままクリスタルの研究が進めば間違いなく、エルフ族は皆殺しにされるだろう。なあ旅の者よ、それを防いではくれないか? 私にもし力があるのであれば戦う、だがエルフ族は回復魔法しか使えない、戦えないのだ。だから頼む、私達を助けてくれ」


 そう言って、頭を下げるエルフ族の長のフィルの姿には一欠片ほどの邪念も無いように思えた。純粋に、どうすればエルフ族が助かるかを考え、俺に託すしか無かったのだろう。人間である俺に、迫害された人間側である俺に……。


「僧侶の件もあるし、俺もちょうど戦いたかったところだ。フィル、俺に任せとけ、助けてやるよ。その代り条件がある」


「モルさん……」


「条件か……まあ当然だろうな。なんだ、言ってみろ」


「俺が勝ったらもう一度さっきのお茶をくれ。案外気に入ったんだよ」


「モルさん!」


「ははっ、そうか、気に入ってくれたか! よし、契約は成立だ、よろしく頼むよ勇者様」


「おう」


 国を相手にするのは二回目だな。やることは一つだ。今回の相手の軍事国家プラハのクリスタル武器転換の阻止とエルフ族の奴らを守ることだ。


 ようやく勇者らしいことが出来そうだ。血が滾ってくる。

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