第55話 疑念

 勇者が自信の腹に剣を突き刺してから10分が経とうとしていた。これまで指示を出していた剣士の男の一人である副隊長の目は依然、勇者の体へと向けられていた。勇者の周辺には血が広がり、血の水たまりが作られている。ピクリとも動かない様子を見て、もう一人の剣士の副隊長に何か言いたげに目を向けるが、一点を見つめ警戒し続ける様子を見て発言するのを躊躇った。


「なあ、正直に答えてほしいんだが、あいつは死んだと思うか?」


 副隊長がもう一人の剣士に対し問う。剣士はしばらく考えた後、恐る恐る口を開いた。


「死んでいると思います……。警戒する気持ちも分かりますが、さすがにあの血の量では生きていられるはずがありません……」


「そうか、そう思うか」


 剣士の言葉を聞いても男の表情はピクリとも動かない。なおも前方で倒れている敵に対し警戒を続けている。


「あの人は……盗賊か何かだったんですかね……?」


「分からない、だからこそ怖いのだ。森にいた兵がこの騒ぎで誰も来ないのだ。あいつ一人にやられた可能性がある。あの人数がだ。その理由が分からんのだ。一人にやれるほどうちの兵は弱くない。生きてる可能性はある。ただし、不確定要素が多すぎる。多いからこそ警戒するのだ」


「確かに、そうですね……」


 剣士の男はそれ以上質問することを止めた。ピクリとも動かない敵の体を副隊長と同じように見据えている。


 しばらくして、後方から銃術士の男が副隊長に駆け寄り、敬礼の後、口を開いた。


「副隊長、村の中心にいる隊長から緊急で指示が出ています。相手の戦力は粗方削ったが、抵抗している者がまだいるので戦力をこちらに回せとのご指示です。いかがなさいますか?」


 銃術士の言葉に、しばらく考え込んだ後、副隊長の男は口を開いた。


「銃術士、やつの体にもう一度撃ち込んでくれ。万が一、生きていれば反応するだろう」


「はっ!」


 銃術士の弾丸が勇者の体を貫通する。血が流れすぎたためか、攻撃した箇所からは血がほとんど流れることもなく、体もピクリとも動かない。


「杞憂だったか……後衛の三名は森のなかにいる仲間の生存確認へ、剣士は男の素性を確認せよ! 俺は中央に合流する。各自動け!」


 男の号令を聞き、各々指示された場所へと駆け足で向かいだした。男は血溜まりの中の敵を横目で一度だけ見て、前に向き直し、村の中央へ歩みを初めた。



ーーーーーーーーー



 勇者のそばまで来た剣士は一人安心していた。信じてはいなかったがあの副隊長がこれほど警戒したのだ、何かあるかもしれないと思っていたが、目の前で冷たくなっている男を見て確信した。こいつは死んでいる。だが、剣士は念には念を入れて男の体を腰に携えていた剣で勇者の体を刺した。それでも動かない、杞憂だったと安堵した剣士は勇者に近づき、体を確認し始めた。


「それにしても……何ていう男だ……自分の体を剣で刺すなんて…………ん? こいつの剣に何か……ついてるな……。クリスタル……か……?」


 剣士は考える。なぜこいつがクリスタルを持っているのかと。まさかエルフ族の仲間か? そうでなければクリスタルを持っているはずがない。こいつは人間だよな……? なぜエルフの仲間に……。


 数々の疑問はあるが、死んだ今となっては聞き出すことは出来ないと割り切り、クリスタルを回収するために剣を抜こうと手を出した瞬間、死んでいたはずの男の左腕が剣士の手を掴んでいた。


「なっ……」


 声が出ない。報告しなければ。こいつは生きている、罠でしたと。早く……早く……!


「ふ、副隊長!! 待ってください!! こいつまだ……生きてーー


 咄嗟にさっきを感じ剣士は男の方を振り返ると、右手に剣を構えた男の姿が見えた。


「副隊長!! 助けてくだーー


 断末魔も上げる暇もなく、剣士の男は死んだはずの男の手によって斬り伏せられた。剣士は空中に血を撒き散らし、散っていった。

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