第54話 勇者の死

 村の入口に向けて、山を落ちるように駆ける。あと少しで後衛と交戦できる距離まで来た。だが、村の入口で粘っていた前衛が全員倒され、村の中央にあるグラン・クリスタルに向けて侵攻を開始していた。前衛がやられたエルフ族は、各々散り散りになって逃げていた。敵陣の中央にいる隊長らしき男の指示と共に、数名の兵士がエルフの捕縛に向かっている。兵士には鎧がある分動きも遅くなり、エルフ族は捕まることなく逃げてはいるのだが、逃げたところで周囲に布陣されている兵士に捕まるだろう。その証拠にある一定の方向にわざと誘導するように動いている。


 周りにいる兵士を倒すには余りにも範囲が広い。ならば中央の隊長らしき男を倒し、指揮系統を潰してから各個撃破したほうがいいだろう。まあそこまでする義理はないのだが、母国を追われた以上、他国に潜伏できる先を作れるメリットがある。あとはまああいつらを助けて英雄と呼ばれるのも悪くない。


 と考えている内に村の入口に警戒のため残したと思われる剣士二人と杖を持っているが職業不明な術者二人、あとは……銃を持っている兵士が二人を視認した。さて、こいつらをどうするかと考えようとようとした矢先、兵士の一人がこちらに気づき号令を上げた。正体不明の敵とも分からない相手に対し、やたら対応が早い。想定外だが、まあなんとかなる範囲だろう。


「敵襲!! 敵は一名、南東方向50m地点でこちらに接近中! 魔法使いは術の届く範囲まで後退後防御陣を展開、僧侶はさらに後方で回復準備、銃術士は攻撃を開始せよ!」


 剣士の男の怒号が飛び、各自即座に戦闘準備に入っている。流石にこの距離で銃は……当たる可能性が高すぎる。木を遮蔽物にしたい所だが、もう森は抜けており、周りに隠れられる所はない。


 クリスタルカリバーは敵と接近しない限り、活用はできない。一か八かで剣を投げ込めば多分防御陣は壊せるが、遠すぎる上に、剣がないと剣士二人を倒せはしないだろう。今俺が使えるものは、剣と低級魔法と罠はずしのみか。なら、やることは一つだ。


 低級魔法を三発、前方に向けて打ち込む。咄嗟に敵は防御態勢に入るが、俺の低級魔法ごときが当たったところでこの距離であれば、倒せはしない。俺の放った低級魔法は兵士の手前の地面に着弾し、小さな爆発を起こし、巻き起こった砂が周囲を包む。と同時に滑り込むように砂塵に入り、敵から姿を隠した。これなら攻撃は喰らわない。


「魔法使い、砂塵に向けてウィンド発動せよ!」


 男の声が聞こえたとほぼ同時に、敵の魔法使いの攻撃が降り注ぐ。この程度であれば致命傷にはならないが……なるほど……俺が作った砂塵はウィンドによって無効化され、俺は前衛20mほど手前で完全に孤立していた。


「銃術士は標的へ攻撃開始、俺らはこのまま敵と距離を取るために後退する。魔法使いは敵を近づけさせないよう援護攻撃を開始せよ!」


 この混乱した状況下で敵の指揮が的確すぎる。剣士がやられて嫌なことを心得ている。それに能力が不明な敵への対処が完璧だ。


 いっそさっきみたいに攻撃を受けるの前提で、自分の体に剣で切りながら特攻するか? いや、どこまで回復するか分からない上に、後退され続けたら勝ち目はない。じゃあウィンドで消されれるの前提で低級魔法を地面に撃ちまくりながら近づくか? いや、これも体力消費が激しすぎて接敵する前に力尽きるな……。罠はずしは……うん……ゴミだな。なんでこんな技しかねえんだよ……どうやっても勝ちようがないだろこれ。打開策は……打開策は何かなーー


「左足に命中確認、敵の動きは止まった。攻撃続行せよ!」


 左足に激痛が走り、気づけば俺はそのまま地面に倒れていた。どうする!? このままじゃ殺される。と言ってもここから出来ることなんてない。だからと言って何もしなければ殺される…………殺される……? よし……殺されるくらいならいっそ……死ねばいいのか。


 クリスタルカリバーを構え、自分の腹を突き刺す。抵抗もなく刺さった剣からは血がとめどなく流れ落ちている。


「な……に……!? 自分から死んだのか……そんな馬鹿な……いや、敵の罠かもしれん、銃術士、攻撃を続行せよ!」


 二発の発砲音と同時に体に衝撃が走る。体中から血が抜けていく。くそっ……意識が……。


「攻撃止め! 念の為銃術士と魔法使いは攻撃態勢を維持せよ。剣士はその場で待機、死亡の確認が取れる前で、その場で待機しろ!」


「死亡の確認と言っても……あの傷じゃ生きてるはずないじゃないですか……」


「ならば自分の体に剣を突き刺した説明がつかない。死期を悟って自ら命を断った可能性もあるが、万が一ということもある、待機だ」


「なるほど……分かりました」

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