第50話 【回想】僧侶との出会い③
始まりの合図と共に男が一直線で女に駆け寄っていく。詠唱の暇すら与えないつもりだ。その証拠に女は詠唱することもなく、ただ男が走ってくるのを眺めていた。
「君に恨みはないが、少し我慢してくれ。致命傷でなければ治る」
男の右足が女の体の前まで届き、体を深く抉るように剣を振り落とした。女は咄嗟に杖を盾にするが、木製の杖では金属の剣を防ぐことはできない。すぐに起こるであろう惨劇に周りの者は目をつぶっている。男の剣が杖に当たりそのまま杖ごと体を切り伏せる。予想通りの光景に目を伏せる者がいる中で、俺と魔法使いは本当にただの頭の逝ってるやつだったかと落胆の表情を浮かべていた。
「こいつを回復してやれ。死にはしていないだろ」
男の合図と共に戦っていた僧侶とは別の、男のパーティの僧侶が回復をしに彼女に向かっていった。おびただしい血が辺りに飛散しており、ここから助かる気はしないのだが、まあ両者合意の決闘だ、死んでも咎められることもないだろうと他人事のように思っていると、斬り伏せられた女がむくりと上体を起こした。体についた血を無造作に振り払うと、2本に別れた杖を拾い、短い詠唱をしたかと思うと、また元通りの杖に戻っていた。いや、杖がどうのこうのという話ではない。何事もなかったかのように起き上がる彼女を見て回りは唖然としている。切り伏せた当の本人ですら何が起こったのか分からず、その場に硬直していた。かと言うと女はまたも無表情で男に向かって感情のない声で語りかける。
「別に不死身とか化物とかではないですよ。予め自分に持続的な回復魔法をかけていただけです。まあ首を落とされれば死んでいたでしょうがね」
「回復魔法だと……? そんな……そんな馬鹿みたいな回復魔法があってたまるか!! 確実に致命傷だったはずだ、熟練の僧侶であってもあれは回復不可能だった。それに……事前にかける回復魔法なんて聞いたことがない……! お前は……なんなんだ……!!」
明らかに動揺しているのか男は剣を離し、その場で狼狽えていた。無理もない、俺もこんな回復魔法を見たことがない。隣の魔法使いもあっけに取られている。ある程度回復魔法をかじっている魔法使いですらこの状態だ、普通のやつならば何が起こっているのかすらわからないはずだ。
「まあ、そうですね。こっちではあまり知られていない術ですからね。驚くのも無理はありません。で、今からあたなにかける術も回復魔法の一部ですよ」
女はそう言うと男に近づいていき詠唱を始めた。男は恐怖のためか腰が地面から離れず、後退りをするばかりで逃げることは出来ていない。顔は歪み、外に助けを求めるように手を伸ばした瞬間、女は詠唱をやめ軽く男の左腕を杖で触った。
「ぐああああああああああああああ!!」
男が左腕を抑え、苦しそうにうめき声を上げている。その場でジタバタともがき苦しんでいる。それを他人事のように冷たい目で眺めていた女は、男に背を向け街の中へと消えていった。
男の様子にパーティの僧侶たちが急いで回復魔法を詠唱し、男にかけているのだが、男の痛みが回復することがないばかりか、さらに大きな声で叫びだした。
「どうするんですか勇者さん」
「決まっている。あの女を追うぞ、魔法使い」
男のパーティの連中や野次馬が騒いでいるのを横目に、俺と魔法使いは女が帰った方向へと走り出した。村の入口まで来たが、女の影は見えない。しばらく辺りを探してみたが、やはり見つからなかった。
「見つからないな、一旦酒場に戻るか」
「ですね、まあとりあえずはあの子を誘うにしても作戦を立てないといけませんしね」
こうして酒場に戻った俺は驚愕した。さっきまで戦っていた例の女が元の椅子に座り、一人で静かに食事をしていたからだ。さっきまで殺し合いをしていたというのに、それにあいつらが戻ってくる可能性もある。リーダーがやられたとなれば報復される可能性も高い。それなのにいつもの澄ました表情で女は一人食事を楽しんでいた。
「やべーやつじゃねえか……」
隣にいる魔法使いに小声で話しかけた。
「やべー奴以外の何物でもないじゃないですか……」
さすがに魔法使いも唖然としていた。
固まっている俺らをよそに飲み食いしている眼の前の女。正直怖すぎて帰りたくなった。さすがに関わるのはやばすぎる帰ろう、よし帰るしかない。と思いいざ帰ろうとすると、女と目が合ってしまった。咄嗟に焦点を女の奥に変え、何事も無かったかのように振る舞っては見たが、何か気に触ったのだろうか、女は食事をやめ、俺達に近づいてきた。
「そう言えばあたなもパーティ募集していましたよね? 今しがた行くところも無くなったので検討したいのですが、どうでしょうか?」
咄嗟に魔法使いの方を向き助けを求める。だが魔法使いは「あ、そう言えば用事あったんでした。先帰りますね」と棒読みで言った後、うさぎが狐に襲われた時並のダッシュで酒場から消えていった。あの野郎、俺がどうなってもいいというのか……。あとで半殺しにしてやろう。俺が明日まで生きていたならな。
「えーと……確かに僧侶は募集しているが……」
「では好都合でしょう。ただ、私も入る所を見極めたいので何か実力を証明できる者があればいいのですが……」
今実力を証明しないと殺される。殺されないまでも半殺しにされる。助けてくれ魔法使い。助けを呼んできてくれ。というかてめえだけ逃げやがって、俺の命はどうでもいいと言うのかお前は。あ、だめだ殺される。このままだと死ぬ。話題を逸らそう。
「そ、その前に自己紹介をしないか? 物事には順番というのがあるだ……ありますよね?」
「ここではそうなんですね、すみません常識というものが私には欠けているようです。私の名前はシャルシャトム=フィーナです」
シャルシャトム? 聞き慣れない名だな? ここではと言っていたし、別の国から来たのだろうか?
「で、あなたの名前は?」
「ああ俺か。俺はモルダー。ウバレイン=モルダーだ」
「ウバレイン……ですか?」
「何かおかしいか?」
「いえ……」
女は手を顎に当て何かを考えるようにぶつぶつと何かを呟いている。正直その光景が怖すぎる。殺す男の名を脳に刻んでおくためか? 俺は今から殺されるのか?
「なるほど……そういう……。分かりました。これも縁なにかもしれませんね。パーティに入りますよ私。これからよろしくお願いしますね」
「え?」
何を納得したのだろうか、目の前の女はこのパーティに入ると言ったのか? 正直怖すぎて入れたくない。ただ、断ったら断ったで殺されそうな気はする。まあ……回復魔法の技術は相当あるみたいだし、いれて損は……ないのか? いや……まあ……なんとかなるだろ……多分。
「おう、よろしく頼むよ。なんて呼べばいい?」
「僧侶で良いですよ。あまり名前は名乗りたくないですからね」
「? まあそうか、よく分からんが了解した。ただ僧侶も含めうちは魔法使いと俺の三人しかいないがそれでもいいのか?」
「あたなのことは信頼していますよ。三人でもまあ大丈夫でしょう」
平然と言ってのけるが、俺の何を知っているのだろうかこいつは。まあとりあえずは強い仲間が加入して良かったと思うことにしよう。
こうして俺たちは三人パーティで魔王討伐のために魔界へと向かった。
僧侶との出会い、劇的な出会いではあったが、こうして僧侶は俺たちのパーティへと加入した。
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