第48話 【回想】僧侶との出会い①

「なあ、魔法使い。さすがに俺たち二人で魔王討伐は無理じゃないか?」


 魔界と人間界の境界線にあるカルガダの酒場で、薄まりすぎて味のしないぶどう酒を飲みながら俺は魔法使いに話しかけた。


「普通は小隊組みますもんね、最低二十は欲しいんじゃないですか?」


「確かにそうだが戦力にならないやつを入れても無駄に死ぬだけだしな……ならいないほうがいい」


「まあそうですけどね。まあ私は別に二人でもいいですよ? 別にまあある程度なら回復はできますし」


「二人はなあ……正直異性と二人きりはきつい」


「それ私に言います?」


 そう言いながら魔法使いはバカにしたような顔で笑った。


「考えても見ろよ。年頃の男と女が二人きりで旅をするんだぞ。正気じゃないだろ。今日みたいに宿を取れるならまだましなんだが、野宿する時なんかすっごい困るからな」


「ムラムラする的な意味ですか?」


「さすがに仕事の間柄だから思わないようにしてるが、正直に言うとする……」


 俺の言葉に目を見開いて驚いたあと、にやにやとこちらを見て来る。正直に言わなければよかった気がする。


「良いんじゃないですか? それが健康な男子というものですよ。まあ別に襲ってもいいんですよ?」


「え?」


「冗談ですよ、冗談。本気にしました?」


 いつもの調子で話す魔法使いとは対象的に完全に俺は動揺していた。旅をしている間は冷静で冷たい彼女だが、酒が入ると性格がまるっきり変わるようだ。けたけたと笑いながらコップの縁を指でなぞる魔法使いと目が合わないように俺は遠くに視線を合わせた。


「冗談か……もし本当に襲ったらどうするつもりなんだ?」


「別に、どうもしませんよ。ただまあ……勇者さんは私のタイプじゃないですからね。惚れることは絶対にないですよ」


「上げて落とすのが好きだなお前は」


「あはは、まあ勇者さんは反応がいちいち面白いですからね。そういう耐性ないですもんね」


 そう言うと魔法使いはまたにやにやとこちらを見てきた。経験が豊富なんだか知らんが、完全に馬鹿にされている。段々と苛立ってきた。


「まあ時代が時代ですからね、色恋沙汰に縁がないのもしょうがないですよ。なんなら私の胸触らせて上げましょうか? まあ勇者さんは度胸がないので無理でしょうけ……え?」


 服の上からではなく、首元からローブの中に手を入れ思いっきり揉みしだいた。小ぶりではあったがなんとも言えない高揚感に包まれる。


「まあ、小さいながらもいい感触してるわ。ありがとうな、魔法使い」


 ローブから手を抜き、ぶどう酒を口に入れる。やってしまった、殺される。


「え? えーと……え? え?」


 こちらを見てはいるが状況が把握できていない様子の魔法使いは、自分の胸と俺の顔を交互に見た後、完全にその場で硬直していた。気まずい空間に思わず酒を飲みごまかそうとするが、それでも沈黙は続く。


「えーと……いや……なんかごめんな……」


 俺の言葉を理解しているのか、していないのか呆けた顔でこちらを見てくる。しばらく目が合った後、唐突に魔法使いの目から涙がこぼれ落ちた。


「え……いや……そんな感じになるとは思わなくて……ごめん」


 とっさに謝っては見たが魔法使いの目からは涙が洪水のように流れている。何度も謝ってはみるが、ショックで一向にこっちの話が通じない。


「えーと……とりあえずこれ食べるか……?」


 皿に残っていた干し肉を差し出して見たがやはり反応はなかった。俺は改めて椅子に座り直し、魔法使いが泣き止むのを待つことにした。待つこと数十分、ようやく魔法使いは口を開いた。


「宿に……帰ります……」


 そう言うと彼女はふらふらとした足取りで酒場から消えていった。


「なるほど……」


 大人としての一歩を踏み出した代償に、何かを失ってしまった気がする。俺は明日からこいつとやっていけるんだろうか? 許してもらえるのだろうか? と心配になってが過ぎたるは及ばざるが如しだ。俺も店の会計を済ませ宿に戻った。


 次の日、いつものように朝食を食べるために宿屋近くにある食堂に向かうと、魔法使いがすでに食事しているのが後ろから見て取れた。俺も若干ぎこちない足取りで魔法使いの前の席に座り店員に軽い朝食を注文した。


「おはよう」と言うと魔法使いはいつものように気だるい口調で「おはようございます」とだけ言うと、食べかけのスープに再び口をつけた。もしかして昨日のことは覚えていないのだろうか? 酔っ払っていたのであの時の記憶はないのかもしれない。


「昨日って酔っ払ってた? 覚えてる?」と単刀直入に聞いてみると、めんどくさそうな目でこちらを見てきた。


「昨日? 勇者さんと食事したとこまでは覚えてますけど、後半は記憶がないですね」


「そうか、それなら良かった……」


「……良かった?」


「いやこっちの話だ、忘れてくれ」


 どうやら覚えてないようだ。昨日は宿に帰った後、明日どういう顔で会えばいいのかと心配したが、それも杞憂に終わったようだ。これで今まで通りの関係でいられる、一安心だ。


 声がして横を見ると店員がパンとサラダが乗った皿を持ってきていたので、自分の側のテーブルに置くように手振りをし、自分の食事に手を付けることにした。焼き立てのパンをちぎりながら食べていると魔法使いはちょうど食事が終わったのか、フキンで口元を拭いている。それを見ていたらちょうど目が合い、魔法使いは何かを思い出したかのように口を開いた。


「ところで、胸を触った件に関してなんですが、謝罪はないんですか?」


 記憶ないんじゃねえのかよ!


「えーと、すみませんでした……。もう二度としないと誓います……。すみません……」


「まあ私も悪いところもあったのでまあいいですよ」


「そう言ってもらえると助かる」


 口調から察するに怒ってはいないようだ。一時はどうなるかと思ったが……。


「じゃ私は先に宿に帰ってますね。帰ったらとりあえず今後の旅の仲間のことについて話しましょうか」


「そうだな、じゃあ食べ終わったら行くよ」


 俺がそう言うと魔法使いは席を立ち、宿屋に向かっていった。と思ったら途中でこちらを振り向き昨日と同じ意地悪な顔で言う。


「勇者さんがしたいならそれ以上しても良かったんですけどね。宿屋で待ってたんですよ?」


「え?」


「冗談ですよ、冗談です。じゃ先行ってますね」


 俺の動揺を見て満足したのか、むふーと笑った後、手を後ろに組み楽しそうに魔法使いは帰っていった。


 数ヶ月あいつと一緒にいるがあいつのことは良くわからない。ただ一つだけ思うのは案外かわいいやつなのかもしれない。冷たいかと思えば無邪気で、クールかと思えば恥ずかしがったり。年上と言っていたがなぜか俺よりも年齢は下のように思える。魔法を倒す魔法使いとかじゃなく、町娘のような普通の人間なのかもしれないとふと思った。


 宿屋に戻った俺と魔法使いは、二階の俺が借りている街全体を見渡せる中央の部屋に集まっていた。


「さて、仲間についてなんだが、ちょっと飯屋のおっさんに聞いてみたらこの街にも小さいがギルドのまあ支店みたいなものがあって、そこで仲間を募集すればいいらしい。ここをすぐ行けば魔界に入るし、もう仲間の募集も禄に出来ないためか、募集する人も来る人も比較的多いみたいだ」


 朝食の後、おっさんに聞いた話では募集で来る人もレベルの高い奴が多いらしい。ただここで募集に入るということは今までパーティに入っていなかったか、パーティを抜けたかのどちらかだ。まともなやつもいるが性格に難があるやつが多いとも言っていた。


「そうですか、それで何人募集するんですか?」


「三人だ。現段階で前線で戦闘できる勇者の俺と、遠距離・中距離攻撃と中程度の回復魔法が使える魔法使いがいる。この時点でだいぶ整っているとは思うんだが、今後の戦闘は夜襲や動きづらい地形での戦い、それに魔法や近距離が効かない相手も出てくるだろう。そこでどちらかの攻撃が通らなくなった場合を想定して近距離と遠距離の攻撃に対応できる者を各一人ずつ募集する。それで魔法使いが回復魔法を使えると言っても攻撃に魔力を使う手前、魔力切れの心配がある。だから回復専門の役職の者を一人の計三人入れようと思う。思うんだがどうだ? 魔法使いは」


 うーんと顎に手を当てしばらく考えた後、まあと付け加えながら口を開いた。


「いいんじゃないですか? 五人ならカバーも楽ですし、それに食料の調達や管理も大人数よりは楽でいいと思いますよ」


「まあそうだな。これで人が来れば魔王討伐もようやく現実に思えてくるな」


「そうですね。ちなみになんですが……」


 言いづらそうに魔法使いは言葉を切った。


「ちなみになんだ?」


「性別はどうするんですか? まさか女性三人とか言わないですよね?」


「ハーレム作りたいんじゃねえんだから……」


 まああわよくばそれでもいいのだが。言ったら怒られそうなので心に留めておく。


「男三人だったら大変な事になりそうですね」


「例えば?」


「こう……昼は魔法使い、夜は腰使い的な……」


「…………」


「…………」


「自分で言ってて恥ずかしくないのか?」


「でも……勇者さんは一人だしリーダーだから我慢してたんでしょうけど、普通の人は私みたいな可愛い……美人な女性と共に夜を過ごしたら我慢できるはずないですよね? 男は狼なんですよ?」


 この子の頭はだいぶ弱いらしい。自分をなんだと思っているんだこいつは。まあ……言ってることが全部違うとは思わないが……。


「貞操帯でも付けろよめんどくせえ」


「は?」


 心に留めておくセリフがなぜか声に出ていた。明らかに不機嫌になった魔法使いが睨んできている。


「まああれだよ。なんかそういう魔法ありそうだろ? バリア的な?」


「そんな使いみちが局所的すぎる魔法はないですよ……。あったとしても私寝る前に毎晩自分の体にバリアかけながら寝るんですか?」


「いやなんかごめん……とりあえず、性別は不問で募集しようぜ。実力で見よう実力で。もし襲われそうになったら、なった時考えよう」


「他人事だと思ってませんか!? 勇者さんも貞操を奪われる危機に会えばいいのに……いっそホモでも入れて均衡を取りません?」


「四六時中襲われるのを警戒するパーティなんて嫌すぎるわ! まあ襲われそうになったら助けるから。これでいいだろ?」


「まあいいですよそれで。でも絶対襲われますからね!? 私の体を見て襲わない男はいないですからね!?」


「ああ、そうだな。じゃギルドに募集しに行くか」


「話聞いてます!?」


 ベッドで喚いてる魔法使いを子犬を掴むようにフードの首部分を持ち強引に俺たちはギルドに向かった。

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