第47話 シャルシャトム・フィニー

「さて、脱獄に関してだが」


「はい」


「普通に壊すか」


「え?」


 低級魔法を打ち込むと普通に錠が壊れた。


「ええ……こんな簡単なもんなんですか?」


「人間用の錠だからな、人の腕力じゃ無理だが低級魔法なら行ける。魔法が錠の効果で禁止されてようとも俺の使ってる低級魔法は魔法じゃないしな」


「そんなもんなんですか……。なんかあれですね……申し訳なくなりますね」


「まあ慣れたもんよ。二回目だしさくっと出ようぜ」


「まあ二回目ですね……じゃ私のもお願いします」


「おう」


 アスティが腕を差し出してくる。錠に向けて低級魔法をさっきと同じように撃つと簡単に壊れた。


「うん、感動も糞もねえな」


 昔はあんなに苦労してたというのに……なんだろうか、昔の俺に謝らなきゃいけない気がする。まあ良い方に考えればそれだけ修羅場をくぐってきたんだ、成長してるのかもしれない。使える術は全く増えてはいないが。


「さて、出るか」


「そうですね、さっさと逃げましょうか」


 鉄格子に低級魔法を打ち込み破壊し、外へと続く廊下に出る。ざっと周りを見てみるが捕まってるやつはいなかった。どうやら俺たちだけらしい。


「はれて自由の身だ。さっさとで……」


 外から人の気配がして咄嗟に元の牢獄に俺は身を隠した。バレないように恐る恐る入り口を覗くと、ちょうど人が入ってきた。二人……いや、三人いる。長身の女に担がれているやつが俺たちとは別の牢獄に投げ捨てるように入れられた。気絶しているようだ、声も上げず横たわっている。二人組の女は動かないのを確認した後、鉄格子についている錠を締め、去っていった。


「とりあえずはバレなかったな」


「ですね。あの人は何なんでしょう? 死刑囚? 悪い人ですかね?」


「まあ俺らも人のことは言えたことじゃないが、まあ悪いやつじゃないか?」


 二人で鉄格子から謎の死刑囚を覗く。うつ伏せで倒れているので顔が見えない。遠巻きに見た感じだと体は小さく、歳は若く見えた。


「よし、見に行くか」


「えっ、ちょっと!」


 鉄格子の前に行くと、うつ伏せで倒れている女が月明かりではっきりと見えた。ブロンドの髪、緑のローブ。この後姿は見覚えがある。忘れるはずがない。


「こいつ、僧侶か……?」


「え? 僧侶さんなんですか? そうだったとして、なんでここに入れられたんですかね?」


「さあな、俺にも分からん。なら直接本人に聞いてみようぜ」


 倒れている僧侶の方を揺らす。うーんと小さく唸ったあと、驚いたように飛び起きこちらを向き、一瞬目が合う。


「え? 誰だお前?」


 僧侶と顔が似ているが、目が青く、緑目の僧侶とは違っていた。また俺の知ってる僧侶とは違い少し若くみえる。主に肌の艶が。二十歳にもなっていないくらいだろう。なるほど……。


「お前……もしかして……若返った? 歳気にしてたもんな……」


「確かに僧侶さんに似てますけどちょっと若いですね。若返りの薬とか作っちゃったんですか?」


「え……?」


 眼の前の僧侶?は完全に困惑していた。俺とアスティを交互に見て首を傾げている。なるほど……そういうことか……。


「まあ確かに最初は恥ずかしいよ。歳を気にして若返るなんて知り合いに見られたら恥ずかしいもんな。ごまかさなくてもいいんだぞ僧侶」


「え? そうだったんですか? まあ確かに若さを求めて禁断の薬に手を出すのはどうかと思いますが、隠すことはないでしょう。一緒に旅した仲じゃないですか! まあこの男は他人ですけど」

 

「えっと……え? 誰かと勘違いしてませんか?」


「僧侶だろ?」


「僧侶さんですよね?」


「いやまあ……僧侶と言えば僧侶ですけど……」


「僧侶じゃねえか!」


「僧侶さんじゃないですか!」


「ええ……僧侶って職業の話ですよね……? 僧侶はやってますけど、あなた方が言ってるのは別の僧侶さんでは……?」


 確かにその可能性を微塵も考えていなかった。僧侶、僧侶と呼んでいたせいですっかりあいつの名前が僧侶なんだと錯覚していたようだ。なんだかんだでアスティとフレインは名前で呼んだこともあったが、僧侶を名前で呼んだことなかったな……。


「で、その僧侶さんのお名前は覚えてらっしゃいますか? もしかしたら知り合いかもしれません……」


「私は知らないですね。そう言えば名乗ってなかったですね彼女」


 僧侶の名前……? あいつがパーティに入ったときは覚えてるが……覚えてる。あいつは名前を名乗ってなかった。


「そうなんですか……それはまあ残念ですね……」


「うちの僧侶さんもエルフらしいのでいつか会えるでしょう!」


 まあ僧侶の名前はいつか思い出すだろう。今は考える必要はない。


「とりあえず自己紹介しとくよ。俺はモルダー、元勇者だ。でこいつはアスティ。えーと……まああれだ、パーティの賑やかしだ」


「賑やかし……ですか? はあ……」


(何言ってるんですか! ちゃんと私を紹介してくださいよ! なんですか賑やかしって! せめて踊り子くらいにしてくださいよ、役に立ってないみたいじゃないですか!)


(だってお前魔王だろうが! 言ったら言ったでまた面倒事になるだろ! それにお前はパーティで役に立ったことは一度もねえ!! 賑やかしできるだけ十分だと思えや!)


(私の何を知ってるんですか! 前に私を殺そうとした黒幕を倒した時は大活躍だったんですからね! すべてを飲み込む大魔法やら禁術やらが飛び交うすごい戦いでしたよ! というか終わったあとその場にいましたよね! 見てなかったんですか!)


 魔法使いを生き返らせるために使った魔法の代償で俺の記憶が全てなくなってるのはいいとして、俺がいない記憶の中はそんな都合のいいことになってたのか……。お前最終戦でも武器として使用されてたし、お前が今まで戦ってるとこを俺はみたことないぞ……。


(まあ見てなかったな。もうあれでいいじゃん。痴女とかでいい? 人の血を平気で舐めるし、こえーわ)


(こえーわじゃないですよ!! 誰が好き好んで舐めるんですか人の血を!!! あなたがさせたんでしょうが! あなたが!)


(まあそれはいいとして、僧侶(仮)がめっちゃこっち見てるぞ。どうすんだよ)


(どうすんだよってちゃんと私を紹介してくださいよ! その話だったじゃないですか!)


(分かったよ)


「えーとこいつはあれだ、あれ……うーん、あれだ。俺の……俺の…? 俺の……嫁だ」


「え? そうなんですか?」


「は? 違いますけど!?」


「え? 本人が違うって言ってますけど……?」


「そういうプレイも世の中にはあるんだよ……分かってくれるか?」


「はあ……なるほど……業が深いですね……」


「いや! 違いますよ! こんな男とはなんの関係もないですからね!?」


「まあ俺らの自己紹介はすんだ。でお前の名前は?」


 横でぎゃーぎゃー喚いてるアスティ。脇腹を手刀で突いて黙らせておいた。


「えーと、私の名前はシャルシャトム・フィニーと申します。フィニーと呼んでください」


「おー、よろしくです! フィニーさん!」


 シャルシャトム……? どっかで聞いたような気が……気のせいか……。


 いや気のせいじゃない。俺はどっかで聞いている。しかしどこで……。

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