第42話 バッドエンドは許さない

 あれからしばらく時間が経った。まだアスティは目を覚まさず寝息を立てて静かに眠っている。俺は魔法使いの亡骸をただ見ていた。まだ体は温かく、表情は穏やかだった。ひょっこり起きるんじゃないかと思える程に。俺はまだ魔法使いの死を受け入れられていないらしい……。


 扉の付近から急に足音がした。見を構え、振り返ると僧侶が歩いてくるのが見えた。こちらに気付き一礼した後、その場で顔が固まり立ち止まってしまった。


「なるほど……魔法使いさんは……もう生きていないんですね?」


「ああ……残念ながらな……」


 僧侶は魔法使いの前に跪き、手を合わせ祈る。僧侶というより修道女のように見えた。


「なあ、僧侶……だめもとで聞くんだが……魔法使いを生き返らせる術ってのはないのか……?」


 その問いに彼女は目をつぶり首を横に降った。


「残念ながらないですね……そういう術は国に禁止されていますし、それに代償が余りにも大きすぎるので」


「あるにはあるんだな……? 僧侶、知ってたら教えてくれ! 頼む!」


「もし知っていたとしても教えませんよ。禁術に指定されるということはそれだけ危険なんです。人を一人蘇らせるのに数百人の生贄を使っても失敗するなんてことはざらなんですよ? ましてや勇者さん一人でやることなんて不可能です。確実に死にます。死なないとしても代償は大きく、まともな結果は得ないでしょう。そして生き返る可能性は万に一つしかありません。だから聞かなかったことにしてください。そもそも人の生き死にを操るなんて人の道を外れています」


「ああ……それはわかってる。だけど万に一つは可能性があるんだろ? だったら……だったら試す価値があるじゃないか……!」


「万に一つしか無いんです。死ににいくものですよ。せっかく魔王さんも帰ってきたんですし、わざわざ死ににいくこともないじゃないですか」


「それでも……俺は可能性にかけたい」


「無理です。絶対に無理です」


 俺を心配して言ってくれていることは分かっている。可能性が低いことも分かってる。俺が馬鹿なことを言っているってのは俺が一番知ってる。都合のいいことばかり言ってることは十分把握してる。でも諦めらられないんだよ。


「なあ僧侶」


「なんですか?」


「万に一つしかないんだろ? 一万分の一だ。だったら当たりを百%引けばいい。外れがいくつあろうとも当たりを最初に引けば大丈夫だ。俺を信じろ僧侶。誰だと思ってんだよ。俺は勇者だぞ。確率なんぞ超えていってやる」


 僧侶は呆れ顔ではあとため息を付いた後、何かを覚悟したように口を開けた。


「そこまで言うなら良いですよ。一つだけありますよ。一人でもできる禁術が。蘇生術が」


「ありがとう僧侶」


「感謝はまだはやいです。その禁術を使って成功した記録は一つもありません。当たりを引く以前に当たりが入っているかすら分からないんですよ。それでもやるんですか?」


「ああ、やる。任せとけ。俺の運に」


「はあ。昔から馬鹿ですね勇者さんは。まあその馬鹿さ加減は嫌いじゃないですけどね」


 そう言うと僧侶が地面に文字を書き出した。文字と文字がつながり二つの円を形成していく。


「こっちに魔法使いさんを置いて、こっちに勇者さんが入ってください。それで円の中に術の媒介としてエクスカリバーを突き立てれば術は発動されます」


「何から何まですまないな、僧侶。恩に着るよ」


「まあ自殺する人の願いは断れないですからね。じゃ来世でも楽しくやってください」


「俺が失敗するとでも言うのか? 心配症だな僧侶は」


「そうですね。まあ失敗すると思います。だから最後に言っておきますね。今までありがとうございました。勇者さんとの旅は死ぬほど大変でしたけど、このパーティに入ってよかったなと思います」


「ああ、俺も楽しかったよ。今までありがとう」


「お達者で、勇者さん」

 

 魔法使いの体をそっと持ち上げ、円の中に置いた。遠くに見える親父の死体の近くにあったエクスカリバーを取り、発動に備え俺も円の中に入る。不思議と怖くはなかった。死ぬかもしれない、だがそれは俺の運命じゃない。バッドエンディングなんて望んじゃいない、俺が本当に欲しいのはハッピーエンドだけだ。


「じゃいくぜ」


「はい」


 剣を刺そうとした瞬間、左目に魔王の起き上がる姿が映り、手が止まってしまった。


「……あれ? モルさん? 何してるんですか……?」


 目をこすりながら眠そうにこちらを見てくるアスティ。


「アスティ。お前と会えて良かったよ。次会う時は一緒に……」


「一緒に……?」


「いや……次会った時に直接言うよ。じゃあな、アスティ」


「モル……さん?」


 地面に剣を突き刺すと地面から白い光りが無数に漏れ出した。その光が魔法使いと俺を包み込みこんでいく。二つの球が宙に浮き、圧縮するように小さくなった後、部屋全体にまばゆい閃光が漏れ出し、俺の視界から景色を奪っていった。そこで一旦俺の意識は消えた。




 「…………さん! …………いさん!! 魔法使いさん!」


 目の前の光景を俺はすぐに信じることができなかった。きょとんとした顔で辺りを見渡す魔法使いを泣きながら抱きしめる僧侶。アスティはと言うと何が置きてるか分からずアホの子のようにぼーっとその様子を見ているだけだった。


「私……生きてるの? なんで……?」


 手足を見て体が動くか確かめている。魔法使い、お前は生き返ったんだ……! 生き返ってくれたんだ……! 良かった……どうやら万が一つの当たりをひけたらしい。すべてはうまくいった。ハッピーエンドだ。


「魔法使いさんを助けるために犠牲になってくれ人がいるんですよ……! でも本当に生き返ってよかった……!」


 本当に嬉しそうに泣く僧侶。お前、さっきまで淡々としてたのに、そういう感情もあったんだな……。

 

「そうですか……私を助けてくれた人がいるんですか……その人に感謝しないといけないですね……」


「ああ、感謝しろよ俺に! このモルダー様にひれ伏すが良い!」


「モルダー……さん?」


 どうした魔法使い。きょとんとした顔で見てきやがって。俺を忘れたわけじゃないだろう?


「ああ、そう言えば名前で呼び合って無かったからな。勇者さんだよ。この俺がお前を助けてやったんだよ」


 なおもきょとんとした顔で魔法使いはこちらを見る。助けを求めるようにアスティと僧侶を見ると、二人も首を傾げ、困惑していた。


「えーと……魔法使いさんを助けたのはあなたではない人で……というよりあなたに会うのは初めてです」


「冗談だろ? なあ、アスティ。冗談だよなこれは」


「えっと……私もあなたに会ったことはないですし、アスティと呼ばれる意味がわからないです……。えーと……どちら様でしょうか?」


 混乱する頭で僧侶がさっき言っていたことを思い出していた。“死なないとしても代償は大きい”、“今まで成功したものはいない”ということを。今まで成功したものがいない? ならなぜその術が後世に伝わっているんだ? 見てた人がいたから? ならこれを蘇生術とは言わないだろう、今まで成功したものはいないのだから。だったら……。


 すべてを理解した。不思議と冷静になれた。この術は成功しないわけじゃない。成功しても“代償として他人の記憶から無くなる”のだ。術を行使した本人が伝承してきたものなのだ、他人はすべて忘れてしまう。だから成功しない術であり蘇生術という矛盾を持ちながら伝わっていたわけだ。


 人から忘れられてしまう。今までしてきたことを。魔法使いと僧侶と一緒に旅をして魔王を倒したこと。アスティと一緒に脱獄したこと。すべてはもうなかったことになっている。今までしてきたことのすべてが……。


 だが……後悔はなかった。いや、無いと言えば正直嘘になる。ただ魔法使いも生き返り、アスティを助け出せたんだ。もうこれですべて解決じゃないか。もうこの先、俺がいなくてもこいつらは生きていける。なら大丈夫だ。もう俺がいなくても大丈夫なんだ。


「どうやら人違いだったようだ。すまなかった。俺はもう行くよ。じゃあな、魔法使い、僧侶、アスティ」


 顔を見ずに俺は外に向けて歩きだした。別れの言葉もなかった。当然だよな、俺はもうあいつらの記憶の中にはないんだ。


 だが俺は扉の穴の前で立ち止まってしまった。別れが惜しくない訳がない。だけど振り返ったら泣いてしまう気がする。だから進まなきゃ。だから進まないと行けないんだ。だから……動けよ……俺の足……。


「あの……!」


 後ろを振り返るとそこにはアスティがいた。一瞬目が合いそうになり、なんとか目をそらす。


「どうした?」


「あの……私もよくわからないんですが……言わなきゃだめだと思って……。なんでか分からないですけどあなたに礼を言わないと行けない気がして……。ええと……何に対して言ってるかも自分でわからないですが……ありがとうございました……!」


 俺もなんて言って良いのか分からず、必死に言葉を考えるが何も浮かばない。だけど、勝手に手が動いてしまっていた。いつものようにぽんぽんとアスティの頭を撫でていることに自分自身が驚いていた。我に返り、アスティの顔を見るときょとんとした顔でこちらを見ていた。相変わらずアホ顔だなアスティ。本当にお前が魔族の王様とは思えねえよ。このアホ顔がもう見れないと思うと残念だがな、ここでお別れだ。


「またなアスティ。幸せになれよ」


 また一人パーティに戻ってしまった。最初に戻っただけだ、寂しくはないと否定してもいつも横にいたアスティのことを思い出す。いつも笑顔でモルさんと呼んでくれたあの顔をずっとずっと夢に見るだろう。

 

 どうやらハッピーエンドとはいかなかったらしい。


 だがバッドエンドでもない。


 一人、階段を下りながらそう思った。

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