第43話 勇者と魔王

 あの決戦から三ヶ月が経った。今俺は“王都バーレン”にいる。あれだけ人を殺したのだ、賞金首になっているのが当然だが、あの術はすべての人間から俺に関する記憶を無くさせるらしい。俺は賞金首になることなく、この王都でモンスターを狩りそれを質に売ることで生活していた。誰の中にも俺はもういないのだ、故郷に帰る意味もなかった。それに覚えていたとしてもあそこにはもう家族いない、そして知り合いはほとんど死んでしまった。一人、酒場でしょぼい酒を飲んでいるただの人、それが今の俺だった。


 勇者という肩書を失って、賞金稼ぎもできなくなった。職業がない俺はもうパーティに入ることもできない。だけどそれでも良いと思う。俺が居たいパーティは魔法使いと僧侶とアスティがいるあのパーティだけだからだ。あれから三ヶ月、もうあの旅は過去の思い出に変わっていた。


 あいつらの話をしないといけないな。あいつらは国を敵にしたのだ、賞金首になってばらばらに逃亡しているようだ。あれだけ強い連中だ、国の憲兵共が捉えることなんて出来やしないだろう。なんだかんだでみんなバラけてしまったようだ。もう一度あのパーティで冒険してみたいがそれは無理な話だ。一人酒を飲みながら過去の思い出に浸る、悲しい人生かもしれないが、まあこんな結末もいいだろう。


 ふと酒場の外から叫び声が聞こえてきた。捕らえろだの、殺せだの物騒な声が耳に入ってくる。こんなことはここでは日常茶飯事だ。普段ならこのまま酒を飲み続けるとこだが、なんとなく今日は見に行くことにした。


 外にでると憲兵達がもう捕まえたようだった。馬乗りになって拘束しているのが遠目に見える。野次馬がよくやっただの、税金泥棒が今日は働いてくれたなだの騒いでいた。王都となれば逃げるものも手練であるため、捕まる奴ってのはよっぽど弱いやつか、よっぽど頭の悪いやつかのどっちかだ。まあたまにはその馬鹿を見て酒を呑むのも悪くはない。人だかりをなんとか押しよけ、その馬鹿の顔が見える位置まで来た。


 馬鹿の顔は。馬鹿の顔は……色白で整っていて……黒く美しい髪はぐちゃぐちゃになっていたがその姿は人とは思えないほど美しかった。ただ一つだけ難があるとすればそいつが俺の知っている奴と同じくらいアホってことだけだった。


「私を誰だと思ってるんですか!? 魔王ですよ!? 魔界の! 王ですよ! 無礼じゃないですか!?」


「何言ってるんだお前は!! 魔界からも人間界からも賞金をかけられて、どちらからも国家反逆罪で追われてるのを忘れたのか!? お前はもうどこにも逃げるとこはねえんだよ! 捕まったからにはお前には死しかない、即刻処刑台送りだ!!」

 

 ばたばたともがく魔王。どうやら魔王というのは馬鹿らしい。憲兵に捕まるってお前……魔界の王だろ……。ああ、そういや憲兵の装備に反魔族刻印が見えるな……だからと言ってお前……弱すぎだろ……。ったく……


「俺は魔王を捕まえたんだ! 見たろお前ら! これで俺も昇進だ!! こいつを引き渡せば俺も……ぐわああああああああああ」


 魔王に群がっていた虫けらどもを蹴り倒すと、遠くに吹き飛んでいった。


「よう、アスティ」


「アスティ!? そんな風に呼ばないでください! 不届き者! 変態! あなた誰なんですか!?」


「ああ、俺か? 俺は……勇者だ。魔王を倒した勇者だよ」


「魔王を倒した勇者!? はあ!? 魔王私なんですけど!? 馬鹿なんですか!?」


 ぎゃーぎゃーと叫ぶ魔王をよそに憲兵共がこちらに銃を構える。ざっとみえる限りでは二百って所か。

 

「なあアスティ」


「な、なんですか! 何なんですかその目は!」


 なぜか執拗に睨みつけてくる魔王を見て懐かしく思えた。お前は変わらねえな。記憶がなくなっていたとしてもお前はお前だ。


 アスティを目を見据える。こんな時にいうセリフは決まっている。


 俺はキメ顔でアスティに向かって、こう言った。


「なあ、アスティ。お前“俺の剣”にならないか?」

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