第41話 お別れ

「ようやく終わったな」


「はい、長い旅でしたね」


 目を覚ました魔法使いと二人で干渉に浸っていた。


 ここまでの道のりを思い出す。一人で旅に出たこと、魔法使いと出会ったこと、僧侶を仲間にしたこと、なぜか魔王を倒して捕まったこと。いろんな出会いがあった。まさか魔王と一緒に旅をすることになるなんて思わなかったが。それに魔界の王だというのに……こんなに大切に思えるなんて思っても見なかった。


 剣形態の魔王を丁寧に床に置き、その上に自分の上着をそっとかけてやった。黒い稲妻が周囲を照らしたかと思うと、剣が置いてあった場所に魔王が現れる。魔力切れを起こしたためか寝ているようだ。


「もう少ししたら目を覚ましますかね」


「だな、少し待とうか」


 アスティの頭をゆっくりと撫でた。むにゃむにゃときもち良さそうに寝ていやがる。敵陣のど真ん中だっていうのにお前って奴は、嬉しそうな顔しやがって。起きたら罵声の一つでも浴びせてやろうか。


「はい、勇者さん。これ飲んでください。全快はしないでしょうが、生命力は戻ってくると思いますよ」


 そう言うと魔法使いはどこからか回復薬を取り出した。すかさずそれを飲んで見る。すると体から生命力が湧き上がってきた。一時は衰弱死をするかと思ったが、これで大丈夫だろう。


「ありがとう、魔法使い。恩に着るよ」


「どういたしまして」


 薬を上げるのが当然とでも言うかのように、彼女の顔は穏やかだった。


「なあ、魔法使い。こっから俺たち勝負するんだろ? そんな奴に上げてもいいのか?」


「まー、そうですね。そうでした」


 忘れていたのか、それともとぼけているのか。彼女の口調は不自然に軽かった。


「お前は魔王の心臓がないと死ぬんだろ?」


「まあそうですね」


「なんでそんなに他人行儀なんだよ。俺を不意打ちするくらいの度胸見せろよ」


 俺の言葉を聞くやいなや腹を抱えて泣きながら笑う魔法使い。何がおかしいっていうんだよ。


「思ったんですよ。なんというか薄々は気づいていたんですけど。魔王さんの命を奪ってまで生きながらえるってのも違うなって。そりゃ生きたいですよ私も。死にたくないですよ。人を沢山殺して、ここまで来たんですから。でもなんて言えばいいんでしょう。勇者さんと魔王さんを殺したら私の何かが崩れるんですよ。もし勇者さんを殺して、魔王さんの命を奪って生きながらえても嬉しくはないんですよ。だったら人の記憶の中で生きるのも悪くないんだって、今はそう思います」


 目を見据えて真剣に語る魔法使いの言葉に嘘はないように思えた。だけど……なぜかそれが余計悲しく見えた。


「じゃあ、他に方法があるか一緒に探せばいいじゃないか。何も魔王の心臓だけが唯一の生きる手段ってわけでもないんだろ? だったら探そうぜ。諦めるなよ……」


「それもいいかもしれないですね。もし命が持つならそうしたいです。でももう無理なんですよ。薬でなんとか持たせてましたが、あと少しで私の命は終わります。すこしだけ残ってた寿命も勇者さんの手当に使いましたからね。あ、安心してください。勇者さんの寿命は使ってませんので」


「なんで……そんな簡単に自分の寿命なんて使ったんだよ……薬使えばよかったじゃねえか……!!」


「薬を使っても全快はしないですからね、完全に治るのに長い時間がかかるんですよ。私の回復魔法もそうですね。まあ別に勇者さんが気に病むことじゃないですよ。半年の命が少し短くなった程度なので問題はないんですよ」


「……でも……!」


 魔法使いは目を見据え微笑みかけながら言う。


「楽しかったですよ勇者さん。勇者さんとの旅はとっても楽しかったです。その思い出だけで十分です。だから……泣かないでくださいよ……こっちまで泣きたくなるじゃないですか……」


 気づかない内に俺は泣いていたようだ。馬鹿だと言われるかもしれないが、この戦いが終わればすべてうまく行くと思っていた。でも……。


「なんとかならないのか……? なんとかする方法は!」


「ないですよ、ありません」


「いや……ある……! あるに決まってるんだ……! こんな……こんな結末なんて……俺は嫌だ……!」


 魔法使いが体を寄せ抱きしめた後、俺の頭をゆっくりと撫でできた。


「最後に一つだけ頼んでもいいですか……?」


 涙を拭い、彼女の最後の願いを聞く。


「ああ、なんでも叶えてやる」


「もし、次の人生があるとして……生まれ変わったとしたら……また、私と一緒に旅をしてくれますか……?」


「……ああ、何度でもしてやるよ……! 約束だからな! 絶対……戻ってこいよ……!」


「ふふっ、そうですね。約束ですよ」


「ああ……」




 夜が明けたらしい、天井の窓から光が差し込み魔法使いのいる場所を照らしている。まるで天国から迎えが来たかのようにその光は空まで続いていた。


「勇者さん」


「どうした? 魔法使い」


「お迎えの時間のようです」


「ああ」


「これで最後の言葉になりますね」


「ああ……」


「勇者さん、今までありがとうございました……では……おやすみなさい……」


 朝焼けの空が見える。赤い雲が滲んで見えた。

 

 遠い遠い空を見上げると鳥が楽しそうに飛んでいた。あの世はもっと遠くの空にあるのだろう。近くの鳥でさえ楽しいのだ、あの世ならもっともっと楽しいはず。遠い空に向けて、魔法使いに聞こえるように呟く。


「おやすみ、フレイン」

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