第40話 一人じゃない

「言い残すことはあるか?」


「そうだな……俺もここで終わりのようだ……。最後の頼みがあるんだ。せめてあの呪術師の女の子を看取ってあげてもいいか?」


「何を言い出すかと思えば……。お前がそんなたまかよ。何かしてくるに決まっている。俺に使った回復魔王で回復させるんじゃねえだろうな?」


「そんなに俺を信じてくれないのか……。わかった、俺の舌を切り裂いてくれ。そうすれば詠唱もできん。それでも不安なら両手を切っても構わない。だから頼むよ……。唯一俺の味方をしてくれた子なんだ……」


 男は懇願するように頭を地面にこすりつけている。


「勇者さん、どうするんですか?」


 改めて男を見ると実の息子相手に頭を下げ、懇願していた。もしかしたら罠かもしれねえ……。ここで殺すのが一番だ。でも……。


「ここで殺すのが一番だろう。でも……俺を育ててくれた唯一の親なんだ。最後の願いくらいは聞いてやりたい」


「でも……裏切る可能性も……」


「確かに可能性はある。だが両手を切れば何もできない。出血多量でそのうち死ぬだろう。それに舌をきれば回復はできない。腐っても俺の親父なんだ、最後の望みくらいは叶えてやるよ」


 男は俺に頭を何度も下げ、両手を俺の前に差し出した。俺は両手を剣で両断し、そしてすぐさま舌の根も切り落とした。


「あ、ありふぁとう……」


 男はそういうと呪術師の元に近づき、彼女の死を見守っていた。やつも時期に死ぬだろう。心中相手のようなもんだ。


「少しだけ……かわいそうですね……」


「ああ……でもやつが選んだことの結果だ、しょうがねえよ」


 俺と魔法使いはやつが死ぬ様子を遠くから見守っていた。しばらくして男は呪術師と重なるように倒れた。


「これで終わりか……」


「ええ、これでおしまいで…………え?」


 魔法使いは呪術師の倒れている方を向いて目を見開いていた。俺もそこに目をやると、親父が黒い光に包まれていた。


「てめえ! 何を――


「きゃあああああああああ」


 衝撃が宮殿を揺らしていた。何が起きたかわからない。横を見ると魔法使いが倒れていた。


「油断したな」


 声のした方向を向くと親父が五体満足で立っていた。傷口は完全にふさがっている。


「お前……どうやって……!」


 首を鳴らし、エクスカリバーを携えた男はニヤリと笑った。


「なあに、こいつの魔力を俺の糧にしただけさ。魔力を吸って生きていたといっただろう? 運のいいことにこいつは相当上物だったようだ。力と魔力が漲ってくるよ」


 こいつを信じたのが馬鹿だった。これならあのとき殺しておけば……。


 俺は魔剣に生命力を込めた。今ならやれる。油断しているあいつなら俺が。


 俺は魔剣を振りかぶり、そして振り抜いた。巨大な黒い斬撃が男目掛けて飛んでいく。


「ほう、お前も使えたのか。では私もエクスカリバーの本当の力を見せるとしよう」


 男はエクスカリバーを構え、振り抜いた。その瞬間“白い斬撃”が放たれた。斬撃同士は空中で衝突し、白の斬撃と黒の斬撃は轟音を立て消えていった。


「なんだその技は……」


「なんだ、知らなかったのか。剣士は普通は魔力を持たない。上級の剣士であればなおさらだ。だが魔力を帯びた上級の剣士はエクスカリバーを使うことで斬撃が飛ばせる。お前の魔剣と同じことだ」


「くそっ……あのとき殺しておけば……」


「喋っている余裕があるのか?」


「なっ!?」


 男はエクスカリバーを一瞬で三回振り抜くと、三重になった斬撃がこちらに向けて飛んできた。


あまりにも大きすぎる。躱せない。なら相殺するしか……。


 俺も魔剣を三度振り抜き、黒い斬撃を飛ばした。三重の白の斬撃と黒の斬撃がぶつかり合う。バカでかい轟音が地響きとなり、宮殿全体を揺らしている。相殺された斬撃はやがて消えていった。


「はあ……はあ……」


 息が上がっている。目が霞んでいる。体力を奪われすぎた。これ以上撃ったら命に関わる。


「既に生命力がそこを尽きかけているようだな。私は呪術師の魔力がまだ有り余っている。詰みだよ、もう」


 確かに、俺はもう斬撃は一度しか撃てないだろう。だが諦めてどうする? 今までだってこんな状況で勝ってきたじゃないか。諦めなければ勝てるわけではない。でも諦めたら死んだしまう。俺だけではなくアスティも。だから俺は負けるわけにはいかない。


 俺の生命力のすべてを魔剣に込める。死んでもいい、やつさえ殺せれば俺がこのあとどうなったっていい。だから、やつに勝つための力を込めろ。これが俺の最後の攻撃だ。


「うおおおおおおおおおおおおお」


 剣を持った右手に生命力をかき集め、俺のすべてを魔剣に込めた。そして俺はやつに向かって剣を振り抜いた。


 今までとは違う斬撃。線上ではなく球状になった黒の斬撃の塊が男目掛けて飛んでいく。


 それを見た男も一瞬で五度も剣を振り下ろし、斬撃の束を作って飛ばしてきた。黒の斬撃の塊と白の斬撃の束が衝突し相殺しあっていく。


「なんてことはなかったな。所詮は悪あがきだ、そんな攻撃は効かんよ」


 男は勝ち誇ったように笑みを浮かべている。空中では斬撃同士の衝突がまだ続いていた。次第に衝突部分は白に染まっていった。黒い斬撃はもう見えなくなっている。


「私の勝ちだな。お前にしてはよく頑張ったよ、だがここまでだ」


 男は勝ちを確信していた。


「いや、俺の勝ちだ」


「何をいう? あれを見てみろ、白い斬撃の塊を! お前の斬撃は消えたんだ!」


 確かに斬撃の塊は白に染まっている。だが考えてもみればすぐに分かることだ。もし俺の斬撃が完全に相殺されていれば相手の斬撃は俺に向かって飛んでくる。それがないということはつまり。


「な……何!?」


 白い斬撃の殻を突き破り、俺の斬撃の塊が男目掛けて飛んでいく。あいつに逃げ場はない。


「切り尽くせ」


「くそおおおおおお」


 大きな衝撃音がし、辺りは爆発の煙で充満していた。すべては終わった。俺はやつを倒したんだ! これでアスティと一緒に――


 足に強い衝撃を感じ俺は吹き飛んでいた。何が起きたんだ!? 一体何が……。


「まさか、俺の生命力まで使わされるとは思わなかったよ。なけなしの生命力だったが、魔王が手に入れば問題はない」


 砂煙が晴れて見えた男の姿は傷一つなかった。自身の生命力を使って斬撃を飛ばし、俺の斬撃を相殺したっていうのか……。俺の渾身の斬撃でさえあいつには効かないのかよ……。


「足も殺した。これで何もできないだろう。低級魔法を打ち込む生命力すら残ってはいまい。もうお終いだ、お前一人にしてはよくやったよ」


 そして男は剣を構え、魔力を振り絞っている。足をやられたのだ、俺は逃げられない。斬撃で相殺するしかない。だが斬撃を撃てるほどの生命力はもう残っていない。俺は死ぬしかないのか。


 一人でよくやったよか。確かに俺は一人だった。だが俺にはアスティがいた。だからここまでこれた。今は一人だがずっとアスティが……いや、俺の握っている剣はお前だったな。


 最後くらいこいつと話してから死にたい。俺は魔剣に向かって話しかけた。


「おい、アスティ、起きろよそろそろ」


 俺の突飛な行動に男は怪訝な顔で見下ろしていた。それもそうだ、剣に話しかけるなんて傍からみたらただのおかしいやつだろう。


「起きてくれよ。話をしようぜ。今話さなきゃもう話せなくなるぞ」


 だめか。そうだよな。最後に好きな相手と会話して死ねるなんて神が許してくれないよな。俺はこのまま一人でし――


「……うーん……なんですか、勇者さん。ごはんですか?」


「起きたのかアスティ。最後の会話をしようぜ」


「最後の会話? 死ぬんですか? 勇者さん」


「ああ、死ぬ。敵と戦ってたんだが、強すぎてな。一人じゃ勝てないな、やっぱ」


「何をごちゃごちゃいってるんだ。頭でもいかれたか?」


 どうやらアスティの声はあいつには聞こえていないらしい。頭のおかしいやつとしか思われてないだろう。


「勝てますよ、勇者さんなら。私の知っている勇者さんは諦めないんです」


「勝てねえよ。もう何も俺にはできねえ。何も残っちゃいねえんだ」


「勝てますよ。勇者さんはもうひとりじゃないんです。私がいるじゃないですか」


「でもどうやって倒すんだよ? 俺は生命力がもう……」


「私の魔力を使えばいいじゃないですか」


「いつも使ってるだろ? あれじゃあいつには勝てねえんだ」


「そうですね、いつものなら勝てないでしょう。あれって無理やり私の魔力を引っ張ってるだけですからね、引っ張れる魔力にも限度がありますよ」


「どういう意味だ?」


「私の魔力をすべて斬撃に込めます」


「できるのか?」


「はい。勇者さんは一人じゃありません。私がついています。一緒に敵を倒しましょう」


「ああ……」



「独り言は終わったか?」


 男は俺を見下しながらいった。


「ああ、終わりだ。これで終わりだよ」


 俺はただ剣を降ることにだけ集中していた。魔力はあいつがどうにかしてくれる。俺はただ剣を降るだけだ。何も難しく考えることはない。


 剣が赤黒く光りを放っている。これがアスティの全力の魔力ということか。


「なにをしている!? なんだその剣は!?」


「“アスティ”だよ」


「戯言を……。死ね!」


 男が剣を振り抜くと白い斬撃の束が無数に繰り出された。十では効かない斬撃の束が押し寄せる。だがなぜか負ける気がしなかった。


「アスティ、いくぞ」


「はい、モルさん」


 俺は男に向かって剣を振り抜いた。赤黒い斬撃が一つ飛んでいく。


「なにかしてると思ったらそんな小さい斬撃で何ができるというんだ!」


「確かに小さい。だが魔王の魔力をすべて込めた斬撃だ」


 無数の白い斬撃が赤黒い斬撃に衝突し、次々と霧散していく。


「そんな馬鹿なことがあってたまるか! くそっ、これでどうだ!!」


 男はまた無数の白い斬撃を飛ばしてくる。だが無駄だ。赤黒い斬撃はすべてを飲み込み、男目掛けて飛んでいく。


「くそ! こんな、こんな形で俺の野望が……くそ……くそおおおおおおおおおお」


 魔王と俺の渾身の一撃。斬撃によって男の体は無数に切り裂かれていく。男は必死に回復魔法を自身にかけているが、それでも斬撃は止まらない。


「くそっ……再生が追いつかない……!! モ、モルダー!! た、頼みがあるんだ、聞いてくれ!!」


 男は切り刻まれながらも俺を見ていた。俺は剣を右手に持ち男に近寄った。

 

「最後の言葉だ、聞いてやるよ」


「俺を救ってくれれば世界の半分をやる! 不老不死を手に入れれば俺は世界を手に入れられるんだ!! 俺はお前の親なんだぞ! なあ、助けてく――


「答えは“いいえ”だ。あばよ、親父」


 ありったけの力を込め、俺は魔剣を振り下ろした。両手に伝わる鈍い衝撃に確かな手応えを感じる。会心の一撃。男は血を辺りに撒き散らし、にぶい音を立て崩れていった。

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