第39話 魔剣VSエクスカリバー

 俺は死んだんだろうか? ここは天国か? なぜ俺は思考できているんだ……俺は死んだはずじゃなかったのか……? あの時、親父に刺されて……。

 

 本当に俺は馬鹿だったよ……。あいつの話し方があまりにも似ていたから油断しちまった……。次会う時は見てろよ……。次……? 次ってなんだ……? 俺は今何をして……。


「……さん! 勇者さん! 目を覚まして!! はやく!!」


 体の感触が戻ってくる。目を開けるとそこにいたのは“魔法使い”だった。


「目は覚めましたか!? 生きてるならさっさと構えてください! 死にますよ!!」


我に返り、体を瞬時に起こし、辺りを伺う。隣にはぼろぼろの魔法使いが膝をついて肩で息をしていた。


 自身の体を見ると傷がすべて治っており、失ったはずの腕も戻っていた。


「お前が治してくれたのか……。呪術師はどうしたんだ?」


「勇者さんの戦いのほうが心配だったので魔法で騙して置いてきましたよ! さあ、勇者さんも立ってください! 死にますよ!」


 魔法使いが見ている方を向くと親父……いや親父に似た何かが見下ろすように立っていた。


「ほう、さすがはリフレリア家の娘だ。回復魔法も一級と見える。まあ魔力はそこをついてるようだがな」


「おい、てめえ……これはどういうことだ……説明しろ!」


 まるで無機物でも見るかのように冷たい目を向け、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる男。はあとため息をつき、退屈そうに話し始めた。


「察しの悪い息子を持つと苦労するよ。なんのことはない、私は不老不死が欲しかったんだ。この体は長くは持たない、いずれは魔力を供給しても動かなくなるだろう。そういう術さ。森でお前を助け、ウルヴと国王をお前が倒したのは狙い通りだった。よくやってくれたよ。だがなぜかお前は魔王の味方をする。ならば殺すしか方法はないだろう?」


「お前は……最初からこれを狙っていのか……!!」


「少し違うなあ。昔は私も国を思う純情な青年だったんだがね、そう思っていのはあの戦争までだ。私は国の被害者なんだよ。悲しい運命を歩かざるを得なかった青年が少し抗ってみただけの話さ。そうだろう? 我が息子よ」


「俺を息子なんて言うんじゃねえ!! 俺の親父はもう死んだんだ、もうこの世にはいねえ! たとえてめえが俺の親父だったとしても、俺の記憶の中の親父とは違う……別人なんだよ!!」


「やれやれ、話が通じないようだ。お前は私の味方をしてくれと思ったのだがね。逆にお前に聞きたい。なぜ魔王の肩入れをする?」


「あいつを助けたい、そう思ったからだ」

 

 俺の言葉に嘲笑を込めて男は笑っていた。


「助けたい? お前はあの戦争を忘れたのか? 大勢の人間が死に、お前の母親も死んだ。一人になったお前の人生はさぞかし辛いものだっただろう。それもすべて魔族が原因だ。恨みがないはずがないだろう」


「ああ、俺は恨んださ、自分の境遇を、あの戦争を、そして魔族を。スラムで出会った仲間も魔族を恨んだ。だから魔王の討伐に行った。そして俺以外全員死んだよ。復讐してゆやろうと決意した。だが仲間に嵌められて、俺は投獄された。国王の策略で俺は死にかけた」


「だから人間側に復讐をしようとしているのか? 余りにも浅はかだ。俺が国王になれば国民は今よりはずっとましな生活を送れるだろう。お前のやっていることは正義でもなんでもない。ただの癇癪だ。お前は魔王を助けるために何人殺した? そいつらにも家族はいただろう。お前は正義でもないんでもない、悪そのものだ」


「ああ、確かにそうかもしれない。俺は魔族を殺し、人間も大勢殺した。俺は悪だ。勇者でもなんでもない」


「ならば魔王の心臓をよこせばいいだろう。俺は国を変える。そのために生きる必要があるんだ」


「それでもアスティは渡せない。殺させるわけにはいかねえ」


「お前のやっていることはこの国の未来を潰しているんだぞ。なぜお前は魔王を助ける? 裏切られた魔法使いもなぜ助けようとする? 答えろ」


 確かに俺のしていることは悪だ。人を殺し、国を滅亡させようとしている。だがそれでも――


「俺はちっぽけな存在だ。世界を救うなんてことはできはしない。確かに自分勝手な行動だ。俺は本当に悪なのだろう。だが俺は“大事な人”が死んのはもういやなんだよ。俺ができることなんてたかが知れてる。世界は救えない。だがそれでも……俺は仲間を守りたい。例え他人を犠牲にしようとも、俺は守りたい人がいるんだ」


「魔王にほだされたお前にいってももはや無駄らしいな。まあ良いだろう、好きに生きたまえ、お前の人生だ。だが魔王をかばうというのでれば容赦はできん。かかってくるというのなら相手をしてやろう。手加減はできないがね」


 そう言うと剣を構え、こちらを見据えてくる。剣に付いた血が、俺が刺されたことが嘘じゃないということを証明していた。俺がアスティを助けるにはこいつを倒さなければいけない……。


「フレイン! 剣を戻してくれ。あいつは俺が殺る」


「分かりました。でも私が加勢しなくても大丈夫ですか……? さっきまで戦っていましたが……正直に言えば勇者さんより強さは上です……。勇者さんでも勝てるかどうか……」


「安心しろ、俺は勇者だぞ。脱獄犯からようやく英雄になれるんだ。だからお前は待ってろ」


 頭をぽんぽんと撫でると彼女は納得したのかしていないのか「そうですか」とだけ返事をすると、杖とナイフを手に持ち詠唱を初めた。瞬間、白い光が辺りを包み、白い長剣が姿を表した。


「ほう、エクスカリバーか。随分と良いものを持ってるな」


「その余裕もすぐに消える」


 エクスカリバーを掴み、奴の間合いに一気に切り込む。上体だけ逸らしそれを躱すと、剣を俺の顔面目掛けて打ち込んできた。それをしゃがんで躱し、相手の剣に向けて下から切り上げる。男はそれを剣で受け止めた。だがエクスカリバーの切れ味が奴の剣を上回っている。剣を切り裂き、相手の胴体に向けて打ち込むとすんでところで地面を蹴り上げ、後ろに大きく後退した。


「さすがエクスカリバーだな。この程度の剣では勝てる気がしない。これじゃ勝負にならないな。私が殺されてしまう」


「降参か? 随分と早かったな。魔法も使えないあんたじゃ、今の俺には勝てない」


「そうだな、エクスカリバーと戦える剣なんてこの世に存在しないだろう。だったら創ればいい」


 そう言うと奴が魔王に走り寄り、右手をかざした。黒い魔力がバチバチと辺りに散らばっていく。


「くそっ……! させるか!」


 男に向かって剣を構え切り込む。奴の右腕を切り落とすように剣を振り下ろした。だが、それは“漆黒の剣”によって防がれた。


「さすがは魔王だな、剣の格が違う」


「遅かった……てめえ……アスティを……!」


「ははっ、そんなに睨むなよ。これで五分五分の状況だ、楽しくやろう。剣士同士楽しい斬り合いと行こうじゃないか。まあ不安があるとすれば、切合の最中にうっかりこの子が剣から元に戻ってしまうかもしれないことだな。その時は君の勝ちだよ。まあ、魔王は死んでしまうだろうがね」


「てめえ!」


 アスティが奴の手にある以上、鍔迫り合いはできない。アスティを切りかねない。だったら奴の胴体を狙えば……。

 

 一瞬でいい。懐に入り、奴の急所をつければ勝てる。左足で地面を蹴り、奴の懐目掛けて突進するかのように走り出した。


「ふむ、これでも諦めないのか。ならこれならどうかな?」


 男が剣を地面と水平に振ると、黒い斬撃が俺の体目掛けて放たれた。後ろに躱そうにも勢いのついたこの状態では瞬時に勢いを殺すのは不可能だった。だが横に躱そうとしても斬撃の切れ目がなく、逃げるのは不可能だった。


「これで終わりか、あっけないもんだ」


「終わり? 勇者を舐めんじゃねえ!」


 斬撃に合わせ足から滑り込み、紙一重で回避する。その勢いのまま奴の懐まで切り込んでいく。


「読んでたよ、そう躱すことも」


 残り数メートルという距離でも男は落ち着いていた。振り払った剣を切り返し体の中心目掛けて斬撃を飛ばしたかと思うと、その勢いのまま一回転し振り切った剣から再び斬撃が足元へ放たれた。


「これで終わりだよ」


「終わりじゃねえよ……! 読んでたぜ」


 右足に力を込め、跳ね上がる。斬撃を回避したのを確認し、奴の脳天目掛けてエクスカリバーを振り下ろした。奴の剣は振り回した勢いで構えることすらできない。これで終わりだクソ野郎が!


 剣が奴の頭を切り裂く瞬間、にやりと笑うのが見えた。男の指が俺の体に向いたかと思うと白い閃光が放たれ、俺の腹を貫通した。


「油断したな。確かに魔法は使えない。だが“代償魔法”が使えないわけじゃないんだよ」


 魔法の衝撃で体が男から遠ざかり、宙を舞う。世の中そんなに甘くはないらしい。男は追撃のためか剣を構え、斬撃を飛ばそうとしていた。空中では身動きが取れない、躱すのは不可能だ。


 どうやらここで終わりらしい。もうできることはない。思えばいつも俺の戦いは紙一重だった。毎回死にかけてたもんなあ。それもここで終わりか……すべてを諦めふと横を見ると、魔法使いがこちらに向かい泣きそうになりながら走っているのが見えた。なんだその心配そうな顔は……。俺が負けるとでも言うのか……。確かにここからできることはない。俺には遠距離の攻撃が……いや……あるじゃないか……! 奴が使っていた代償魔法である低級魔法が……。


 空中でなんとか姿勢を戻し、左の指をやつに向かって突き出す。狙うは奴の顔。低級魔法でも倒せる場所といえば目しかない。顔に当たった所でやつを倒すことは出来ないだろう。集中しろ、これで最後だ。神に祈ってもいい、やつを……倒させてくれ!!


 左手から渾身の一撃が放たれる。瞬間奴は回避しようと身構えるが、もう遅い。これは避けれるもんじゃない。


 放たれた閃光が奴の右目で爆発する。体ごと吹き飛んでいく。なんとか命中した。これで終わりだ! 俺の勝ちだ!


 瞬間、背筋が凍るのを感じた。明らかな殺気が俺に向けられている。奴は倒したはずだ……どこから……いや…奴からだ……!

 

 吹き飛んだはずの右目と目があった。その目は俺を見据えていた。男は吹き飛びながら空中で剣を構える。追撃をする気だった。停止する時間の中、男をじっくり見てみると右目に防御陣の跡があった。奴は魔法が使えないはずじゃ……いやあれは……目で左を確認すると呪術師の姿があった。なるほど、お前か……。


 男が剣を振り切り、斬撃が再び俺の体目掛けて襲ってくる。躱す? いや無理だ、空中で躱すなんて不可能だ。相殺する? 低級魔法で? できるはずがない! 俺にできることはないのか……! 魔法も使えない……この剣じゃ斬撃も飛ばせない……! じゃあ何を……何を飛ばせるんだって言うんだよ!! ……飛ばせる……? あるじゃねえか、とびっきりの奴が……俺の右手にまだあるじゃねえかよ……!


 エクスカリバーを斬撃に向け、思い切り放った。黒い斬撃と光の剣が衝突する。


「何をするかと思えば……エクスカリバーなんてこの魔王の剣に比べれば格が落ちる。その剣で勝てると思ったのか!!」


「確かに、鍔迫り合いなら勝てないだろう。だが斬撃と実体だ、残念ながらお前の負けだ」


 空中で衝突したエクスカリバーが斬撃を貫き、男の胴体に突き刺さる。その勢いのまま吹き飛んでいき、轟音を立て壁に衝突した。


 奴の手から零れ落ちた剣形態のアスティを掴み、砂塵が晴れるのを待つ。奴が死んでいる保証はない。油断はできない。


 砂埃が晴れ、奴の体が見えた。脇腹を貫通したエクスカリバーを抜き、膝を立ててなんとか立とうとしているが、満身創痍なのはすぐにわかった。俺も奴の低級魔法で怪我を負っている。余力はない。これが最後の攻撃だ。


 男が立ち上がり、剣を構える。俺をそれに合わせ剣を構えた。


「……最後の勝負だ。剣士同士、正々堂々剣で戦おうと行こうじゃないか」


「……そうだな……正々堂々……戦おうじゃないか……我が息子よ……!」


 走り出そうとした瞬間、男は呪術師に目配せをし、呪術師が詠唱に入る。


「馬鹿な息子だ……正々堂々? そんなもの必要ないんだよ!! 勝てばいいのさ!!」


「そうだねー、まあ僕は勝ち馬に乗るのが信条だからね。特別に加勢してあげる。だから勇者に勝って国王になって僕を金持ちにしてくれよ。元上司は馬鹿だったからね、期待してるよ」


 詠唱が終わり、呪術印が地面に広がっていく。無数の呪術の束が体目掛けて襲ってきた。


「ははっ、勇者。油断したね。これは躱せないよ!」


 ああ、躱せないだろう。防ぐことも出来ない。俺にはな。お前は忘れていたのかもしれないが、二対一じゃなく二対二だ。


 炎の槍が呪術師の頭上に降り注ぐ。一瞬の悲鳴のあと呪術師が立っていた場所は焦土とかしていた。


「魔力なんてほとんど残ってはいませんでしたが、こんだけ時間があれば召喚陣の一つくらいは書けますよ。それじゃ勇者さん、残りはあいつだけです、やっちゃってください」


 改めて男に目を向ける。もう邪魔は入らない。これが本当に本当の最後だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る