第20話 斬撃の正体

 旅を初めてはや三日が経とうとしていた。僧侶の家があった森を抜け、今は見渡す限り何もない平野を僧侶と魔王の三人で歩いている。あれから追手には遭遇していなかった。人通りの少ない道を選んでいるためだろうか。


「なあ僧侶、その聖セントリア大学ってのはいつ着くんだよ」


 野宿に慣れてる俺たちにとって三日なんて屁でもないのだが、魔族の王様であるアスティには予想以上に堪えているようだ。録に寝れもしなかったのだろう、目元にはクマができており顔色はすぐれない。


「そうですね……このペースで行けばあと二日程度で着くと思いますよ」


「二日かあ……思ったよりは早いな。アスティ、あと二日で着くそうだがそれまでもちそうか?」


 肩で息をしてうなだれているアスティはなんとか笑みを作りこちらに向けてくる。


「だ、大丈夫ですよ……。魔王をなめないでください、これくらいなんともないですよ……。なんならあと十日かかってもいいくらいです……」


 汗が頬を伝い地面に落ちている。目が完全に虚ろだ、体力の限界なんだろう。


「疲れてるなら疲れてるって言えばいいだろうが、強情な奴だな。僧侶、この辺で休憩しよう。ここならもし追手が来てもすぐ視認できるし大丈夫だろう」


「そうですね、そうしましょう。魔王さんに倒れられたらこちらとしても迷惑なので休めるときに休みましょう」


「うっ……まあ僧侶さんが休みたいなら休むことに反対はしないです、その意見に賛成してあげます」


「お前って奴はなあ……」


 その辺にあった大きな岩に体を預け俺は一息ついた。僧侶も同じように座りこんでいた。アスティはと言うと雑草の上でうつ伏せに寝ている、というか完全に倒れていた。

 

「アスティ、大丈夫か? いや全然大丈夫には見えないけど」


「……え? 大丈夫ですよモルさん……どこから見ても元気いっぱいじゃないですか……」


 それがお前の元気のマックスだとしたらそれはそれで心配になるわ。生まれたての子鹿の方がまだ元気なんじゃないか……。


「まあしばらくは出発しないからゆっくり休んでおけよ」


「はい……おやすみなさい……」


 すうすうと寝息を立て眠りにつくアスティ。夜は暗くて怖いので寝れないんですって言ってたもんなあ……。まあしょうがないと言えばしょうがない。


「魔王さんって眠ってるとまるでどこにでもいる少女のようですよね」

 

「起きてても魔王とは思えないけどな。俺も最初は信じれなかったよ、こいつが魔王だってことに」


「私は今でも信じれないですけどね。まさか魔王と手を組むなんて勇者さんも思い切ったことしましたね」


「まあなあ、確かにそうだな。俺もこうなるなんて思っても見なかったよ。でもなんだかんだで一緒になれて良かったと思う」


「はあ、のろけですか。魔王さんかわいいですもんね、こういう子が好みだったんですね勇者さん」


 にやにやと嫌な笑みを浮かべこちらを見てくる。ぶん殴ってやろうかこいつ。


「なんていうか……今まであったことないくらい純粋なんだよなこいつ。スラムで育った俺とは正反対なんだ。まあそこに惹かれたのかもしれないなあ……」


「あら、認めるんですね。てっきりこいつとは何もない! ただの戦友だ! とか言い出すのかと思ってましたよ」


「どうせお前は気づいてるんだから否定してもしょうがないだろ?」


「そうですね、否定されても私は信じないでしょうね」


「まあそうだと思ったよ」


 すやすや寝ているアスティの顔を二人で眺めながら談笑する。つかの間の平穏って奴だ。


「そう言えば聞いてなかったんですがあの監獄からどうやって脱出したんですか? さすがに武器は回収されいるでしょうし。まさか素手で壊したんですか?」


「いや人外じゃねえんだからできるわけねえだろ、そんなこと」


「そのツッコミ好きですよね。語彙力を増やしたほうがいいんじゃないですか?」


「ぐっ……別にいいだろ気に入ってんだよ。で話しを戻すけど牢獄は罠はずしでぶっ壊して、監獄を取り囲んでいた壁は魔王が剣になってそれで壊したんだよ」


「ええ……なんというかすごい無茶をしてたんですね勇者さん。でもあの壁ってすごく分厚かったですよ? 剣でどうにかなるものでもないような気もするのですが」


「なんでか分からないけど剣(魔王)を振ってみたら黒い斬撃が飛んでいってなあ……今思うとあれはなんだったんだろうな……」


「はあ、斬撃ですか。にわかには信じられませんね……。そんな話聞いたことないですよ」


「魔王を剣にして使った奴なんて多分俺が初めてだからな……。よし、じゃあここでやってみるか。もしかしたら斬撃が出る原理が僧侶には分かるかもしれないからな」


「研究者じゃないんですからそんなこと私に期待されても……。まあ見ては見たいのでぜひお願いしますよ、勇者さん」


 アスティには眠っている所悪いが起きてもらうことにした。


「アスティ、ちょっと起きてくれないか?」


「ふぇ? どうしたんですかモルさん、お昼ですか?」


「寝起きざまに悪いんだがちょっと剣になってくれないか? ナイフでいいんだ」


 俺の提案にアスティは明らかに嫌そうな顔をした。

 

「えー……いやですよ……。そんなことしたらまたモルさんに裸見られちゃいますし……」

 

「安心しろ、今回は僧侶がいる。形態変化は岩陰でやればいいし、服は僧侶に回収させる。だから剣になってくれ頼む」


「もう、しょうがないですね……覗かないでくださいよ? 絶対ですからね! 絶対ですよ!」


 彼女がそそくさと岩陰に隠れ、それに同行する形で僧侶もついていった。服を脱いでいるのが音から分かる。この岩の後ろで裸のアスティがいると思うとちょっとテンションが上ってきた。


「勇者さんおまたせしました。すごいですねこれ、完全にナイフになってますよ」


 僧侶の手には魔剣(魔王)が握られていた。改めて見ると黒い刀身に赤黒い波紋が施されており、ナイフとは思えないほど気品が漂っている。


「よしこれで準備は整った。僧侶、よく見ておいてくれよ」


「分かってますよ勇者さん。ではお願いしますね」


「おらあっ!」


 刀身から黒い斬撃が放たれ、空気を裂きながら遥か彼方に消えていった。


「すごいですね……魔法とは全く異なる性質の……これは恐らく……。いや確信が持てません……、勇者さんもう一回お願いできますか?」


「もう一回か……。疲れるんだよなあこれ」


「疲れる……? やっぱりこれは……」


 僧侶が何かを見つけたのかぶつぶつと考え事をしている。


「とりあえずもう一回やるぞ。おらあっ!」


 再び魔剣から黒色の斬撃が放たれる。


「はあ……はあ……そ、僧侶、これで十分だろ。なんかわかったか?」


「はい……仮説ではありますが一応原理は分かりました。ただこの斬撃を説明する前に勇者さんが使っている低級魔法の原理から解説しないといけないですね」


「低級魔法……? この斬撃と何か関係があるのか?」


「はい。まず勇者さんが低級魔法と言って使ってる攻撃についてですが……魔法使いさんから言うなと固く念を押されていたため今まで伝えていませんでした。勇者さんの低級魔法、あれは実は魔法でありません」


「え?」


 そんな馬鹿な。現に使えているじゃないか。


「勇者さんの魔法、低級魔法はいわゆる“禁術”に指定されているもので、簡単に言うと自身の生命力を削って対象にダメージと衝撃を与える、身体代償系の術の一種です。昔は魔力の資質がない人がよく使っていたのですが、使いすぎると命を落とすので国が禁術指定をし、その呪文も書物から消えました」


「っ…………」


 余りの衝撃に言葉を失ってしまった。俺が今まで魔法だと思って撃っていたのは生命力で……俺は命を知らぬ間に削っていたのか……。魔法使いのやろう、俺の命を何だと思って……。


「数回程度であれば命までは奪わないのですが、身体機能が低下し徐々に衰弱していきます。私がいた頃は回復魔法でなんとか相殺していたので事なきを得ていましたけどね」


 なるほどな……。あの牢獄で低級魔法を使えたのはそれが原因だったってことだ。考えればおかしかったんだ、あの場所で魔法が使えるなんて。高度な魔法使いなら脱走しかねないからな。


「で、それがあの斬撃と何が関係あるんだ?」


「それについてですが……あの斬撃は魔王さんと勇者さん、二人がいて初めてできることなんです。普通の剣使いであれば魔王さんはただの剣に過ぎません。ただ勇者さんが使う事でおかしな事が起こるんです。まずあの斬撃を構成しているものの大半が魔王さんの魔力です」


「まあそうだろうな、俺も予想はついていたよ」


「ですね、斬撃が黒色なのは魔族の魔力を使用しているからです、ひと目みて分かりました。それで魔力というのは詠唱、呪文などで変換しなければただのエネルギーに過ぎません。その変換を担っているのが先程話した禁術、勇者さんが低級魔法と呼んでいるものです」


「俺の低級魔法がそんな複雑なものなんて思っても見なかったよ……。でも魔王の魔力を使っているんだろ? 俺の生命力は削られないんだよな?」


「いえ、残念ながら使っています、それも低級魔法以上の生命力を。先程魔力を変換していると言いましたが、正しくは変換した生命力を使い魔王さんの魔力を圧縮させ放っているんです。黒色の斬撃の中に白色の線が入っていますが、それが元は低級魔法というわけですね」


 そういうことだったのか。通りでウルヴとの戦いでやたらと体力を消耗すると思ったよ。


「つまりは回数制限のある必殺技みたいなもんか」


「ですね、使いすぎると魔王さんも魔力切れを起こすので闇雲には使えないですよ。今後の戦闘は注意してくださいね」


「了解、使い所は考えていかないとな。俺が使える攻撃の中で一番強力なんだ、大事にしていこう」


 検証が終わり二人でうんうんと満足していると手の中のアスティ(ナイフ)が口を開いた。そういや喋れたのかこいつ。


「二人共なぜか私が剣になって戦うことが前提で話しを進めていますが、私は絶対イヤですからね! 私だって魔法くらい使えるんですよ? 普通に戦ったって良いですよね!?」


「いや鎧もない今のお前が役に立つとは思えん。それに反魔族刻印がある場所ではステータスもだだ下がるだろ? そんなリスクを背負って戦うよりは、剣になっていたほうがよっぽどましだ」


「私も勇者さんの意見に賛成ですね。魔族の攻撃に大して国が何の対策もしてないとは考えにくいですし、ナイフでも斬撃を飛ばせるのであれば戦略も広がります。これで行きましょう魔王さん」


「うぅ……魔族の王である私がなんでこんな目に合わなければいけないんでしょう。……こんなパーティに入ったのが間違いでしたよ……」


「まあそんなに気を落とすなよ! 斬撃を出せる剣なんてこの世でアスティくらいだろうぜ、むしろ誇るべきなくらいだ」


 アスティが剣になればあいつが怪我をするリスクが減らせる。それに一番近くにいたほうが守りやすいからな。照れくさいのでこれは言わないでおくとしよう。

 

「剣側の気持ちなんてどうでもいいですよ……。もうっ……検証はこれで終わったんですよね? じゃ戻りますからね」


 僧侶にナイフ(アスティ)を渡そうとすると彼女は受け取りもせず何かを思案している。これ以上何か疑問でもあるのだろうか?


「勇者さん、今思ったんですけどナイフのままのほうがいいんじゃないですか? 魔王さんが疲れて歩けなくなることもないですし、万が一追手に奇襲された場合も対処がしやすいでしょう」


 鬼かお前は。合理的すぎて人としての何かを失っているような気がする。


「あー、それもそうですね! 魔王である私が疲れることはないですが敵襲がきたら大変です! そうしましょうモルさん!」


 魔王お前ってやつは……。剣になるのに慣れすぎて今までの常識を失ったんじゃないか? いやおかしいと思ってるのは俺だけか?


「まあアスティがそれでいいならいいんだが……」


「良いに決まってるじゃないですか! さ、休んでないで出発しましょう! こんなとこでちんたらしてると追手が来ちゃうかもしれないですよ♪」


 ナイフから上機嫌な声が体に伝わってくる。そんなに歩くのが嫌だったんだなお前。


「だそうだ僧侶。俺らの体力は十分あるし出発するかあ……」


「ですね、足を引っ張る子がいなくなったので随分と楽になりましたしね」


「うぅ…………」

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