第19話 勇者の過去

「アスティには言ってなかったが、昔は俺と魔法使いと僧侶、そして“格闘家”と“呪術師”の五人パーティだったんだ」


「そうだったんですか? 僧侶さんと魔法使いさんしか仲間はいないと思ってました」


「うーん、どっから話せばいいのか……。僧侶は知ってると思うが俺は国王がいる町 《バーレン》出身なんだ。そして俺はそこのスラム街で紛争孤児として育った。《クリミナルグラード攻防戦》と言えばお前も知ってるだろ? 俺はあの紛争の生き残りなんだ」


「クリミナルグラード……確かクリミナルまで侵攻してきた魔族との大規模な攻防戦でしたよね? ひどい有様だったとも聞いています。人と魔族以外の生物が逃げ出す程の」


「俺も小さかったんで記憶も曖昧だが地獄そのものだった。そこで両親を亡くした俺は難民としてバーレンに住むことになった。まあ金も力もない俺はスラムで生きて行くしか選択肢がなかったんだ」


「バーレン出身とは聞いていましたがそこまでは知らなかったですよ……」


 僧侶の顔は複雑な顔をしていた。どんな顔をすればいいのか分からないとでも言うように目を伏せている。


「そこで俺は街の周辺に出るモンスターを狩り、国から貰える討伐金で暮らしていたんだ。まあ討伐金と言っても大した額じゃない、その日の飯を買うだけで消えるはした金だった。そういう生活が一五歳になるまで続いた。幸い戦闘学校は学費がいらなかったから、時間があるときは顔を出してたよ。今の俺の剣術はそこで培ったものだ。それに剣術を教えてくれた物好きなおっさんもいたが、モンスターから俺を庇って死んじまったよ」

 

「……モルさんにそんな過去があったんですね……」


「同情せんでいいわ、なんだかんだで楽しかったからな。スラムの仲間もいたし別にその生活が嫌だったわけではないんだ。ただその生活は四年前を境に終わった。国王直々に“魔王討伐”の指令が公布されたからだ」


「俺自信はその話に乗るきはなかった。だが周りの奴らは躍起立っていたよ。『魔王を倒せばこれで俺たちも貴族になれるんだ!』やら『この生活から抜け出せるチャンスだ、英雄にんれるんだぞ英雄に!』とな。それでなし崩し的に俺も魔王討伐に向かうことになったんだ」


「勇者さん自体は最初から英雄になろうとか、そういうのはなかったんですね」


「ああ、その日生きてさえすればそれ以外はどうでも良かったんだ。魔王討伐に関して言えば英雄になるというより、スラムの連中が死んでほしくなかったから参加したというのが正しい。それで旅はというと魔界の途中までは順調だった。誰一人欠けること無く勝ち進んでいて、恐らくそれは仲間たちとの連携が大きかったと思う。四〇人程いたからな、基本的に負けるはずがなかったんだ。だがそれが慢心を生んで……魔界の中程に付く頃には俺一人になっていたよ」


 もう取り返しが付かないことだ、だが今思い出しても悔やんでも悔やみきれない。


 慎重に、なるべく感情が入らないように言葉を選び、続ける。


「まあそれで色々あってな、英雄になるという仲間の夢を俺が引き継いだんだ。それでしばらくは一人で旅していたんだが、さすがに無理だったようで俺は殺されかけていたんだ。そこに現れて助けてくれた奴が魔法使いだった」

 

「勇者さんって魔法使いさんに助けられていたんですね……。魔法使いさんも自身の話は滅多にしないので知りませんでしたよ……」


「まあ気軽に話す内容でもないしな。で、旅の途中でたまたま見つけた僧侶を仲間に入れ、そして“格闘家”と“呪術師”の二人にも出会って手を組んだわけだ。だが……」


「それでどうなったんですか、モルさん?」


「格闘家は魔王の城を責めている時に死んだ。魔王直属の四人の内の一人に殺されたんだ。それで、魔王の側近の最後の一人を呪術師が自身の命と引き換えに倒して、そして俺と僧侶と魔法使いの三人で魔王を倒すことが出来たというわけさ」


「こう聞くと、回復役なのに生きてる私って割とすごいですよ」


「まあ、すごいって言うレベルじゃなかったよ、僧侶が加わって今までの戦闘からがらっと変わったからな。あれだってお前がいたからできたんだ、遠隔ヒールで特攻するやつなんかな」


「ありましたねそう言えば。私が勇者さんを回復して勇者さんが敵陣をひたすら切り刻んでいき、魔法使いさんが勇者さんもろとも焼き払う。今思えばやばかったですね」


「そうだな、あまりにも効果的で後半はこればかりしてたからな。味方ごと焼き払う魔法使いを見て相手が“銀髪の悪魔”とか言って恐れていたっけ。懐かしいなあ」


 僧侶と二人で思い出に花が咲き笑っていると、アスティが引きつった顔でこちらを見ていた。


「あれってモルさん達がやってたんですね……。魔族の間で人間は心がないとか、正気を失っているとか言われてたんですからね……」


 今までの好感度がどこへやら、俺たちを見る目が完全に畜生を見る目に変わっている。


「いや……違うんだよ。俺たちももう仲間を失うのが嫌で仕方なくああいう戦法を取るしか無かったんだ。しょうがなかったんだ。な? 僧侶」


「いや、勇者さんも魔法使いさんもノリノリでしたよ。勇者さんは『体を灼かれるこの痛みがたまらねえ、生きてる気がするんだ……』とか言ってましたし、魔法使いさんに至っては『大事な仲間諸共焼き払うなんて……なんだかいけないことをしてるようですっごく興奮してきました……』って言ってましたからね? 正直なんていうパーティに入ってしまったんだと後悔しました」


「ええ……気持ち悪っ……」


 おい、やめろ僧侶。頑張って築き上げた俺の好感度が瞬く間に崩壊していくだろ。


「違うんだよ……勇者ってのは先頭に立って敵陣を切り開かなきゃいけないだろ? 俺だって好きでやってたわけじゃないんだ信じてくれ」


「いやノリノリでしたよね? 終いには私が回復するのを良いことにわざと相手の剣を体で受けて、相手が油断した所を狙うとかいう畜生な戦法取ってましたし。串刺しになりながら笑うあなたをみて人間界はもうダメかもしれないと絶望しましたよ」


「……えっ……気色悪い……」


 アスティの好感度がついに0になったようだ、俺を避けるように僧侶の体で体を隠している。


 考えろ、思考を止めるな。アスティの好感度を戻す方法を……。


「話は変わるけどなあアスティ、お前の着てる服って僧侶のものだよな? 鎧と憲兵の服を来てたから気づかなかったが、そういう服を着てるのを見るとやっぱ魔族の王なんだなって痛感するよ。似合うってレベルじゃない、可愛すぎて死んでしまいそうだよ」


「いや勇者さん……アホじゃないんですから魔王さんもさすがに……」


「えへへ~、私こういう服着るの初めてなので似合ってるか不安だったんですよー! モルさんに気に入ってもらえて私も嬉しいです♪」


 アホの子だった。


「そう言えばさきほど魔王さんが寝ていた際に、勇者さんがあるとこないとこ触ってましたよ。『ぐへへ、良い体してやがるぜ。じゅるっ』とか言ってましたよ」


 おい僧侶、嘘はやめろ。どんだけ俺の好感度下げたいんだよ。さすがに信じるわけねえだろいくらアホだからと言って……。


「え……変態…………近寄らないでくれますか? 同じ空気を吸いたくないです」


 うん、お前はそうだと思ったよ。知ってたよ最初から。


「で、話しを戻すますけどつまりその“格闘家”と“呪術師”は死んでいるので助けに来るはずがないということですね。私も心当たりはないですし……誰が助けてくれたんですかね?」


 僧侶、脱線していた話しを戻すことは否定はしない。しないんだがなぜ今それをした? 俺ドン引きされたままなんだけど? 確信犯だろお前、最初から分かってただろお前。


 アスティはと言えばこちらを睨んだままである。段々めんどくさくなってきたなこの魔王。


「おい、アスティ。こっちにこい。何もしないからちょっとこっちまで来てくれ」


「畜生が人の言葉を話すなんて珍しいですね。人間界って面白い生物がいるんですね、勉強になります」


「くっ……いいから来てくれ。頼むから」


「しょうがないですね、なんですか? 変なことしたら許しませんよ? あっ」


 頭を掴みわしわしと撫ででやった。ゴミを見るかのように侮蔑していたアスティの顔がみるみる内に笑顔に変わっていく。よし、これでいい。


「で話しを再び戻すけど結局誰が助けたかわからないってことだな。アスティ、ちらっと見たならそいつの特徴とか思い出せないか?」

 

「えへへ~。ん? なんですかモルさん? 特徴ですか? ちらっとしか見てないのでよく分からなかったですよ……。でも強いて言えば……モルさんに雰囲気が似ていたような……」


「俺に?」


「分身の術でも覚えてたんですか? 勇者さん」


「忍者じゃあるまいし覚えられるか」


 もうこれ以上この話しをしても無駄だな、諦めよう。

 

「考えてもこれ以上何も出なさそうだ、この話はやめよ……どうした僧侶? そんな驚いた顔をして」


「勇者さん……これが勇者さんの服についていました……」


 彼女の手には“銀色の長髪”が握られていた。銀髪……。


「銀髪と言えば思いつくのは……魔法使いのだな」


「私もそうですが……魔法使いさん以外にも銀髪はいますし……。もしそうだとしても、魔王さんが見かけたのは勇者さんに似た人だったわけですよね?」


「意識が朦朧としていたので断言できませんがそうだったと思います……。その人と魔法使いさんは別の人かと……」


「服についていたのはたまたまじゃないか? 捕まるまでは一緒に行動してたんだ、つくこともあるだろうよ」


 俺の言葉に僧侶が顎に手を当て思案している。


「着替えた服についていたんですよ? つくはずがないんですよ」


「確かにそうだな……。うーん、俺に似た雰囲気の人も謎だし、魔法使いの髪も謎だな」


「でも魔法使いさんが一枚噛んでいるのは確実です。確かめに行くのは最適解かと」


「それもそうだな……魔法使いについては聖セントリア大学に行けば何か掴めるかもしれないんだ。そこで確かめよう、すべてを」


「そうですね……そうしましょう」


 数日後、怪我も完全に回復した俺達は聖セントリア大学に向けて出発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る