第18話 勇者と魔王を助けた謎の人物

「さて、勇者さんもようやく目を覚ましたことですし、夕飯にしましょうか」


 僧侶が色とりどりの料理をテーブルに並べ始めた。どうやら薬の材料だけではなく食材も取ってきていたらしい、お昼とはまた違うきのこのソテーや薬草のスープが目の前に置かれている。


「勇者さんは怪我人ですからね、体に良いものを中心に作ったのでいっぱい食べてくださいね」


 こちらに笑顔を向けて食事を促す僧侶。いや、今の俺のダメージの半分はお前が付けたものなんだが……。


「まあ……色々言いたいことはあるが……いただくとするよ……」


 僧侶から聞いた話によるとあの後随分と大変だったらしい。アスティが泣くわ喚くわ「……モルさんが死ぬなら私も一緒に死にます……!」やら言い出して暴れだしたのをなんとかなだめたのは良かったんだが……どうやら俺のダメージが思ったよりも深かったらしくだいぶ手こずったらしい。備蓄していた魔力回復の薬もだいぶ使ったらしく「勇者さんのせいでとんだ出費でしたよ」と呆れ顔で文句を言ってきた僧侶をぶん殴らなかったことは悔やんでも悔やみきれない。


 アスティはと言うとあまりに泣きすぎて体力を消耗したらしく、俺が目を覚ましたら俺の体を枕にして座った姿勢ですやすやと寝ていた。一眠りしたら怒りも忘れてらしく今は上機嫌で目の前の食事に目を輝かせている、アホの子なのだろうか。


「これすごく美味しいです! 僧侶さんってお料理上手なんですね、憧れちゃいます!」


 いつのまにか口にしていたアスティがリスのようにもぐもぐしている。さっきまで険悪だったのに女ってのはよく分からん。


「ふふっ、褒めても何も出ませんよ魔王さん。さ、勇者さんもどうぞ」


 僧侶に促される形で目の前のキノコのソテーからいただくことにした。


「おお、以外に美味しいなこれ。毒でも入ってるかと最初は思ったが旨いよ」


「私を何だと思ってるんですか……。まあお口にあっていただけたようで安心しました」


「ほんとに美味しいですよこれ! 私こんな料理食べたことないです!」


 魔族の王なのに碌な食事も取れなかったのだろうか? まあ人間界と魔界では取れる食材も違ってくるだろうし、そういうもんなのかもしれないな。


「まあ確かに美味しいな……。こんな料理を作れる女がいたら普通は男は放っておかないだろうな」


「そ、そうですか勇者さん。ありがとうございます」


 心なしか照れているように見える。僧侶、お前も照れるのか。よし、これはチャンスだ……!


「ほんとにすげえよ僧侶、こんな料理なら毎日食いたいくらいだ!」


「いや、毎日食べてましたよね、捕まる前まで」


「あ、うん……」


 冷ややかな目でこちらを見てくる。言葉を間違ったようだ。


「そうやって私の好感度あげようとしても無駄ですよ、しくじりましたね勇者さん」


「いや別に俺は四捨五入すれば三十になる奴の好感度を上げたいわけじゃ――


 ガンッと言う音と同時に後頭部に強い衝撃が走った。クソっ、何が起こったんだ……。いやまあ僧侶の攻撃を食らったんだろうが……。


「ってえ……! 死ぬっ……」


「死んだほうが良いと思いますよ勇者さん。牢獄にもう一度ぶち込んでやりましょうか?」


「そうですよモルさん。死んでください」


「アスティ……お前までっ……!」


「女性の敵ですよあなたは。今度同じようなこと言ったら本当に殺しますからね?」


「す、すみませんでした……」


 口は災いのもととはよく言ったものだ。余計なことは言うべきじゃなかったな……。


「こんな男ほっといてさっさと食べましょ僧侶さん。かまうだけ無駄です」


「そうしましょうか。無駄にストレス貯めるだけですしね」


「…………」


 仲間のはずの二人に完全に敵とみなされ、惨めに食事をする男がそこにはいた。




 気まずい空気の中なんとか食事を終え、僧侶が入れたコーヒーを飲み一息つく。異様に苦いコーヒーに苦戦していると、アスティが唐突に口を開いた。


「ひとつ気になってることがあるんですが……」


 そう前置きする彼女の顔はさきほどとは異なり深刻だった。


「なんだアスティ、言ってみろ」


「私達ってどうやってここまで来たんでしょうか?」

 

「え? アスティがここまで俺を運んでくれたんじゃないのか……?」

 

「いえ、私もモルさんが意識を失った後に魔力切れで倒れてしまったんです……そこで私の意識も途絶えました」


「そうだったのか……じゃああれか? 僧侶が助けてくれたのか?」


 僧侶に視線を回してみるが見に覚えがないようだ、小首を傾げている。


「私は何もしていませんよ。たまたま軒先であなた達が倒れていたの見かけたので看病しただけです」


「え……? じゃあ誰が俺らをここまで運んだんだ……?」


「勇者さんが無意識で魔王さんを担いでここまで来たんじゃないんですか? なんかそういうのできそうですし」


 俺を人外かなんかと思ってるのか僧侶。いや魔王(?)を倒せるくらいなのだ、それくらいはできるのかもしれないな……。死にかけて何かに目覚めたのかもしれない、さすがは俺だ。


「まあ……そういうことにしておくか。多分そうだろう、多分」


「そう……なんですかね?」


 アスティは釈然としない表情をしていたが、見ていないことには真実なんて分かるはずはない。彼女はそれ以上追求するのをやめた。


 すると今度は僧侶が口を開いた。


「私もひとつ疑問があるのですが。なんで勇者さん達は私の家まで来れたんですか? 私の家の場所は知ってはいないでしょう?」

 

「確かにそうだけど……たまたまじゃないか? 別に見つけにくい場所にあるってわけでもないだろ?」


「いやそれはありえません。私の家にはこの辺りの獣が寄り付かないように魔法で認識できないようにしてあるんです。それは生き物であればすべてにかかります、魔王さんも勇者さんも例外ではありません」


「うーん……」


 あの傷で俺が運んだってのは正直言えば考えにくい。例えそうであっても見つけることもできない僧侶の家にたどり着くことは不可能だ。


「結局真相は闇の中だな……考えても分からないことばかりだ」


「あのぉ……」


 アスティが小さく手を上げ、上目遣いで何か言いたそうにこちらを見ている。


「どうしたアスティ、気になることでもあるのか?」


「私自身もそれが現実だったのか幻だったのか分からないんですが……意識を失う直前に何か……人影を見た気がするんです……」


「人影? そいつが俺らを助けてくれたってのか? そんなまさか、憲兵の見間違いじゃないのか?」


「憲兵だったら捕まってますよ、馬鹿なんですか勇者さん。でも憲兵じゃないとしたら誰だったんでしょうか……」


「うーん、私もちらっとしか見えなかったのでなんとも言いようがないですね……モルさんと僧侶さんに心当たりはないんですか? 元仲間とかそういう人かもしれませんよ」


 仲間か……懐かしいな昔を思い出すよ。


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