第17話 種族を超えた愛

 あの話し合いのあと一旦解散し、五日後までは自由行動ということになった。ただし怪我がまだ癒えていない俺は僧侶の家でしばらくは療養ということで外出を禁じられ、ベッドの上で暇を持て余していた。まあ俺もアスティもお尋ねものだ、外に出ること自体リスクが伴う。


 僧侶といえば戦闘のために薬を調合するようで、森に材料の調達に行っている。ということで今家にはアスティと俺の二人きり。別に何があるってわけでもないのだが僧侶が家を出るときに


「勇者さん、私は材料の調達のため二日ほど家を離れますので留守を頼みますね。アスティさんと二人きりだからといって、変なことはしないでくださいよ。まあでも勇者さんも男の子ですからね、少しくらいなら見逃してあげてもいいですよ、ふふっ」


と意味深な言葉を残したせいで、不必要に意識をせざるを得なくなってしまった。僧侶の奴め余計なことをしやがって……。


 で、今は何をやっているかと言うとアスティは台所で昼食を作っており、俺は何もすることがなくベッドで窓の外をぼーっと眺めていた。廊下から聞こえる陽気な鼻歌に耳を傾けていると、鼻歌の代わりに今度はどたどたとした足音が近づいてくるのが聞こえてきた。


「モルさーん! 昼食できましたよ! 一緒にたべましょ!」


 両手一杯に食器を持ったアスティが笑顔で部屋に入ってくる。素直というかアホというか……。


「今日のメニューはじゃじゃーん! シチューです! シチューはいいんですよー、体にいいし、おいしいですし! さっ、食べましょ!」


 ベッドの横にある木造のテーブルにアスティと向かいになるように座る。最初はこういう料理とかには疎いと思っていたのだが、普段からちょくちょく作っていたらしい。ミルクとホワイトソースのいい匂いが鼻孔を刺激し食欲が湧いてきた。


「はい、モルさんあーん。ほら、ちゃんと口開けてください、ほらあーん」


 右手はまだ思うように動かないのでそれに気遣ってか口にシチューを入れようとしてくる。


「左手でも食えるわボケ。自分で食うからそれをやめろ」


「えー、楽しいのにー。こういうチャンスなんて滅多に来ませんよ? いいから私の好意に甘えて身を委ねてください!」


 俺が目を覚ましてからずっとこの調子だ、流石に気が滅入ってくる。俺が死にかけたのがよっぽど堪えたのだろうか、それとも脱獄が成功して気が緩んでいるのか。どちらにせよ面倒この上ないしいつまでもこのままって訳にもいかない。


「なあ、アスティ。お前いつまでそんな調子でいるつもりだ?」


「何のことですか? 私はいつもどおりですよ!」


「俺が目を覚ましてからおかしいぞお前。やたら過保護というか必要以上に世話を焼きすぎだ、子供じゃあるまいし」


「え? どうしたんですかモルさん急に改まっちゃって……私は元からこんな感じですよ! ほら口を開けてください、あーんですよあーん」


「やめてくれ、お願いだから。何がお前をそうしてるのか分からないが……なんというか見てて悲しいんだよ。触れたら砕けてしまいそうなくらい弱った心を見せようとせず、虚勢を張っているように見えて悲しんだよ……」


「そ……そんなこと……ないですよ……」


 皿を持つ彼女の手は微かに震えていた。


「……さ、さあ口を開けてください……! あーん、ほらあーん……あっ」


 彼女の手から皿が滑り落ちるのが見えた。考えて動いたわけではない、体が勝手に彼女を庇っていた。テーブルに叩きつけられ破片とシチューが辺りに散らばり、その一部が背中にかかる。 


「っ……!」


 彼女の顔は血の気が引き青ざめていた。体ががたがたと揺れその振動が自分の体にも伝わってくる。


「おい、大丈夫かアスティ? 怪我はなかったか?」


「…………」


 彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ち、それを境にわんわんと泣き出してしまった。


「おい、どこか怪我したのか!? 痛いのか!?」


「な……なんで!! なんでモルさんはいつも私を庇うんですか!!」


 彼女は涙で目を濡らしながらこちらを睨み叫ぶ。


「私を庇わなければあんな怪我することなかったのに……なんで!! なんで余計なことをするんですか!! 私が弱いからですか!? 私が女だからですか!? なんで……!」


「一旦落ち着いてくれアスティ、冷静になろう」


「冷静ですよ!! 私だって……私だって心配することもあるんですよ!! モルさんが私のせいで死にそうになって……どれだけ心配したか分かってるんですか!? 私がどれだけ不安だったか……分かってるんですか……」


「……ごめんなアスティ、心配かけた許してくれ」


「許しませんよ!! 今だって!! 体中傷だらけなのに……また私を庇って怪我して……! 馬鹿なんですか!? 馬鹿じゃないんですか!? 私のことなんて放っておいてくださいよ、自分を一番に考えてくださいよ!!」


「…………」


「私は……魔王なんですよ……敵なんですよあなたの……。なのに……なんで私を……なんで私を助けようとするんですか……。馬鹿なんじゃないんですか……」


「ああ……俺は馬鹿だよ……。でもな助けたいって思っちまったんだよ……。俺はお前を救いたい、泣いてるとこなんてみたくねえんだよ……。俺もよく分からねえけど……そう思ったんだからしょうがねえだろうがボケが!!」


「わけがわからないですよ……。モルさんの気持ちも……自分の気持もわけがわからないです……。なんでか分からないけど、モルさんが死にかけた時とても不安になりました。でも生きてるとわかった時はとても嬉しかったんです。誰かにこんな気持ちになったのなんて初めてで……」


 俺だって訳が分からねえよ。あの魔王相手にだぞ? 自覚はしてるよ、あーしてるさ。ただ認めたくないだけだ、魔王相手にこんな感情を抱いていいはずはねえんだ。


「モルさん……私どうすればいいんでしょう……? だって……人間相手なんですよ……。駄目に決まってるじゃないですか……。そんなことあってはならないんですよ……。でもこの気持ちは消えてくれないんです……」


「…………」


 くそっ、分かったよ分かった。俺の気持ちもお前の気持ちも。なるようになれだ。


「えっ……ちょっ……まっ…………んっ……」


「これが俺の気持ちだ」


「ちょ……ちょっと……! 何してるんですか……私初めてだったんですよ……」


「好きだ、アスティ。だから俺はお前を助けた。そしてこれからもお前を守るよ」


「え……そんな突然……えっと……わ、私もモルさんが大好きです……! 初めてでよく分からなかったんですが、好きだったみたいです……!」


 体は彼女を庇うように抱きしめたままだった。力を込め抱きしめるとそれに答えるようにアスティは体を預けてくる。


「きゃっ……え、ちょっと……モルさん……?」


 抱きしめた体勢のままベッドに彼女を運び、被さるように膝を着く。彼女は真っ赤な顔で横を向き目を瞑っている。


「アスティ、好きだ。愛してる」


「え……ちょっとまだ心の準備が……モ、モルさん待って……あっ……モルさ――


「おはようございます、目を覚ましたんですね勇者さん。あら、今日のお昼はシチューなんですね私も頂こうかしら」


「え」


「きゃああああああああああ」


 やばいやばいやばい、これはやばい。僧侶、ちょっとは考えて入れよ、空気ってものを読めねえのかお前は! 横を見るとアスティがシーツに包まり顔を隠していた。いや遅えよ、今更遅えよ……!


「予想以上に捗ってしまって荷物が一杯になったので家に戻ってきてみれば……勇者さん、お楽しみの最中だったんですね失礼しました」


 分かってて入ってきただろうがお前! もう少しの所だったんだぞ! クソっ、もう少し外に意識を向けておけばよかった……!


「い、いや俺達は何もしてないよ、してない。ちょっと背中が火傷しちまったんで見てもらってただけだ、やましいことは何もしていない」


「……そ、そうですよっ! モルさんの背中を診ていただけですよ! そもそも私がこんな下等生物とそんなことするはずないじゃないですか……!」


 ぐっ……! この場をなんとかするために必死に反論してるのは分かる、分かるんだが予想以上に心に来るなこれ……。


「あら、そうだったんですね。失礼なことを言ってしまいましたね、すみません。でも背中を診てるなら向きが逆ですよね?」


「…………」


「…………」


「いや……そうだ……腹も火傷したんだったな、なアスティ……だから診てもらってたんだよ、そうなんだよ……」


「なるほど、それならそうと早く言ってくださいよ勘違いしちゃったじゃないですか。てっきり二人で事を初めたのかと思ってしまいました」


「そ、そんなことあるはずないじゃないですか……」


「そ、そんなことあるはずがないだろ僧侶……」


「やたらと動揺しているのが怪しいですね。まあでも違う種族同士ですし私の勘違いですかね」


「そうだ、お前の勘違いだ早とちりめ。とんだ誤解だ、失礼にも程があるぞ」


「すみません早合点だったようですね失礼しました。で話は変わるんですけど魔族と人間が交尾したとして子供って生まれるんですか?」


 僧侶おおおおおおおおお! ちょっとは自重しろや! 何意気揚々と爆弾放り込んでんだてめえは! 楽しんでんのか? 楽しんでんだろお前!


「え、えっと……そのようなことは前例がないので……分からないですね……」


 真面目に答えるな魔王。馬鹿なのかお前は。


「僧侶、まず俺達が子供をつくる体で話をするのをやめろ」


「子供の名前はモルティですか? それともアスダーですか? まあ私はモルティの方が良いと思いますよ可愛くて」


 なんだここ地雷原か? 歩くたびに爆発するんだけど。


「名前ですか……確かにモルティの方が可愛いですね……」


「おい、アスティお前はどっちの味方なんだ……」


「まあいいんじゃないですか、私は別に否定はしませんよ。種族の差なんて微々たるものですからね。でも雰囲気に飲まれて体を許すなんて魔族の王の貞操って案外軽いんですね」


「う…………ち……ちがうんですよ…………ちがうんですよ…………」


 和やかになりかけたと思ったのに一瞬で戦場に戻しやがった。もう辺りが爆発しすぎてどこに着地していいのか分かりゃしねえ。


「違うんですよ……第一証拠がないじゃないですか!! 言いがかりですよ! ねえモルさん!」


 すごいなこいつ開き直りやがった。さすが魔族の王だ、一切認める気がないその姿勢は感服するものがあるな。


「確かに証拠はない、つまり俺達がうん、まあそういう……あれだ、あれをした事実はないって事だ!」


「確かにそうですねその通りですよ魔王さん。ですがこれを見てまだその言葉が吐けますかね!」


 勢いよくテーブルに手を叩きつける僧侶、気でも触れたかお前は。


「ん……? 写真……?」 


手がどけられた場所をみると、そこには体を重ね見つめ合う俺とアスティが映っていた。


「きゃああああああああああああああ」


 アスティが俺の隣で足をバタバタしてもがいている。


「な、何撮ってるんですか!! ちょっ、それ渡しなさい! このっ!」


 僧侶から強引に写真を奪いビリビリと破り捨てている。ナイスだアスティ、俺はもう抵抗する元気はないんだ頑張ってくれ。


「魔王さんは強引ですね。でも残念ながら元を断たない限り何枚でも複製できるんですよ」


 取り出したネガには一連の行為の一部始終が映っていた。お前何枚撮ってるんだよ、というかどうやって撮ったんだよお前……。


「モルさん……もう駄目です……。元を断たない限りこの記録は消えてくれません……。だから元を断ちます……、恨まないでくださいね……」


「ちょっ、アスティ詠唱をやめろ、一旦冷静になろう。こいつがいないと回復役が……」


「いいんです、これ以上恥を晒すくらいなら消し炭にしてしまったほうがましです……。僧侶さん……死んでください。えいっ!!」


 手のひらから俺の低級魔法とは比較にならない数の魔力の球が僧侶に炸裂していく。


「僧侶おおおおおおおおおおお」


 くそっ……口が悪くて性格が悪い奴で正直さっきまではぶん殴ろうと思っていたが……でも……良いやつだった……。それにあいつの回復がなきゃ魔王だって倒せなかったんだ……それが一瞬で……。


「あらあら、危ないですね普通の人なら死んでますよ。私で良かったですね攻撃する相手が」


 彼女は傷一つなかった。それもそのはず、魔王の攻撃すべてが空中で停止している。俺の攻撃を止めた時とまったく同じ状況だった。ん? 全く同じ?


「モルさんすみません、魔力が強すぎてもう押さえてられません、避難してくださ……あっ」


「えっ? ちょっ……まっ……ぐああああああああああ」


「モルさああああああああああああん」


 薄れ行く意識の中で微かに見えた僧侶の顔は確実に笑っていた。

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