第16話 天国?
「…………生きてる…………? いや……死んだのか……?」
ここは一体どこだ。現実なのか、それとも天国なのだろうか。視界が茶色い。渦巻きの模様が見える……。そうかこれは木か。木? なるほど、天井か。首だけ横に向けて見ると目に強い痛み感じ、俺は咄嗟に目を閉じた。薄めで確認してみると窓から太陽の光が漏れ出しているのが見えた。窓から入る風がカーテンをゆらゆらと揺れている。
どこからともなくするチチチという音に誘われ窓の外を見ると、小鳥が二匹楽しそうに飛んでいた。もしかしたらつがいかもしれないなと思いながら、ぼーっと眺めていると声段々遠くなっていき、やがて姿は見えなくなった。
しばらく外を眺めていたが、突然体に痛みが走り我に返った。そうだ、俺は死んだんじゃなかったのか? 首は……動く。左手も動く。右手は……右手も動く? 試しに右手を閉じたり開いたりすると、多少痛みがあるが思うように動かすことができた。体は……腹部は剣で刺されて胸部は魔法で貫通していたよな……。恐る恐る傷を受けたところを触ってみる。すると敵に受けた傷はなく、元から無かったのかと思えるほどに治っていた。
「致命傷だったはずなのに……そんなはず……いって…………」
肺が軋み、キリキリとした痛みが体中を襲い、俺は思わず体をかばう様にうずくまった。外傷は治っているが中までは完治してないらしい。いずれにせよここまで治っているなんて……いやそもそも誰が治したんだ?
しばらく考えては見たが思い当たる節もなかったので諦め、状況把握に務めることにした。俺は今……ベッドに寝ている。それは見れば分かる。それで……俺が今いる所は多分民家だろう。窓の外を見る限り森の中にある、人里離れた木造の家だ。そしてなぜか分からないが家主が俺を助けてくれた。
「うーん……意味が分からん……」
考えるのを諦め天井を眺める。天井の木目を見ていると段々と眠気に襲われてきた。しばらくうとうととして、あと少しで寝れそうなタイミングで急にドアが開いた。そうか、お前だったのか。
「よお、アスティ。元気にしてたか?」
「モルさああああああん、やっと目を覚ましたんですね! すっごい心配しだんですよ!!」
寝起きだって言うのに叫ぶんじゃねえよアスティ、頭がガンガンするだろうが。
「ほんと……もう……死んじゃったんじゃないかと思って……心配で……心配で…………」
「あれくらいじゃ死ねねえよ、勇者だぞ俺は」
「ほんとに……ほんとに生きててよかった……うぅ……ぐすっ……」
アスティは俺をよほど心配していたんだろう、顔をぐちゃぐちゃにして泣いている。魔王だってのに馬鹿じゃないのかお前は、俺はお前らの敵で、お前は俺の敵なんだぞ。なんでそんなに泣いてるんだよ……。
「ごめんなアスティ、心配かけたな」
「いいですよ……ぐすっ……モルさんが……生きててくれたから……また会えたから……もうそれだけで十分です……!」
「……俺も……アスティと生きて話せて……お前が生きててくれて嬉しいよ。ありがとうなアスティ」
「えへへ~、私に感謝するモルさんって珍しいですね、デレですか? もしかして」
「はっ倒すぞてめえ、なににやにやしてんだよ糞が」
「照れてるんですか? 照れてるんですね! 顔が赤くなってますよ!」
「くっ、てめえこそニヤつきが止まってねえぞ! よく言うぜお前、俺と会えて嬉しいから喜んでるんじゃねえか!」
「そうですよー、嬉しいです! でもモルさんは私に会えて嬉しくはないんですか?」
「うっ……いや……まあ……う……」
「う? なんですか? はっきり言ってください!」
「う……うん……俺もうれ――
『人の家でラブコメするのやめていただけませんかね? 盛るならよそでやってくださいよ』
緑のローブにブロンドの髪、それにその厭味ったらしい口調は……。
「僧侶!! てめえ、なんでここいんだよ! というかよくも俺を裏切ってくれたな!!」
「お久しぶりです勇者さん。お体の調子はいかがですか? あんまり無茶をすると――
「死ねや、おらあ!」
渾身の低級魔法が僧侶の眉間に命中し、爆発音が家全体に響き、地鳴りのような音を鳴らす。
「ざまあみろや!! これが俺を裏切った報いってや……え?」
爆風が窓から吹く風に運ばれていき、粉塵で視認できなかった僧侶が現れた。その体に傷はない、いや塵一つすらなく……俺の魔法は時を止められたかの様に宙をに静止していた。
「勇者さん駄目ですよ人の話しを聞かなくては。邪魔なのでこの魔法は返しますね」
「え、ちょっ……まっ……ぐはああああああ」
腹部が焼けるように熱い、痛い、熱い。そうだ、こいつに俺の魔法は聞かないんだった……。というか死ぬ……自分の魔法に殺される……。
「きゃああああああ! モルさん! 大丈夫ですか!? いやこれ大丈夫じゃないですよ!! 何やってるんですか僧侶さん!!」
アスティは俺をかばう様に腕で体を包みこんでいる。死にかけているがちょっと嬉しいと思った自分が情けない。
「魔王さん大丈夫ですよ、安心してください。今治しますからそんなに睨まないでくださいよ」
杖を床に二回叩くような動作をして、僧侶が短い呪文を唱えた瞬間に、俺の傷はもう治っていた。
「はい、これで治りましたよ。でも勇者さん、完全に治りきったわけではないので無茶は駄目ですよ。安静にしていてくださ――
「死ねやああああ! おらああああ!! ……ぐあああああああ!!」
再び眉間に向けて打った低級魔法が、今度はノータイムで自分に返ってきやがった……。くそっ……今のタイミングならいけると思ったんだが……。
「モルさああああああん!! ちょっと!! 僧侶さんいい加減にしてくださいよ!! モルさんが死んじゃうじゃないですか!」
そうだアスティ、あの悪魔に言ってやれ。元仲間の命をなんとも思わない外道なんだ、何したってかまわない。
「いや私のせいではないとは思うのですが。逆恨みをして私を攻撃してくる阿呆の勇者さんが悪いのですよ、魔王さんはもう少し客観的に物事を見てください」
「だ、だからと言って攻撃を跳ね返すことはないでしょ!! ただでさえ弱ってるのに……可哀想だと思わないんですか!!」
「可哀想? いや思わないですね。勇者さんが攻撃してこなければ私も別に危害を加えるつもりはないですよ。それに瀕死だった勇者さんを回復したのは私なんですよ? 感謝してほしいくらいです」
え? 僧侶が治してくれたのか? なんで……。
「僧侶、お前は俺を裏切ったわけじゃないのか?」
「裏切ったならわざわざこうして犯罪者を匿って、さらに治療するはずないでしょう。私は裏切ってませんよ決して」
「いや……お前あの時俺を犯罪者に仕立て上げたじゃねえか。魔王を殺して犯罪なんてあるはずないだろ」
「そうですよ! 魔王を殺して犯罪なんてあるはずないじゃないですか!! 言い逃れする気ですか!?」
アスティ、俺をかばってくれるのはすごい嬉しいんだ。だが魔王のお前が言うと場が混乱するだけだ、少し黙っててくれ。
「いやそれに関しては少し誤解……いや認識の間違いがあったんです」
「誤解?」
「はい、勇者さんは知ってるかと思いますが、私はこんな場所に生まれたので学校に入ってません。魔法などの術はすべて祖母から教わりました。法律を勉強し始めたのは魔法使いさんに会ってからです。そして私の知識はすべて魔法使いが持っていた本で学びました」
魔法使い……? いやそんなはずは……。
「勇者さんが魔王を倒した後に私も疑問に思いました、なのでこの辺りで一番近く、なおかつ様々な書物があるあの牢獄に行ったんです。ですが……」
僧侶はその先を言うのを躊躇っているのか、目を左右に動かし口どもっている。
「いいから言ってみろ。今更何を言われても驚かねえよ」
「はい。法律が記載してあるありとあらゆる本を見たのですが……それらすべてで魔王を殺した場合犯罪である、死刑に相当すると書いてありました」
「いや……だったら実際の法律はそうなんじゃないのか? にわかには信じがたいが……」
「私も最初はそう思ったのですが……一つだけおかしな点があったんです。私が確認した“すべての本の発刊日が四年以内”なんです。つまり四年以上前の法律の本は無かったんです、意図的に消されたかのように……」
「っ…………」
四年前……? 僧侶の話が正しいとしたら……四年前にあったこと……そうか。
「国から魔王討伐の指令が出たのが四年前だ」
「はい、私もそれが一番に思いつきました。根拠はないですが……もしかしたら勇者さんが誰かに嵌められたのかもしれないんです。いずれにせよ私は真相を知りたい……なので私は勇者さんを助けることにしました」
「なるほど……そういうことだったのか……」
「なので安心してください。犯罪が本当だと証明されるまで私は仲間ですよ」
「おい僧侶、お前は俺を助けたいのか、俺を陥れたいのかどっちなんだ」
「どちらも面白そうなので正直どっちに転ぼうが構いません」
「お前って奴は……仲間を選ぶときにお前以外にしとくんだったよ……」
「ふふっ、今更嘆いてもしょうがないですよ勇者さん。これからもお世話になりますね」
普段は無愛想で表情を崩さない僧侶が、楽しそうに微笑んでいるのを初めてみた気がする。普段からそんな顔してれば可愛いんだがなあ。あと性格がもっとまともなら。
「あのぉ……話しを戻してしまって申し訳ないんですが、結局その魔法使いさんって方は裏切ったということなんですか?」
そうだ、元はと言えば魔法使いが裏切ったかどうかの話だったな……。
「どうだろうな……魔法使いが持っていた本は恐らく大学の時のものだろう。大学にいたのが四年以上前だから故意に騙したとは断定できないな……」
「ですが旅をしている最中も定期的に書物は購入されていたようなので、知っていてもおかしくはないんですけどね……」
この件だけでは黒とは言い難い。だが……思い出してみれば牢獄の件はどう考えてもおかしい……。
「僧侶、今思い出したんだが、俺達が捕らえられていた牢獄があっただろ? その牢獄と俺達を拘束していた錠のコードが、魔法使いが使っているコードと一致してたんだ。だから俺たちは脱獄ができたんだが、この話ってやっぱおかしいよな?」
僧侶の顔に困惑の色が満ちていく。明らかに想定していなかったようだ。
「そう……なんですか……ありえないですね、たまたまかぶることなんて術の性質状ありえないんですよ。つまりは魔法使いさんが国と繋がっていて……スパイのようなことをしていたのかもしれません。あるいは……もっと別の……私達が考えているより深く、複雑な事情を抱えているのかもしれないですね」
今持っている情報だけでは仮説を立てることはできるが、真実には近づかないだろう。こうなったら選択肢は一つしかない。
「あいつが通っていた大学に行こう。何か手がかりが掴めるかもしれない」
「そうですね、私もその意見に賛成です。ただまだ勇者さんの傷が完全には癒えていないので出発は五日後にしましょう。それまでに旅の準備をしておいてくださいね」
「了解、今度こそ真相を突き止めてやる」
目的地は決まった。彼女の母校“聖セントリア魔法大学校”だ。
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