第15話 勇者の最後

 咄嗟に声のした方を振り向くと男が立っていた。全身が炎に包まれ焼かれており、顔の区別すらつかない。手には熱で刀身が赤くなった剣が握られており、先端に付いた血が熱で蒸発していた。


「……くたばり損ないがっ……!」


 左手でフランベルジュを取り、男の体に突き刺した。だが男は体に突き刺さっている剣を気にも止めない。もはや原型がない口角を歪ませ、にちゃあという音をと共に笑っている。


 こいつもはや痛みを感じないのか!? やばい、はやくこいつを倒さな――


 気づいた時は既に遅かった。覚悟もクソもない、眼前に迫る刀身。俺はそれを眺めていた。避けるとか防ぐとかそういう次元じゃない、もうどうすることも出来ず俺は眺めることしかできなかった。時間がゆっくりに感じられる。


 俺は死ぬのか? そうか、死ぬんだな。あーあ、碌でもねえ人生だった。共に歩んだ魔法使いと僧侶に裏切られ挙句の果にこうして惨めな最後を迎える。こんなことならもっと楽な選択をしておくんだった。


 でもまあこれも俺の運命なんだろう。そうだ、アスティは逃げられたのか? あいつはぬけてるからな、今頃道に迷って泣いてるかもしれない。でも案外しっかりしてからな、もしかしたら今頃森を出て逃げ切っているかもしれないな。まあ禄でもない人生だったかもしれないが、女の子一人助けられただけでも御の字だ。


じゃあなアスティ、これからの人生は辛いかもしれないが頑張って生きろよ。俺の分も。


「そんなことさせますかあああ!!」


 寸前まで迫った刃が男の体ごと視界から消えていった。その代わりに視界には透き通るような白い肌、漆黒の髪をなびかせ、ふんっと鼻を鳴らしている“アスティ”が立っていた。


「何やってんですか! 死ぬ寸前でしたよモルさん!!」


 吹き飛んだ方向を見ると男が木にぶつかり倒れていた。そうかこいつが助けてくれたのか。


「逃げろって言ったじゃねえか! なんで戻ってきてるんだよお前は!」


「逃げられる訳ないじゃないですかっ! モルさんを置いて逃げるなんてできませんよ! それで戻ってきてみれば死にかけてるし、何してるんですかもう!!」


 何にそんなに怒ってるんだ。アスティを置いて俺一人で敵に突っ込んだからからか? それで敵を倒せずやられそうだったからか?


「なんで怒ってるのかは分からんが、助けてくれてありがとうなアスティ」


「うっ……いいですよお互い様ですし。でも一つ約束してください、これからはこんな無茶しないでくださいよ。絶対ですからね! 約束ですよ!」


「ああ、約束するよ……ぐっ……」


 脇腹を見ると奴の剣で刺された箇所から血が滴り落ちていた。アスティもそれに気づいたようで引きつったように青ざめている。


「モルさん怪我してるじゃないですか!! 大丈夫ですか? 痛くないですか? 今治療しますからね、ちょっと待っててください!」


 彼女が救急箱をあさり処置できる物を探している。牢獄で盗んだ物をまだ持っていたらしい。


「こんなもんつばつけときゃ治る、てきとーでいい、てきとーで」


「人外じゃないんですから治るはずないでしょ! 馬鹿なんですかモルさんは!!」


 馬鹿にされてるのに思わす笑ってしまった。彼女もそれに気づきまた怒った。俺のために叱ってくれる奴は今までいなかったからな、多分俺は嬉しいんだろう。


「なっ……」


 思わずアスティの頭を撫でてしまった。顔を真赤に染め、目を泳がせ戸惑っている。


「いやついな。でも案外可愛いところもあるんだなお前」


「なっ……何してるんですか! というか何を……何を言ってるんですか!?

馬鹿なんですか!? 頭に銃弾でも受けたんじゃないんですか!?」


「はははっ、なんだその顔、真っ赤だぞ真っ赤。そんなに恥ずかしかったのか? ごめんごめん」


「ち、違います! 恥ずかしくなんかありません! もうなんなんですか、治療してあげませんよこの糞ヒューマンが!」


「ごめんごめん、つい可愛くてからかい過ぎちまった。もうやらないから許してくれ」


「もうこれだからモルさんは……まあいいですよ許してあげますよ。でも一回きりですよ許すのは。これに懲りたらも二度としないと誓ってください!」


「約束二個目じゃないか。さすがに二個は約束できないな。だがアスティがこちらの要望を聞いてくれるなら聞き入れんこともない」


「なんで上から目線なんですか……調子のらないでくださいよ。でもまあ聞くだけなら良いですよ言ってみてください」


「そうだな……アスティが俺に……」


 男を突き飛ばしたほうから小さな音がした。違和感を感じ目をやると男の指がこっちを向いていた。いや、正確に言えば“アスティの体を向いていた。


「アスティ! 危ねえ!」


 咄嗟に彼女を突き飛ばした。それと同時に強烈な衝撃が体に走る。


「……ははっ……俺一人では……死なん……一緒に…………死ね…………」


 視界の端に男が力尽き、倒れる姿が見えた。


「かはっ……!」


 口からドロっとした血の塊が漏れ出し、胸部からは血が吹き出ている。内蔵をやられたようだ。


「モ、モルさん……! 私をかばって……い、今治しますからね! 安静にしててください!」


 アスティは慣れない手つきでなんとか血を止めようと頑張っている。無駄だ、そんな小さな救急箱如きじゃこれは治んねえよ。


「なんで……? なんで血が止まらないの……!? モ、モルさん死んじゃ駄目ですからね……! 私が絶対治しますから死んじゃ駄目ですよ……!」


 そんな悲しそうな顔するんじゃねえよ。こっちまで泣きたくなるじゃねえか。


「無駄だ、内蔵をやられたんだ……時期に死ぬ……俺を置いて早く逃げろ……」


 大丈夫だアスティ、お前な一人でも逃げ切れるさ。だからさ、俺は置いて早く逃げてくれ。お前は生きてくれ。


「なんで……そんなこと言うんですか……一緒に逃げましょうよ! なんで……死ぬなんて言うんですか……」


「俺の体だ……俺が一番良くわかってる……」


「だ……だったら私が背負います……私が歩きます……たまには頼ってくださいよ……。いつも一人でかっこつけて……それで毎回ボロボロになって……」


「無理だ……その体で運べる訳ねえだろ……。それに……足手まといになっちまう……」


「大丈夫ですよ……!! 伊達に鎧着てたわけじゃないですからね、ほら行きますよ!」


「や……やめろ……!」


 無理やり背中に乗せやがって……女一人で男を背負って逃げられるはずないだろ……。お前は馬鹿なのか……。


「じゃ行きますよっ! しっかり掴まっててくださいね!」


「……くそっ……意地っ張りが……」


 重い代償を払い、追手との戦いは一旦幕を落とした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……ルさん! モルさん! 生きてますか! ねえっ、モルさんってば!」


「……ああ……生きてるよ……うるせえな聞こえてる……よ」


「生きてるなら返事してくださいよっ……心配するじゃないですか!」


「……ちょっと考え事しててな…………」


「そうだ、楽しい話をしましょう! 楽しい話をしてる間に医者の家につきますよ!」


「なあ……アスティ……」


「なんですか? 楽しい話でも思いつきましたか!?」


「やっぱ……お前の頭は撫でやすいな…………安心するよ……」


「なっ、何するんですか!? さっきしないって約束したでしょう!」


「ああ……そうだったな……次からは気をつけるよ…………」


「そうですよ、気をつけてくださいね! 乙女の心は純情なんですから!」


「なあ…………アスティ…………」


「なんですか? 楽しい話じゃなくてもいいですよ! 何か思いつきましたか?」


「さっき言いかけたことが……あるんだ…………聞いてくれないか…………?」


「なんですか? セクハラはやめてくださいね!」


「俺にさ……キスをしてくれか…………」


「な……何を……! だ、駄目に決まってるじゃないですか! セクハラですよ……!!」


「…………ははっ…………駄目か…………いけると思ったんだがな…………」


「駄目ですよ! こういうのはムードが大事なんです! だから今は駄目ですよ!!」


「なあ………………アスティ………………」


「なんですか? 楽しい話なら大歓迎ですよ! 一緒に楽しい話をしましょう!」


「…………今まで………………ありがとうな………………楽しかったよ………………」


「な……何を言うんですか…………そんなことより楽しい話をしましょう! 私が一番好きな面白い――


「…………………………」


「わ……私が一番好きな面白い話は…………ま、前に…………うっ…………うぇ………うぇーん…………」


そこで俺の意識は途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る