第14話 追手

「はあ……はあ……。……アスティ、大丈夫か?」


「だ……大丈夫ですよ……、まだいけます……!」


 アスティは俺に手を引かれるような形でなんとか走っていた。体力もそうだが魔力が底を尽きかけている。形態変化で巨大化しようにも魔力が足りない、追いつかれないようにただ走るしか俺らには選択肢はなかった。


 牢獄を後にして既に二時間は経っている。途中追手に襲われることもあったが、ウルヴから奪った剣でなんとか凌いできた。だがさすがに俺も体力が尽きそうだ。


「アスティ、一旦休もう。だいぶ追手も撒けたはずだ……」


「だ、大丈夫だって言ってるじゃないですか……で、でもモルさんが疲れたって言うならしょうがないですね……休みましょう……」


 強がりを……。一番疲れてるのはお前だろうが、今にも死にそうな顔しやがって。


「幸いにもここは森の中だ、気配さえ消せばそうそう見つかることもないだろう」


「それも……そうですね……」


 言うやいなや彼女は地面にへたり込んだ。さすがの俺も体力の限界だ、同じように彼女の隣に腰を落とした。


「それにしても……いつになったら撒けるんでしょうか……。それにここってどこなんでしょう……」


「さあな、どっちも分からん」


「どっちもって……ここ人間界ですよね……」


「人間界は広いからな、しょうがない」


 ただでさえ広い上にそもそもこんな場所があるなんて俺は知らなかった。普通なら街の簡易な牢獄に入れられて終わりなんだ、こんな要塞みたいな場所に縁もゆかりもなければ、土地勘なんてあるはずもない。


「どうしましょうこれから……このまま逃げ続けるしかないんでしょうか?」


「逃げ続けるしかないだろうよ」


「この辺にいるはずだ! 探せ、なんとしてでも探し出せ! 容赦はするな、奴らは殺人犯だ!」


 甲高い憲兵の声と草をかき分ける音がする。撒いたと思ったのに追いつかれたか……。


「モルさん……このままだと見つかっちゃいますよ……」


 そんなことは言われないでも分かってる。だが俺らに戦う体力はない、ましてやまともに逃げる体力すら残ってねえ。


「アスティ、提案がある」


「なんですか……? 手短にお願いしますよ……」


「俺が囮になる、そのうちにお前は逃げろ。幸いにもお前は憲兵の服を着ているんだ、うまく行けば逃げられるはずだ」


「で、でも! それじゃモルさんが捕まっちゃうじゃないですか!」


 そんなに心配そうな顔をするんじゃねえよ。


「安心しろ、俺にはあいつから奪った上等な剣がある。簡単に死にゃしねえよ」


 左手で腰に携えていたフランベルジュを抜き軽く振ってみせる。右手はもう動きはしないが、左手さえ残っていれば戦うことはできる。何もせず絶望の中で死ぬよりは希望を追って死ぬほうがましだ。


「駄目ですよ! 絶対駄目です! 片手で戦えるわけないじゃないですか! ほら、一緒に逃げますよ! 一人で死ににいくなんて馬鹿じゃないですか!」


 馬鹿か……ああそうだな、俺は馬鹿だ。信じた仲間に裏切られ英雄になれなかったただの馬鹿だ。敵側の王と脱走してるなんて百人が百人俺を馬鹿だと罵るだろう。だが女一人も救えない男なんて馬鹿ですらない、屑だ。


「じゃあなアスティ。生き延びろよ」


「ちょ、ちょっと!」


 俺は彼女が呼び止めるのを無視して、一人敵陣へ走り出した。


「いたぞ! 追え!」


 よし……こっちに注意がそれたな。無事に逃げろよアスティ。


「俺は逃げも隠れもしねえよ! かかってこい雑魚ども!」


 注意を引くように周りにいる憲兵共に向かい大声で叫ぶと、声に釣られてぞろぞろと姿を現した。十数人ってところか……。


「まさかこの人数に勝てると思ってるのか? そのふらふらの体で」


 憲兵の一人が嘲笑を込めて言う。


「ああ、勝てると思ってる。だからこうして止まってやったんだろ? 馬鹿だなお前」


「……死にたいらしいな。お前ら容赦はするなよ。ウルヴ隊長を殺したほどの奴だ、死に体だが何をするか分からん。気を引き締めてかかれ!!」


 耳をつんざくような発射音と共に、無数の弾丸が降り注ぐ。それよりも一瞬早く木の影に体を潜り込ませ回避する。つい一瞬前まで立っていた場所が焼け焦げ、焦土と化していた。休む暇もなく第二波の魔弾が周囲の木を巻き込み大爆発を起こした。低い体勢で居場所を悟られないように走りなんとか第二波もしのぎ切る。


「勇ましく出てきたかと思えば今度はお得意のかくれんぼか? 少しは男らしい戦いができんのかね?」


 ほざきやがって、男らしく出ていったら今頃灰になってるわ。少しでいいんだ、ほんの少し奴に隙ができれば……。


「出てこないのならばそれでいい。そのまま死にたまえ」


 男の周りを囲むように憲兵が移動し、男は目をつむり小声で何かを唱えている。周りの憲兵もそれに合わせるように唱えだすと、彼らの足元に六芒星の詠唱紋が浮かびあがった。


 一度だけこの紋様を見たことがある。魔法使いが一度だけ使った魔法。一度だけ使って以後使うことを禁じていた第一級炎系魔法。炎を纏った矢が四方数キロに渡り降り注ぎ、視界にあるものすべてを焼き払う。逃げ場はない。


 敵陣の中は詠唱の範囲外だ、そうすれば回避することはできる。だがそれはできない、男の思うように炙り出され殺されるだけだ。かと言って隠れていては焼き尽くされる。俺に今できること、この状況を打破できる策は一つ。詠唱が完了する前に男を倒すことだ。


 やけに落ち着いていた。こんな状況なのに意識は冴え、体の感覚は澄み渡っている。やるべきことが決まっているからだろうか。


 フランベルジュを鞘にしまい、男が視認でき、かつこちらが気づかれないギリギリの所に身を潜めた。そして人差し指を男に向け、照準を合わせる。当たらなければ終わり、当たれば勝ち。実にシンプルだ。命のやり取りなんてこれくらい簡潔な方が楽しめる。機を待つんだ、奴に隙ができる一瞬を。


「そうか出てこないか。いずれにせよこれでお終いだ。消え失せろ!」


 六芒星が朱色に染まり、男の頭上に直径一メートル程の炎の塊が形作られていく。煌々と輝く炎の塊は、まるで小さな太陽のようで、発せられた熱が景色を歪ませている。まだだ、堪えろ。


 炎の球が赤から青色に変わり、瞬く間に一点へ収縮していく。キーンという甲高い音が草木を震わせ、それに共鳴したかのように魔法陣が森全体に広がっていく。


「炎の神イフリートよ、我に傅き従い給え。汝は我が刃。我は八星の一柱を従えるもの也。業火に灼かれ灰燼と――


「喰らえ!!」


 白い閃光が指から放たれ、青い炎を貫いた。


「なっ……に……!」


 木の葉のざわめきが止み、辺りに静寂が訪れる。奴らは何が起こったのか分からずただその場に立ちすくんでいた。咄嗟に防御陣をかけられるほど、奴らは死線を超えちゃいない。


「クソっ!! あの野郎、あんなしょぼい術で俺の魔法を相殺しやがった……! 出てこいクズ野郎が!」


 相殺? 馬鹿言うんじゃねえよ。俺の低級魔法如きで、八星の大魔法を相殺できるはずねえだろ。


 低級魔法に貫かれ、散り散りになった炎の欠片が地面に触れたその瞬間、大爆発を起こし奴らを地面ごと吹き飛ばした。


「ぐっ……くそっこんなことがあってたまるか!! 生きてるやつは俺に集まり、防御陣を作れ! 魔力がなくなったって良い、ありったけの魔力を込めろ!」


 指揮官らしき男は運がいいことに生き残っていたらしい。彼の指示のもとに防御陣を何重にも作り、爆発をなんとか凌いでいる。


「……っ……よし、防御陣を崩すな! このままやり過ごすんだ! この人数であれば防ぎきれる! 何としてでも防ぐんだ!」


 散り散りになったおかげか威力が減っていることに加え防御陣を重ねていることもあり奴らに攻撃は通らない。四方で次々と爆発を起こしてはいるが所詮は単発だ、防ぐことは容易だ。単発なら通らないなんてことは俺も分かっていた。だが単発ではなく、それが“複数”だったらどうなると思う?


 一瞬だった。欠片の一つが地面に接触し爆発したのを発端に、その爆発が宙を舞っていた欠片に辺り誘爆していく。一度始まればもう止まることはない、誘爆が誘爆を呼び大爆発を引き起こした。


 地面は溶け、木々は粉微塵に吹き飛んでいく。暴風と熱線が渦巻き、吹き飛んだ木の破片が炎に包まれすべてを燃やしていった。距離をだいぶ置いたはずの俺でさえ爆発に巻き込まれ吹き飛ばされそうになったが、木の影に隠れ地面に突き立てたフランベルジュに掴まりなんとか凌ぐことができた。俺でさえこのざまなのだ、爆発の中心にいたあいつらは確認するまでもない。


「今回もなんとか生き延びたな……」


 安堵のため息が漏れる。地面に深く突き刺さっていたフランベルジュを力任せに引き抜くと勢い余って後ろに倒れてしまった。改めて立とうとしたが膝が笑っている、しばらく立てそうにもない。


 さすがの俺も今回ばかりはやばかった。もう戦う体力も毛ほども残っちゃいねえ。だがこんだけでかい爆発があればあの牢獄からでも見えるだろう。追手がここに向かってくるのも時間の問題だな……さっさとここから立ち去ろう。


「よっこらっしょ……ととっ……ははっ、まだ膝が笑ってやがる。まあまだしばらくは追手は来ないだろう。少し休憩してからい…………ぐはっ……!!」


 腹部が燃えるように熱い……! 一体……何が――


「お前も……道連れにしてやる……」

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