第13話 王族親衛隊隊長 デルハンジ=ウルヴ③
「ははっ、お前は裏切るかと思っていたがよく魔王を倒した、礼を言うよ」
岩陰に隠れていた男が拍手をしながら出てくる。
「ああ。考えても見れば他人の命より自分の命のほうが大事だ、お前もそうだろ?」
「面白いやつだなお前は。それよりも魔王は殺していないだろうな? すごい出血だったぞ」
体を確認しようと男は近づいてくる。
「殺してねえよ。殺すわけねえ。傷一つ付いてねえよ」
「それはどういう――
男が振り返るのと同時に、心臓めがけ今出せる力のすべてを使い小剣を突き刺した。鮮血が周囲に降り注ぐ。
「ぐっ……お前……自らの腕を切って……」
「血でも出さないと信じてくれないと思ったんでね」
男からは見えないようにしていた左腕からは血が滴り落ちていた。
「……なるほど……じゃあ魔王はどうしたんだ?」
「殴って気絶させただけだ」
今はか弱い少女程度だからな。
「ははっ……やりおる……」
口から血を吐き出しながらも最後まで笑いやがって。尊敬するよまったく。
「で、お前の心臓って再生するのか? さすがに心臓まで再生されたらお手上げなんだがな」
「ははっ……残念ながらできねえよ。所詮失敗作だからな。心臓がなくなれば死ぬさ……」
「そうか、なら安心だな」
刺した部分を改めて見ると確かに再生していなかった。もし心臓まで再生したら勝ってたのはお前だったな。心臓を再生する技術がなかった研究員でも恨んでくれ。
「心臓がなくなれば死ぬさ……俺は人外じゃないんでね……。……だがな……まだ死ぬわけにはいかねえんだよ!! 魔王だけは連れて行かせるわけにはいかねえんだ!」
男は立ち上がり、腰に刺さっていた剣を二刀抜き、再び臨戦態勢に入った。男が動くたびに口からは血の塊が飛び出し、小剣を突き刺した心臓はもはや完全に機能を停止していた。だがそれでも彼の目の光は消えず、俺を見据えている。俺を殺すためだけに男の体が動いている。
「っ……!」
クソっ、甘く見ていた。心臓を潰されて動ける奴がいるはずねえと思ってた。こうなったらしょうがねえ、やるしかねえんだ。俺が負ければ魔王は敵に掴まってしまう。覚悟しろ。死なない覚悟を。相手を殺す覚悟を。
「安心しろよ、あと数分で俺は死ぬさ。人生最後の戦いなんだ、楽しくやろうぜ勇者様」
「ああそうだな、楽しくやろうぜ。俺が見届けてやるよお前の死に様をな」
「ははっ、本当にお前を好きになりそうだ」
「お前は死にかけで数分の命。そして装備はフランベルジュとソードブレイカーの二刀」
「お前の左腕はもう動かない。そして武器は
「ギリギリだなお互い」
「ははっ、命をかけて戦うんだ、ギリギリくらいが面白い」
「それもそうだな」
楽しい……楽しいか……。楽な戦いばかりですっかり忘れていた。余計な邪魔は入らない。楽しもうか、この一瞬を。この戦いを。
先手には回れない、数的に不利な俺は剣が防がれたら終わりだ。だからといって後手に回っても同じことだ、防ぎ切る手段がない。分かってる、どうせできることなんて一つしかない。失敗したら殺されるだけだ。
決着は一瞬だった。
男の体が消えたと同時に、フランベルジュが左半身に向け振り抜かれる。それを皮一枚の所で躱し、動きが止まった胴体にグラディウスを振りぬく。だが奴の左手のソードブレイカーで防がれる。
男がにやりと笑った。フランベルジュを再び構え一閃、波状の刀身が眼前に迫る。俺は右手の小剣を離し、空いた右手を犠牲に軌道を変えた。肉ごと腱を絶たれた俺の右腕が力無く崩れ落ちていく。
男は再びにやりと笑った。静寂。永遠とも思える一瞬の静寂。男はソードブレイカーを投げ捨て、フランベルジュを両手に構えた。男の顔にはすでに笑みはない。戦友を見送るかのごとく愁然としている。確実にくる次の一手。右手を動かそうとするが、動かない。
「あばよ」
別れの言葉、男の声にもう迷いはなかった。これで最後か。楽しかったよ。本音を言えばもう少し戦いたかったんだがな、そうもいかないらしい。
「ああ、またな」
俺も別れの挨拶をする。満足そうにうなずき男はフランベルジュに力を込め――
俺は“左手”で小剣を拾い男の首を両断した。
「……てめえ……左手使えないんじゃなかったのかよ……」
「薬箱に血清があってな、それで見せかけただけだ」
「ははっ……そういうことか……。また騙されたな……」
死ぬ間際まで笑うかこいつは。生首になってるってのによ。尊敬に値するよデルハンジ=ウルヴ。今まで戦った人間の中では一番強かったよ。
「次は……次は絶対に勝つぞ…………まってろよ………必ずだからな…………」
その言葉を最後に彼はもう二度と動かなくなった。
「フランベルジュは俺が預かってやるよ。じゃあな戦友」
体から二刀抜き取りフランベルジュを腰にさし、ソードブレイカーは彼の亡骸の横に突き立てた。
「小せえ墓標だが、これで十分だろ」
お前の死に様は俺が伝えてやる。今はゆっくり眠れ。
「さてと……魔王はどうしてっかな」
魔王を呼びに近寄っていると、ちょうど目を覚ました所だった。
「げほっ……ごほっ……モ、モルさん!! 急に何してるんですか!! いきなり腹を殴るって乙女にやる行為じゃないですよね!? 頭おかしいんですか!?」
「ああ、ちょっと色々あってな。でもすっきりしただろ一眠りして」
「すっきりするわけないじゃないですかっ!! 死ぬかと思いましたよ! 三途の川見えましたからねちらっと!」
「敵に追いつかれる、さっさと行くぞ」
「なんなんですかもうっ! もう手当してあげませんからねっ!」
「そんだけ叫ぶ元気があれば大丈夫だ、ほら立てよ」
アスティに左手を伸ばす。彼女は迷うように左右を見た後、叩きつけるように手を取った。
「ってえな……」
「モルさんのせいですよっ! もう……」
握った手に力を入れると、それに答えるように彼女もまた力を入れ立ち上がった。
こうして俺達は手を取り合いながら、牢獄をあとにした。
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