第9話 形態変化

「ようやく牢獄から出ることができたか。……さて、どうしたものか……」


 魔法陣で防いでいたとはいえ、瓦礫に埋もれていることには変わりない。推測の域は出ないが、数分は追いかけて来れないだろう。だがここで立ち止まっていたら別の憲兵に見つかる可能性が高い。ここまで大きな音がすれば尚更だ。いずれにせよここでじっとしている訳には行かない。


 俺は出口を探すため目を凝らし辺りを確認した。周囲には俺がいた牢獄と似たような作りの建物が無数にあり、それらが入り組んで迷路のようになっていた。見つからないようにするという点では願ってもいないことだったが、逃げるという点においてはマイナスだ、迷ってしまってはどうにもならない。


 遠くを見ると、人工物とは思えないほど高い壁が取り囲むように連なっていた。その壁は上に行くに従い角度が付いており、ネズミ返しのような構造となっている。壁を登り脱出するのは不可能なようだ。そもそも壁を登る方法すら思いつかないので、考えてもしょうがないのだが……。


 壁から脱獄するのを諦め、この監獄の中心に目をやると時計塔のような立派な建物がそびえ立っていた。おそらくこの監獄にとって一番重要な建物だろう、もしかしたら取られた装備も置いてあるかもしれない。だが取りに行くにはリスクが高すぎる、捕まえてくれと言っているようなものだ。


 一人で頭を悩ませていると、下着姿で抱えられている魔王が心配そうにをこちらを見ていた。


「追手が来ちゃいますよ? 早く逃げましょうよ!」

 

「そうしたいのはやまやまなんだが……周りを見てみろよ、まるで迷路だ。それに抜けだせたとしてもバカ高い壁がある、闇雲に逃げても掴まるだけだ」


「あんなもんぶち壊せばいいじゃないですか! 罠はずしで余裕ですよね?」


 気軽に言ってくれるな。罠はずしが万能な術でも思っているのだろうかこの魔王様は。


「無理だ、コードが合うかどうかも分からん。それにもし使えたとしても、使った後にあの壁が崩れてくるんだ、生き埋めになるのが関の山だろうな」

 

 そもそも武器もなしに逃走するなんてことが本来無謀なのだ。上等な剣でもあれば俺が壁でも繰り抜いて軽く脱出できるが、武器なしの俺が使えるものと言えば、低級魔法一つと罠はずしだけ。そんなもんで戦うなんてそもそもできやしない、さっきは足止めがうまくいっただけだ。


「まともな剣さえあれば、こんな壁綺麗にぶっ壊してやれるってにのよ……」


 無い物ねだりをしてもしょうがないことは分かっていたがつい口に出してしまった。


「剣ですか? さっきの憲兵が持っていた物を奪ったらどうですか?」


「だめだ、あれは精度が低すぎる。相手が人ならいいだろうが、壁を切るとなるとさらに高精度の剣が必要になるんだ。まあそれでもあるに越したことはないが……取りに戻ったら返り討ちにされるだろうな」


 武器がない今の俺では壁を破壊するのは無理そうだ。こうなったら魔王様の力を見せてもらうしかない。


「アスティ、お前何か使えないのか? 魔法とかそういうの」


「いえ、この辺りもだいぶ反魔族刻印の効果があるようで、魔法はすべて使えないみたいです……。それにさきほど鎧を脱ぎ捨ててきたのですべての能力がだだ下がっています。……ただ形態変化だけは使えるようですね」


 彼女はそう言うと右手を棍棒に変えてみせた。


「変えられはするのですが……私の今の力ではさすがにこれで戦えはしないですけどね……」


「なるほど……流石に魔王と言っても今やただの少女並だもんなあ……。今俺たちができることと言えば罠はずしと低級魔法と……形態変化のみか……。……ん? 形態変化……?」


 巧妙とは言えるかは分からないが、今の状況を打開する一つのアイデアが浮かぶ。


「なあ……アスティ」


「なんでしょう?」


「お前……“俺の剣”にならないか?」


「は?」


 突然の提案に、アスティの顔には驚愕の色が浮かんでいる。さすがに急に俺の剣にならないかと言われたら混乱もするだろう。俺の配慮が悪かったようだ、言い直そう。


「アスティ、形態変化で剣になってくれ。それを俺が使う」


「は?」


 なるほど、アスティが言いたいことはそういうことじゃないんだな、俺が阿呆だった。アスティは立派な剣になれるか心配なのだろう。しょうがない、誰しも初めてのことをするのは不安がつきまとうものだ。


「安心しろ。お前なら立派な剣になれる。確かに不安にもなるだろう。大丈夫だ! 俺は絶対にお前を使いこなしてみせる!」


 左頬をビンタされた。クソっ、何が不満なんだこいつは。


「急にどうした!? 何か他の不安でもあるのか!? 俺が聞いてやるぞ!」


「剣になるなんて絶対に嫌です」


 完全に拒絶された。


「何が不満なんだ!」


 何も不満なとこなんてあるわけがない! これで脱出できるんだぞ!


「なんで魔族のトップが武器にならないと行けないんですか! 屈辱ってレベル超えてますよ! どんだけ辱めれば済むんですかこのド畜生が!」


 途端に口が悪くなる魔王。とても組織のトップとは思えない……。


「もう下着姿も見られてるし、こうして抱えてる時点でだいぶいろんな所触ってるんだぞ! 何を今更恥ずかしがることがあるんだ!」


「くっ、このド変態があああああ!」


 眉間に思いっきりグーが入った。だが俺の防御力を甘く見るなよ、ノーダメージだ。


「そんな力で俺にダメージが入ると思うなよ! 勇者なめんじゃねえぞ!」


「もうやだああああ!」


 彼女が俺の顔に向けて無数のパンチを繰り出してくる。だが効かない、傷一つつかない。さすがは俺である。


「全く効かん! あとアスティ! そんなに動くと下着の中身が見えるぞ!」


「うわあああああああああああ」


 俺の腕を振りほどき地面に落ちた彼女は、体を守るようにしてうずくまっている。何が悪かったのだろうか、まるで畜生を見るかのような目つきでこちらを見てくる。

 

「大丈夫だ、安心しろ。以外にいい匂いしてるなとか、華奢な体ではあるが太ももの質感がとても素晴らしいとは考えなかったからな」


「きゃあああああああああああ! 最初からそれ目当てだったんじゃないですか!? 勇者じゃなくてただの変態じゃないですか!」


「最初からそれ目当てなわけねえだろ! ひと目見た時からだよ考えてたのは!」


「それ最初じゃないですかああああああ」


 半裸のアスティが絶叫する。その姿にいっそう興奮してきた。俺はもう勇者失格かもしれない。

 

「正直、鎧を脱がす口実ができた時は、魔王を倒した時よりも嬉しかった」


「いやああああああ! なんですかその計画性は!」


「恥じらう姿ってのはいいものだったよ……。とてもテンションが上がる!」


「もう死んでくださいよ!!」


「全部脱がすまで俺は死なん!」


「そんな夢ゴミ箱にでも捨ててくださいよ……」


 そうこうしていると瓦礫の下にいた憲兵が抜け出してきた。無駄に時間を使いすぎたらしい。


「アスティ! 剣になれ! こんな奴らさっさと倒しちまおうぜ!」


「だから嫌ですって! 何回言えば分かるんですか!」


「そんなこと言ってる場合か!」


 そうこうしていると、先ほど生き埋めにした指揮官らしき男が、憲兵と共に走ってこちらに向かって来ていた。


「殺せ! 周りの建物が壊れてもいい! すべての武装を持って消し炭にしろ!!」


 指揮官の怒号と共に憲兵共が魔法陣を展開する。俺の魔法なんて比べるにも値しないような、高度な攻撃魔法だ。なるほど……ガチギレしてる。


「やばいんだアスティ、剣になってくれ頼む!」


「嫌ですよ嫁に行けなくなります!」


「そんときは俺がもらってやる! だから剣になってくれえええええ」


「もおおおおおお! いいですよ! なりますよ! なればいいんでしょ、このド畜生がああああああああ」


 アスティが手を合わせると閃光と共に周囲に爆音が轟き、爆煙が舞った。しばらくして目を開けると、そこにあったのは鞘がなく、身の丈ほどの黒い大剣だった。

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