第10話 神の右手
「ツヴァイヘンダーか……」
剣を手に持ってみる。ずしりと重い。並の人間なら持ち上げることすらできないだろう。身の丈ほどもある大剣、魔剣とでも呼ぶべきこの剣は、元が魔王だとは思えないほど美しい刀身をしていた。いやむしろ魔王だからか、これほどの剣に今まであったことがない。
「放てえ!!」
合図を皮切りに一斉に攻撃が飛んで来る。
だが一切負ける気がしなかった。
剣を腰にあてがい居合い抜きの様に構える。俺の得意な剣術というわけではない。ただこうしたほうがいいと思った。それは本能からか、それとも剣が教えてくれたのかは分からない。
目を瞑り、剣の声を聞くことだけに集中する。相手のことなんて意識に入っていなかった。そして体の赴くままに剣を振るった――
『ドゴオオオオオオオオオオン』
魔剣から黒い斬撃が放たれ、見えるものすべてを一掃していった。崩れる牢獄、吹き飛ぶ地面、そして死屍累々と横たわる憲兵達。
うん……これはやばい。やりすぎた。
「てめえええええええええ! 何してくれてんじゃああ! 憲兵たちが死にかけてんだろうが! 俺を大量殺人者にでもしてえのか!!」
右手に持っている魔剣(魔王)に向かって俺はキレていた。
「何してんですか!? どんだけ本気で殺そうとしてるんですか!! 斬撃ってレベルじゃないもんでてましたよ今!」
魔王も叫ぶ。キレてくる。
「知るかボケ! 出そうと思って出したんじゃねえよ! あんな人外な技持ちあわせてねえよ俺は!」
「私のせいだって言うんですか!? 私だってあんな技持ってませんよ!!」
「てめえの能力だろうがそもそも!」
「剣になれって言ったのあなたじゃないですか! 剣になったの初めてなんですよ私!」
「初めてって言う割にはちゃんと形態変化できてたじゃねえか! 何ノリノリでツヴァイヘンダーなんかになってんだよ、もっとポップな剣あるだろうがよお!」
「ポップな剣!? 何ですかポップな剣って!? ナイフにでもなればよかったんですか!」
「ナイフなら録に斬撃なんて飛ばせねえだろ! もうナイフになれナイフに!」
「それが人に物を頼む態度ですか!? モルさんが敵にやられそうだから私は仕方なく剣になったんですよ!?」
「俺のおかげで敵を倒せたんじゃねえか、ちょっとは感謝しろよ! いいからさっさとなれや!」
「そんな態度ならいいですよ、もう私剣になりませんよ!? 人型に戻りますからね!」
「おう、そんな態度ならこちらから願い下げだよ。さっさと戻っちまえ」
俺は魔剣(魔王)を地面に突き刺した。
「手荒いですねもう! じゃ戻りますよ!」
散々文句を言い、魔王(魔剣)は形態変化を解き人型に変わった。
だが先程とは異なり変身後の魔王は“一糸まとわぬ姿”だった。
「きゃあああああああああああああああああ」
魔王は悲鳴のような声を上げ、手で体を隠し座りへたり込んでいる。
「え? な、なんで!?」
混乱しているようだ。それもそのはず、まさか裸になるとは思わなかったのだろう。
「かかったな……!」
魔王の裸を確認し拳を振り上げる。完全に俺の勝利だ、すべては俺を中心に回っている。
「嵌めたんですか!? この私を!」
最大級の蔑みを込め俺を睨む魔王。
「嵌めたんじゃない……、嵌ったんだ……!」
過去最高の偉業を達成し、一人酔いしれる俺。
「この……糞ヒューマンが! ぶっ殺してやる…!」
もはや女性の口調ではなくなっていた。
「おっと、そんな口の聞き方をしていいのかな?」
俺は懐にしまっておいた切り札を取り出した。
そう、彼女の下着だ。
「きゃあああああああああああああああああああ」
まるで土から抜かれたマンドラゴラのような悲鳴を上げる魔王。その叫び声は俺はさらに興奮させる。
「なんで持っているんですか!? いつのまに盗ったんですか!?」
「最初から仕組まれていたんだよアスティ、お前は俺の手のひらで踊っていたに過ぎない。君が剣になり下着が宙を待った瞬間、俺は誰にも気づかないような速度で回収しただけさ」
例え剣がなくとも。
例え敵に囲まていようとも。
俺にはこの右手がある。
人は呼ぶ。
《
「さあアスティ、選ぶがいい。裸のまま過ごすのとナイフになるのとどっちがいいんだ」
神を召喚した俺にもう敵はいない。従え、魔王。
「このっ……鬼畜めが……! 今に覚えてなさい……。いつかあなたを殺してやる……」
そう言うと彼女は再び形態変化を使いナイフになった。地面からナイフを拾い上げ外に向かい進撃する。俺の覇道を阻むものはもういない。
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