第8話 VS憲兵

「抵抗せずに手を後ろに回せ。大人しくしていれば楽に殺して上げますよ」


 憲兵の集団の一番前にいる小柄な指揮官らしき男は、そう言うと腰から銃を取り出しこちらに向けて構えた。


「何してるんですかモルさん! 人が来ちゃったじゃないですか!」


 アスティがこちらを責めるような口調で叫ぶ。俺のせいか? いやお前が鎧を脱ぐのを躊躇ってたからこうなってるんじゃないのか……。


「だからさっさと脱げば良かったんだよ!」


「私のせいですか!?」


「お前のせいだろ!」


 言い争っていると突然『パンッ』という甲高い音がし、瞬間、体に鋭い痛みが走った。こめかみに銃弾がかすめたようだ、ドロっとした血が頬を伝う。


「大人しくしてろって言ったじゃないですか」


「くっ……」


 アスティをかばうように立ち、俺は男の動きを警戒するように睨んだ。


「どうしたんですか武器もなしに。どうせ殺されるんですから、無駄な抵抗はやめたほうがいいですよ」


 確かに武器を取られた俺の攻撃なんて無駄かもしれない。だが素直にやられるほど馬鹿じゃねえんだ。


 手のひらを前に突き出し、呪文を詠唱する。


「喰らえ!」


 ありったけの魔力を込めた低級魔法が指揮官に炸裂し、爆発音が牢獄に響き渡り地響きを立てた。これが俺が今できるすべてだ、効いてくれ……。


「おや……今何かしましたか? ああ、私に攻撃をしたんですね。あまりにも弱すぎて気づきませんでしたよ」


 指揮官の男の手からは防御陣が展開されていた。無詠唱の防御陣でさえ俺の魔法じゃ傷一つつかないのか……。


「……くそっ……!」


 為す術を失った……。絶望に打ちひしがれ、俺は膝をつき崩れていた。


「このまま投降すれば楽に殺してあげますよ。平和のための犠牲になってください」


「勝手なことを……」


「まあ同情してあげないこともないですよ。計画の一部とは言え、巻き込まれただけのあなたが殺されるのは私としても忍びない。まあ、上としてはできれば生きて捕らえろという命令でしたが……いざとなれば殺しても構わないと命を受けてますので。この際なので死んでいただきましょうか」


「計画……?」


 男の口から語られる《計画》という言葉。それは俺が嵌められたことが真実であることを示していた。だがそれには疑問がいくつかある。なぜ俺は嵌められたんだ? 誰が俺を嵌めたんだ? 上? 上とは誰を指しているんだ……。


しばらく思案していると、何かを察したかのように男はいった。


「おっと、無駄なことを話してしまいましたね、うっかりしていましたよ。でもまあ……ここで死ぬ男に聞かれた所で支障はありませんよね」


 男が周りの憲兵に指示を送ると、それを合図に憲兵たちが一斉に武器を構え、こちらに矛先を向けた。


「くそっ……! 何か……何か手はないのか……!」


「もう……無理ですよ……私たちは死ぬ運命だったんです……」


 アスティが手を重ねて天に向かって祈りを捧げている。俺たちは……殺されるのか……? ここで……死んでしまうのか……?


 いや……諦めてどうするんだ、どうせなら最後まであがこうじゃないか。


 俺は右手を敵に向かって突き出した。


「諦めが悪い方なんでね……お前らなんかに殺されるかよ」


「やれやれ、また魔法ですか。学ばないですね。先ほど効かなかったのを覚えていないんですか?」


 男は嘲笑しながら素早く防御陣を展開した。


「ちげえよ」


 膝を折り、付きだした右手を地面に当てた。


「おや? 妙なポーズをしてどうしたんですか? 今更土下座しても許してあげませんよ?」


 男は嘲笑いながらこちらを見下ろしている。


「ほざいてろ……喰らえ……」


《罠はずし》


 牢獄がミシミシと音を立て崩壊していき、罠はずしによって分解された石材が憲兵に降り注ぐ。


「くっ……無駄な抵抗を……! こんなものが効くものか!」


 攻撃するのをやめ彼は周りに叫ぶように命令を下した。短い詠唱の後、巨大な防御陣が形成され憲兵たちを取り囲んだ。


「一瞬驚きましたがなんてことはない、ただの悪あがきだ。残念ながらそんな小細工は効きませんよ!」


「ああ、確かにお前らにはそんな 攻撃は効かないだろう」


 残念だったな憲兵共、俺はお前らを倒すために罠はずしを使ったわけじゃない。


「アスティ! しっかり捕まってろよ!」


「は、はい!」


 華奢な体を持ち上げると、それに応えるように彼女も腕を回し、なんとか落ちないように力を込めた。


「あばよアホども!」


 俺は牢獄の壁を力任せに蹴った。すると、先程までびくともしなかった石の壁が腐った木のようにもろくなっており、蹴りをいれた箇所が崩れ、人一人が潜れるほどの穴ができた。


「くそっ……逃がすな! 追うんだ! 追ええええええ!」


「だ、駄目です! 防御陣を展開しないと生き埋めになってしまいます!」


「おい、待て!! 待つんだ!! くっ……くっそおおおお! 覚えてろよクズども

があああああああああ」


 彼の怒号は崩れ行く牢獄に埋もれ、やがて途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る