第7話 魔王の下着は黒

「いってええええええええ! 何しやがんだてめええええええええ!」


「いったあああああい! 何してんですか! 頭ぶつかっちゃったじゃないですか!」


 アスティは頭を抱えている。


「いやいやいや! それよりも見て! この左手! 完全に埋まってるんだけど!?」


 完全に床と一部となった左手を指差して俺はいった。


「いや、え? なんで埋まってるんですか!? 一発芸ですか!?」


「こんな身を滅ぼすような一発芸持ってねえよ! お前の体に押しつぶされたんだよ!」


「私がやったって言うんですか!?」


「いやお前しかいないだろ!」


「普通は受け止めてくれるって思うじゃないですか!? 普通に抵抗もなく床にぶつかりましたよ!? どんだけ非力なんですかあなた!」


「いや、非力ってお前……。この重さはそういうレベルじゃない!!」


 まるで象に踏まれたかのようにめり込んでる左手。どう考えても俺のせいではないだろう。


「余裕だって言ってたじゃないですか! なんですか!? 勇者ってペンより重いものは持てないんですか!? はあ!?」


「ペンがこんな重さだったら誰も文字かけねえよ! というかほんとにお前40kgちょいなのか!?」


「え? 40kg?」


 初めてその言葉を聞いたかのように呆けている。


「いやさっき言ったじゃねえか! 40kgちょいって!」


「いや言ってません! 言ってませんよ! 40kgじゃなくて40 kozキロオンスちょいです!」


「40koz!? 単位ちげえじゃねえか!」


「いや知りませんよ! 私たちはこの単位で重さ表してるんですから!」


「それもそうか……まあ確かに同じだと思っていた俺が悪かった。でkgに直すとどれくらいになるんだ?」


「えーと……一トンちょいくらいです」


「いやいやいや、もはや軽い象くらいあるじゃねえか……」


 通りで左手が埋まると思った……。


「はい! ありますね!」


「テンション上がってんじゃねえよ!」


 なんでこんなに重いんだよ魔王。ダイエットしろよ……いやそんなレベルの話ではないな……。


「こんなに重いんだったら俺ちょっとお前を持ち上げるのは無理だぞ……」


「えー! ちょっと! 脱獄できないじゃないですかそれじゃ!」


「いや本当にごめん、無理。せめて100kgくらいなら行けたんだが……」


「非力! このもやしっこが!」


「いや俺のせいじゃないだろ……」


 なんで俺は憎まれ口を叩かれてるんだ……。


「そもそもなんでそんなに重いんだよ……。魔族ってのはそういうもんなのか?」


「いえ、魔族と言っても構成物質は人間と対して違いませんので体重もあまり変わりませんよ」


「え? だったらなんでアスティはそんなに重いの?」


「鎧を着てるからですね。これ1トン以上あるので!」


「…………」


「え? どうかしました?」


 彼女はきょとんとした顔でこちらを見ている。


「だったらそれを脱げよおおおおおおお! 今すぐ脱げ! むしろ最初から脱いどけよ!」


「急に何を言うんですか!? これ高いんですよ!? それに魔界の一部にしかない物質を使っているので防御力もあり、伸縮性も高いんです! これなしで巨大化したら素っ裸になりますよ!? 素っ裸で戦えと言うんですか? 変態!!」


「巨大化しなきゃいいだろおおおお」


 目の前の阿呆に俺は完全にキレていた。


「それもそうですけど、そもそもこれを着ないと普段の力出せないんですよ! 弱体化しちゃいますよ!?」


「いや大丈夫俺が守るから! いいから脱げ! さっさと脱げ!」


「え……俺が守るって……随分男らしいんですね……」


 ちょっとかわいいと思ったがそれどころではない。


「んなこと言ってる場合じゃねえ! さっきの音で憲兵にバレたかもしれないんだって! 一刻もはやく逃げないと行けねえんだよ! だから脱げ!」


 だが彼女は微動だにしない。


「モルさん……一番重要なことを言ってませんでした……」


「な、なんだよ。言ってみろ」


 深刻な顔をするアスティに俺は戸惑ってしまった。


「モルさん……私鎧脱いだら……キャミソールしかないです……! 下着姿になってしまいます……!」


「え」


 斜め上の告白に俺は変な声が出てしまった。


「いやうん……下着姿か……」


「下着姿です……」


「下着姿でも……案外大丈夫じゃないか……?」


『…………』


 二人に気まずい沈黙が流れる。


「ぜええええっったいに嫌です!! 馬鹿なんですか!? 馬鹿なんじゃないんですか!?」


 絶叫に近い怒号に耳がキンキンする。


「下着姿見られるのと死刑になるのどっちがいいんだよ! 下着を見られたほうがいいだろ!」


「それはそうですけど、そういう問題じゃありません! なんだと思ってるんですか、人の下着姿を!」


「いやそんなこと言ってる場合じゃねえんだって! そうしないとお前を連れていけねえだろが!」


「でも絶対嫌です!」


「じゃあどうすんだよ!?」


「私を鎧のままで持ち上げられるように鍛えてください!」


「何年かかるんだよ! いや何年かかってもできねえよ、人外じゃねえんだぞ!」


「いやできます! 信じてください私を!」


「いやできねえよ! 俺の体を信じないでくれ! そんな力はねえよ!」


「ああ言えばこういう! だったら火事場の馬鹿力ってはどうですか!? リミッターが外れて普段の三倍の力がでます!」


「それでも300kgしか持てねえよ!」


 そうこうしていると建物の外から叫び声が上がった。複数の足音がする。どうやら騒ぎを聞きつけた憲兵がこちらに向かっているようだ。


「どうすんだよ、憲兵がこっちに来てるぞ! さっさと逃げないと!」


「分かりました……私を置いていってください……!」


「いやダメだろ! このままここにいたら殺されるんだぞ!」


「それでも下着姿を見られるよりはマシです……!」


 くっそこれだから処女は……!


 こうなったら強硬手段だ。


「すまん、恨まないでくれ」


 アスティの鎧に罠はずしを使った。甲高い金属音と共に鎧が崩れていく。


「きゃあああああああ! 何するんですか!? へ、変態!!」


 あられもない姿になったアスティは侮蔑の表情を浮かべこちらを睨む。


「うるせえな、脱獄するためにはこれしかねえだろ!」


「そ、そもそもなんで罠はずしできるんですか!? コード必要なんじゃないんですか!?」


「反魔族刻印で鎧のコード自体が無効化されてるんだよ! だからコードしらなくても罠はずしだけで行けんだよ!」


「無理やりじゃないですか!? 罠はずしってそんな変態な術なんですか!?」


「気にするな!!」


 なんとか勢いでごまかそうとする。


「いやいやいや! というか見ないでくださいよこっち! ぶっ殺しますよ!?」


「見ねえと持ち上げられないだろうが!」


「というか持ち上げるとき体触るじゃないですか!? もう変態超えて犯罪じゃないですかこれ!」


「大丈夫だ! 死刑より重い罪はない!」


「そういう問題じゃないですよ!!」


「それに俺は魔族に対して興奮したりなんかしない! 例え人型であろうとも種族が違う! 大丈夫だ安心しろ!」


「安心できませんよ!! 健全な男子が私のこの美しい体をみて興奮しないはずはないんです!」


「どっから出てくるんだよその自信は!? 見られたいのか見られたくないのかはっきりしろよ!」


「見られたくないに決まってるじゃないですか! 何なんですか人を変態呼ばわりして! ただ私の下着姿を見て興奮しないのはプライドが許さないだけですよ!」


「よし分かった、めっちゃ興奮する! 君の柔肌を触りたくてしょうがねえよ俺は! 今すぐにでも抱きつきたいくらいだ!」


「変態! 魔王の私になんて色目を使ってるんですか! 犯罪ですよ死んでください!」


「どうしろって言うんだよ!!」


『バンッ』


 突然の音に驚いて音のした方を向くと、廊下の先の扉が開き憲兵たちが勢いよく入ってきていた。

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