第6話 魔王の体重
魔法使いと始めた会った時のことを思い出していた。最初から違和感があったんだ。あの年齢にしてはあまりにも高度すぎる魔法。それに今回の罠のコード。
やはり嵌めたのはあいつか……?
「どうかしたんですか? さっさと罠はずしをして逃げましょう! 時は一刻も争うんですよ!」
「いや……なんでもねえよ……」
魔法使いのことも気になるが、ひとまずこの問題は置いておいて脱獄を考えよう……。
「ひとつ心配事があるとすれば、足の錠と檻にこのコードが効くかどうかだな……」
「そういえばそうですね……。というか檻に罠はずしって効くんですか? 罠とは言いがたいような気もするんですが」
アスティとしては当然の疑問だろう。
「コードがあっていれば大丈夫だ。そもそも罠はずしってのは物の構成を破壊、いや分解と言ったほうが正しいか。ともかく物を分解できるんだよ。時計だって分解できるんだぜ」
「罠はずしって、しょぼい名前からは想像もできないほど高性能ですね」
「ああ、俺もそう思う」
「まるでモルさんのようですね」
「いや、俺はそうは思わないぞ!」
隙あらば俺の精神を攻撃してくるなこいつ。
「あ、すみません、それは違いますね……モルさんは罠はずしと違って無能ですもんね」
「いやちょっとまて。いやそもそもモルダーの名前自体がしょぼいみたいな大前提をやめろ」
「無能は否定しないんですね」
「ああそうだな、俺は無能かもな」
「あら、素直なんですね」
彼女は驚いたように言った。
「無能すぎてお前の錠を外すことを忘れて脱獄してしまいそうなくらいだよ」
「そういうのは卑怯ですよ……」
「考えても見ろよ。今優位に立ってるのは俺なんだぜ。お前の命運は俺が握ってるってやつだ。俺に傅けば許してやらんこともない」
魔王の顔がみるみる曇っていく。ざまあみろ。
「具体的にはどのようにすればいいんですか……?」
「そうだな……俺のことをモルダー様と呼ぶがいい!」
どこぞの三下みたいなセリフを言う勇者がいた。
「い、いやです! なんで私がそんなことを……私は魔王ですよ!? 一番偉いんですよ!?」
「嫌なら別にいいんだ、俺一人で脱獄するから」
「くっ……こんな辱めを受けるくらいなら死んだほうがマシです……殺してください……!」
どこぞの騎士みたいなセリフを言う魔王がいた。
「いやどんだけ嫌なんだよ……逆にショックだよ」
「どれくらい嫌かと言えば、モルさんをモルダー様と言うくらい嫌ですね」
「例えろよそのまんまじゃねえか」
「この苦痛を言い表す言葉なんて、例え歌人であっても一生涯うかぶことはないでしょう」
「そんなに嫌なことなのこれって?」
魔王を虐めるつもりが逆に虐められていた。
「言語なんて実際どれだけこの世界を表せているのでしょうね。百聞は一見にしかずということわざにもある通り、私達が言語によって表現できる情報は見ることの百分の一にも満たないのかもしれません」
「いやどうした急に、そんな話ではなかったよな」
「でもだからこそ私たちは言語によって他人と繋がろうとする……一見遠回りに見えるかもしれませんが、だからこそ繋がる意味……ってのを大切にしたいんじゃないですかね……」
明後日の方向を向いてアスティがほざいている。多分あいつには変なものが見えているんだろう。
「私たちは確かに違う種族です……魔族と人間……相容れない存在だと思っています。しかし、それでも……私は手を取り合うことができるはずです……さあ人間よ……! 共に行こうぞ! まずはこの錠を解除し、新たな歴史への第一歩と為さんことを!」
「よし、分かった。とりあえずモルダー様と言え」
「モルダー様、錠を外してください、お願いします」
ただの茶番だった。
改めて俺は足の錠に向かって右手を当てた。だが罠はずしを使おうとした瞬間、よろけて地面に倒れ込んでしまった。体を見ると右手が体に当たり罠はずしが発動している。
『キュイイイイイイイイイイン』
「え? なんかやばい音なってますけど、これ大丈夫なんですか?」
「え? やばい音なってるんだけど。やばくね? これ」
甲高い音が鳴り響き、段々と音が小さくなっていく。そして突然『パリーン』という音と共に閃光のような光が辺りに拡散した。
「え? どういうことですかこれ?」
「全くわからん」
罠はずしを今まで使ってこんなことは一度もなかった。
「もしかしてモルダー様って罠だったんですか?」
「人外どころかアイテムじゃねえか。俺自身が罠だったら普通に死んでるわ」
「うーん、なんだったんでしょうね……。まあとりあえず足の錠に試してみましょう
よ」
「ああ、そうだったな」
今度はよろけないように地面に座り足の錠に罠はずしを使うと『ゴトン』という音とともに錠が開き、地面へと落ちていった。
そして鉄格子に罠はずしを使うとまた同様に鉄格子も崩れていった。
「さすがです、モルダー様! 天才! 稀代の盗人!」
「褒めてんのかそれ」
「褒めてますよ! モルダー様、私の錠もそのお力で破壊しちゃってください!」
「おう」
彼女の手足の錠に俺は罠はずしを使い破壊した。
「ふぅ……やっと楽になりました……ありがとうございますモルさん」
「いやいいってことよ。このモルダー様にとっちゃ朝飯前だぜ」
「さすがモルさんですね」
錠が外れたと思ったら、頑なにモルダー様と呼ばなくなりやがった……。
「さて、こんな所からさっさと脱出しよう。いつ人が来るか分からんしな」
「…………」
だがアスティは床にぺたりと座り込み動こうとしない。
「どうしたアスティ。座ってないでさっさと行こうぜ」
しかしアスティは動かない。
「え、えーと……。ちょっと言い難いことがありまして……」
「ん? なんだ、言ってみろ」
何か嫌な予感がする。
「えーとですね、ほんと申し訳ないんですが……牢獄自体に強力な反魔族刻印が刻まれているようで体が思うように動きません……」
「ああ、なんだそんなことか。だったら俺に任せろ」
座っているアスティを持ち上げようとするが彼女は泣きそうな顔でこっちを見てきた。
「どうした? アスティ。嫌なのか?」
「嫌ではないです……でも……私ちょっと重いかもしれません……」
「なんだよそんなことかよ……」
案外女らしいとこがあるんだな。
「重いねえ……そうは見えねえけどな。見た感じ華奢だし。どんくらいなんだ? 体重は」
「女性に体重聞きますか? 普通……」
「まあそうも言ってられないだろ。いいから答えてくれ」
「え……えっと……よ……よんじゅう……ちょいくらいです……」
「なんだよ軽いじゃねえか。余裕だよ、勇者舐めんじゃねえよ」
「え、えっと……あ、ありがとうございます……!」
なぜか感謝しているアスティ。心なしか顔が赤い。
「じゃあお言葉に甘えて……お願いします……」
体育座りの彼女の足と腰に手を掛ける。いわゆるお姫様だっこと言うやつだ。若干俺も恥ずかしかったが気にしないようにした。
「じゃ持ち上げるぞ」
「はい……!」
彼女は気恥ずかしそうに返事をした後、体を預ける様に力を抜いた。
『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオン』
何が起こったか分からない。左手に強い衝撃を感じる。恐る恐る確認すると左手が彼女に押しつぶされて床にめり込んでいた。
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