第4話 勇者(死刑囚)と魔王(死刑囚)

「魔王? 嘘ついてんじゃねえよ!!」


 目の前の魔王と名乗る大量殺人者に向けて俺は言い放った。


「魔王ってのは男だろ! お前が魔王なはずはねえ!」


 現に俺が倒した魔王も男だったし、そもそもこの手で倒したんだ。忘れようがない。


「きゅ……急に怒鳴ったりなんかして……どうしたんですか……? 怖いですよ……落ち着いてください……」


「ああ!? どうやって落ち着けばいいんだよ魔王の偽物さんよお! 魔王が生きてんならそもそも俺はここにいねえんだよ!!」


 混乱を通り越した感情は怒りとなって魔王にぶつかっていた。


「え……そう言われましても……私が魔王ですし……」


 消え入るような声で彼女は言った。


「だったらお前が魔王だって言う証拠を見せろよ」


「しょ……証拠ですか? うーん……」


 目の前の女は顎に手を当て思案していたが、そのうち完全に首をかしげた。


「証拠って言いましても……何か証明書があるわけでもないですし……。それに反魔族刻印が錠についているので別の形態になるようなことや魔法も使えないんですよ私……。すみません……」


「使えねーな、ったく。そんな言い訳までして魔王に成りすましたいのかお前は。物好きだな」


 苛立ちが言葉に乗ってしまった。でも仕方がない、こいつが阿呆なことを言うのが悪いのだ。


「本当にごめんなさい……本当に…………」


 女は膝を抱えて顔を埋めている。泣いているのかもしれない。だが俺も彼女にかける言葉はなかった。


「泣きたいのは俺の方だってのによ……今頃魔王を倒した功績で俺は英雄になってる予定だったんだぞ。勇者から英雄だと思ったら死刑囚だなんてとんだ笑いもんだぜ」


「え?」


 急に顔を上げてこちらを見たと思ったら、素っ頓狂な声で彼女は言った。


「え? ゆ、勇者!? あなた勇者なんですか?」


「この前まではな」


 何を驚いてるんだこの女は。勇者ってそんなに珍しい職業でもあるまい。


「それで……魔王を倒したんですか……?」


「そうだよ。だからお前が魔王だって言ってんのを怒ってんじゃねえか」


「……」


 彼女は深刻そうな顔で下を向き何かを考えている。


「どうしたんだ? 腹でも痛いのか?」


「いえ……そうではなくて……私勇者を倒した罪でここにいるんです……」


「え?」


 頭が混乱してきた。状況が掴めない。


「勇者を倒した? え? ん?」


 だめだ本当に状況がわからない。誰か説明してくれ。


「だから驚いているんですよ……今目の前に倒したはずの勇者がいるんですからね……」


「いやまあ……勇者は職業だからいろんな人がいるし……他人じゃねえのか? 殺したのは」


「多分そうだと思うんですけど……でも魔王は一人しかいないんですよ……」


「え? ん? 魔王? いや俺倒したんだけど。割りとノリノリで殺ってしまった結果ここにいるんだけど」


「いや私が魔王ですって……。倒されてないですしあなたと会ったこともないですよ……」


「いや俺が魔王倒して、殺人罪で捕まってるからここにいるんであって……」


 だめだ予想外の展開に頭がついていかない。このまま話し合っても埒が明かないだろう、一旦状況を整理するとしよう。


 とりあえず俺は魔王(?)を倒した。で殺人(?)で捕まった。ここまではいい。そっちの魔王の名乗る女は勇者を倒した罪で捕まった。でもそれは俺ではない。


「混乱してきましたね……」


「うむ、頭が一切追いつかない、俺の思考スピードに」


「思考スピードが遅いんじゃないんですか? むしろ」


 失礼なことを言うやつだなこいつは。デリカシーというものがないのか……。


「とりあえずお前を魔王だと仮定すると、俺は魔王じゃないものを殺したことになるのか」


「ですね……」


「つまり俺は魔王じゃないものを倒して捕まったのか……。完全にあいつらにはめられたな……」


「あいつらってどなたのことですか?」


「魔王を倒すために旅していた仲間だよ。僧侶と魔法使いだ」


 今頃英雄として楽しく過ごしているんだろうけどな。


「なるほど、その人達に裏切られたってことですね」


「多分な、証拠はないが十中八九そうだろう」


 思い出すとイライラが止まらない、あのクソ共が……。


 俺が過去を思い出し苛ついていると、彼女は深刻な声で話しかけてきた。


「実は私も……嵌められてここに来たんです……」


「え? 勇者を倒した罪で来たんじゃなかったのか?」


「確かに私は勇者を倒しました。でもおかしくないですか?」


 突然何を言い出すんだこの王女様は……。


「人間を殺したら殺人だろう? どこもおかしいところはない」 


「あなた側が人間を殺せばそりゃ殺人になりますよ、でもその法律って人間が作ったものですよね? だから人間にしか適用されないんですよ。魔族には適用されません」


 それもそうか、俺たち人間の法律が魔族に適用されるはずがない。


「じゃあ魔族側の法律によって裁かれたんじゃないのか? そもそも部下を大量に殺してるわけだしなお前は」


「確かに魔界の裁判所で裁かれましたが、私の罪状は勇者一行を殺したことについてでした。なので恐らく部下を殺したことはあまり関係はないです……。あと気になった点がもう一つ……」


「なんだ言ってみろよ」


「なぜ違う種族の私達が同じ牢獄に入れられているんでしょう?」


「んー、確かに俺もそれは気になったが……たまたまじゃないのか?」


「そんな訳ないじゃないですか……頭お花畑なんですか?」


 お前……どんどん口が悪くなるな……。さっきまでのしゅんとした姿が幻のようだ。


「普通魔界で裁かれた私は魔界の牢獄に、人間側で裁かれたあなたは人間側の牢獄に行くはずですよね? でも私たちは同じ場所にいる。おかしいですよね?」


「なるほど……一理あるな。よし、確かめてやる」


「確かめる? どうやってですか?」


 俺は壁に開いている窓を指さした。


「高すぎて届きませんよ……。変形でもするんですか?」


「人外じゃねえんだぞ、できるかボケ。まあ見てろ」


 ベッドの中心部に向けて転ばないように俺は蹴りを入れた。よほど古いものだったのかなんの抵抗もなく、その木の塊は簡単に折れた。そして俺は真っ二つになったベッドをさらに二つに折りそれを重ねた。簡易的な踏み台の完成だ。


「随分と無茶をしますね……。大丈夫ですか? 怪我はなかったですか?」


 魔王様でも人間の心配をするんだな、意外な事実だ。


「鍛えてあるからな。よっこいしょと……」


 傍目から見ればゴミとしか思えない踏み台もどきに上り、なんとか窓の鉄柵を掴むことに成功した。これで外の景色を確認できる。


「どうですか? 外の様子は?」


 催促するようにアスティは聞いてくる。


「あー、暗くて良く見えねえな……ん?」


 遠くに見知ってる顔を見かけた。ブロンドの髪に緑のローブ、それにあの杖……。見間違えるはずがねえ、僧侶だ。あのやろう……低級魔法でも打ち込んでやろうか……。


「どうしたんですか!? 何か見つけたんですか?」


 彼女の言葉に我に返る。そうだ今はあいつにかまってる時間はねえ。


「いやちょっとな……とりあえず場所は分かったぞ。ここは人間界だ」 


 僧侶と話している憲兵の服に見覚えがある、王国直下の騎士団しか着ることのできない軍服だ。


「そうですか……ここは魔界ではなかったんですね……」


「ああ……」


「私は……部下に裏切られ……人間側に差し出されてここにいるんですね……」


「多分な……」


 否定してやれば救われるかもしれない、だがそんなことをしても彼女のためにはならない。


「なんで私は……人間側に売られたんでしょう……」


 彼女の目はどこを見るでもなく宙をさまよっていた。その姿にもはや一国の王としての威厳はなく、どこにでもいる気弱な少女のようだった。


「なんでだろうな……魔族がわざわざ国のトップを敵国に引き渡す意味が俺には分からん」


「そうですよね……。ただでさえ最近は人間側の多数の国から襲撃を受け疲弊してるっていうのに……。今大規模な制圧戦を行われれば魔族は滅んでしまいますよ……」


 国のトップがいなくなれば混乱し、崩壊する。軍事力の大半を魔王が占める魔界では尚更だ。では何のために? 誰が彼女を差し出したのだろうか……。


「もしかしたら……何か取引でもしたのかもしれないな」


「取引ですか……? 人間側と魔族側が?」


 確かに信じられないことだと思う。俺も信じたくはない、だがこれが今考えられる選択肢の中で一番可能性が高い。


「何かしたらの協定を結んでいたんだろうな。この国も魔族側も真っ黒さ」


「助けは期待できないってことですね……」


「ああ……」


もうこうなってしまっては仕方がない。やることは一つだ。


「アスティ、俺がお前を助けてやる」


「はい?」


「一緒にここを出よう。脱獄しないことには何も始まらない。俺と一緒に来ないか?」


「……しょうがないですね……。人間と一緒に行動するというのは不服ですが、そんなことは言ってられないようですね、お供しますよ」


 こうして勇者(死刑囚)と魔王(死刑囚)の脱獄計画が始まった。

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