第3話 勇者と☓☓

「ここは……どこなの……?」


 体を起こそうとしたが何かに引っかかり私はその場に崩れ落ちてしまった。手足に錠がついてる……! なんでこんなものが……?


 なんで私はこんな所にいるの!? 勇者を倒したはずじゃなかったの!? 頭に霧がかかってるみたいだわ、何も思い出せない……。


「うぅ……!」


 なんなのよ……なんでこんな得体のしれない場所に私はいるのよ! しかもこの手足の錠……まるでこの私が奴隷みたいじゃない!


「もうっ! 錠なんてあるから動きづらいのよ! こんなもの魔法でぶっ壊してやるわ!」


 手の錠に向かって魔法を打ち出そうとしたはずが、全く発動しなかった。それどころか魔力を体に感じない。


「え? な、なんで? なんで出ないの? あれ?」


 ふと錠を見るとそこには小さな紋章が刻まれていた。見覚えがある……魔族に対抗するために人間が生み出した悪魔のような技術、反魔族刻印……。これを刻印された物に触れると魔族はすべての術を使用できなくなり、能力までもが著しく下がってしまう。


「くっ……下等な人間め……こんな物を……」


 この刻印の餌食になり私の部下が何人殺されたことか……。許さない……絶対に殺してやる……。


「だめよ……こういう時こそ冷静にならなきゃ……」


 息を深く吸い込むと冷えた空気が体を巡っていくのが分かる。しばらく深呼吸をしていると段々落ち着いてきた。


「とりあえず周りの確認ね、状況が分からないことには動きようはないわ。幸いにも月明かりが窓から差し込んでいる、これなら見えるかも……」


 私は月明かりを頼りに周囲を確認することにした。


「壁は石造りね……床と天井も石でできてるわ。通路の方にあるのは……鉄格子かしら?」


 手を伸ばし触れてみるとひんやりとした感触が伝わってくる。やっぱり鉄格子ね……。鉄格子を背にし全体を見渡すと、とてもベッドとは思えないような申し訳程度の板と、端の方に開いてる小さい穴以外何もなかった。


「う……うぅ……」


 思い出したわ……。私は部下に嵌められて勇者を倒した罪で死刑になったんだ……。だからこんな牢獄のような所に……。


 なんで裏切ったのよあいつら……! このままじゃ殺されちゃうじゃない! 逃げないと……。でも能力は使えないし、どうやって逃げ出せばいいの……?


 途方にくれ立ちすくんでいると奥の方に何かが動いているのが見えた。鉄格子まで近づき目を凝らしてみると、ベッドで横たわる人がいるのが見えた。


 も、もしかしたら仲間かもしれない!


「そこのあなた! ねえ! 聞こえてる!? ねえ! ねえってば!!」


 呼びかけては見たものの、返事が帰ってこないどころか反応の一つも示さない。私がこんなに困ってるのに……なんて無礼な奴なのよ……。


「ねえ! そこのあなた! 聞こえてるんでしょ!? 返事しなさいよ!」


 さっきよりも大声で叫んではみたがうんともすんとも言わない。返事がなかったことで我慢の限界がきてしまい、私はとうとう泣いてしまった。


「ね、ねえ……! 聞こえないの……? なんで私を無視するの……いるんでしょ……? 返事してよ……」


「……ちっ、うっせえな、聞こえてるよ。人がせっかく気持ちよく眠ってるってのに……ピーピーうるせえんだよ、鶏かてめえは」


「!?」


 突然した男の声に思わず驚いてしまった。まさか返事が返ってくるなんて……。


「ご、ごめんなさい……! 大きな声出しちゃって……あなたは……誰なの?」


「誰って言われてもなあ、まあただの犯罪者。死刑囚だよ」


 声がする方向を見ると、ベッドから出て頭を掻いている男がいた。手足を見ると私と同じく手足に錠がはめられている。


「死刑囚……私と同じだわ……あなたも死刑になったのね?」


「そうか、お前も死刑くらったのか。まあ死刑囚仲間として仲良くやろうぜ」


「死刑囚……違う、私は知らなかったのよ……! まさかこんなことになるなんて……」


「まあ法律なんて隅々まで知ってるのは法律家くらいなもんだ、今更嘆いてもしょうがないな」


 向こうの檻にいる男の表情は見えないが、声の抑揚から笑っているのが分かった。


「それもそうですが……納得が行きません!」


「じゃあどうするんだ? 脱獄でもするか?」


 冗談か、それとも本気なのか、心底愉快そうに彼は言った。


「いえ……正式に上告して私が無罪だと証明します」


 私の言葉を聞いた途端、彼は堰が切れたように笑いだした。一体何がおかしいっていうのよ……!


 一通り笑い終えた彼は言葉を続けた。


「無駄だ無駄だ。上告の制度なんて形だけ、死刑は覆らない。死刑制度ができて二百余年、一度たりとも覆ったことはない。ただの一度もだ」


「そうなんですか……。じゃあ……脱獄するしかないんですね……」


 このままここにいたら殺されちゃう……早く逃げないと……。


「脱獄つったって簡単じゃねえぞ。さっき俺も試したが牢獄が硬すぎてどうにもならん。いっそ一回殺されてから生き返ったほうが楽なんじゃねえのか?」


「……」


 為す術はないらしい。自分の過ちを今更悔やんだ。


「まあとりあえず情報交換と行こうぜ。何か有益な情報が手に入るかもしれんしな」


「はい……」


 目の前の胡散臭い男は信用出来ないけど、とりあえず今はその提案に乗っかっておこう……。


「あんた名前は?」


「ダイスコンスティン=デル=アスモーティと申します」


 偽名でも使うべきかと思ったけど、とっさのことでつい本名を言っちゃった……。


「随分長い名前だな。いいとこのお嬢様って所か」


「いい所……なんでしょうかね?」


「俺に聞かれてもな」


「まあそうですよね……あなたのお名前は?」


「モルダーだ、まあモルでもモルダー様でもなんとでも呼べ」


「モルさんですね」


 男の言動にいらっときたが悪気はないのだろう。むしろそう思いたい……。


「アスティはなんで投獄されたんだ? 死刑ってことはそうとう悪いことしたんだろう?」


「アスティ……」


 こんな生意気な口を聞いてくるのは初めてだったので戸惑ってしまった。


「なんだ嫌なのか? だったらもう呼ばねえよ。これからお前とかおいとかで呼ぶから」


「アスティでいいですよ! もう……」


 だんだん嫌いになってくる。なんなのこの人は……。


「殺人ですよ……殺人」


「なるほどな、俺と同じだな。そりゃ人を殺せば死刑だろ」


「違うんですよ……違うんです。私はこれが罪になるなんて思ってなくて……」


「いや人を殺せば殺人罪に問われるだろ。その辺の子供でもわかるぞ」


「いやそうなんですけど……」


 釈然としない。まさか勇者を倒して捕まるなんて……。だったら私は何のためにいるのってなるでしょ……。


「まあそれはいいや。で、どんな感じだったんだ? 動機とかさ」


 人殺しの動機を聞くなんて、彼には気遣いというものがないのだろうか?


「動機ですか……? うーん、強いて言えばお仕事ですかね……」


「あー暗殺関係の仕事か。確かにそれが罪になるなんて思わんだろうな。通常なら上の奴が国に書類を提出して許可をもらうんだぜ。トップが馬鹿のせいで大変だったなお前」


「うぅ……」


 愉快な口調で語る目の前の男の言動は、魔王である私にとってとてもショックなものだった。そんな法律あるなんて知らなかったし……。いやそもそも人間を殺す許可なんて必要ないわよ……あるはずないわ、部下に騙されたんだ私……。


「でもそもそも暗殺だろ? 普通は誰がやったかばれないはずだ」


「いえ……相手を殺したら私の部下に通報されちゃって……」


「どんだけ信頼されてねえんだよお前。嵌められてんじゃねえか。信頼がないっていうより恨まれてるだろ完全に」


「うぅ……ちが……違う……ぐすっ……」


 はめられたのは確かだけど……私裏切られるようなことしてない……。思わず涙がこぼれてしまった。


「悪かった! 俺が悪かった! だから泣くな! そういう時もあるって! 俺もそうだったし!」


 彼は取り繕うように慰めてきた。勇者を倒したのに投獄されて……人間に生意気な口聞かれた挙句に慰められてる私っていったい……。


「すべて私が悪かったんですよ……もうそれでいいですよ……」


 部下に信用されない私が悪かったんだ、だから裏切られたんだ……。


「だからごめんって」


「いえいいんです……ノリノリで相手を倒した罰があたったんです……」


「ノリノリで倒したのか」


「はい……もう調子のりすぎて……一回相手に倒されたんですけど私復活できる体質なんでノリノリで復活しちゃいました……」


「何その体質すごい」


「私復活すると体もちょっと変わってしまうんです……体力とか攻撃のステータスが十倍になるんですよね……」


「なにそれ怖いんだけど」


「でも相手もこれが俺たちの力だ! とか言って応戦してきて……可哀想だったのでそこで倒されました……」


「倒されてんじゃねえか」


「そこからさらに調子にのって……ふはは、これが私の真の力だとか言ってまた復活しちゃいました……」


「何そのぬか喜びシステムひどい」


「さすがに相手もドン引きしてました……体が時計塔くらいの大きさでしたからね」


「人外じゃねえか」


「もう建物の中に手しか入らなくて……仕方ないので手だけで戦いましたけど」


「傍から見たらシュールだな」


「さすがに相手も苦戦してたようなので仕方なく手加減してあげました。そのかいがあってちゃんと倒されましたよ!」


「ちょっとテンション上がってんじゃねえよ」


「まあその後倒されていない方の左手を出したら相手の目が死にましたけど……」


「そりゃあな」


「こりゃ相手も無理だなあと思ったんですけど、そこはさすがに鍛えてたんですかね、仲間の死を引き金に相手のパワーが増しちゃって……」


「よく暗殺しようと思ったなそんな相手」


「これが散っていった仲間たちの分だあああ! 的なことを言った後すっごい攻撃で本体ごとやられちゃいました……」


「相手も人外じゃねえかもはや」


「それで……なんかその態度にいらっときて……いや私達の仲間もだいぶ殺されてますよって思って……」


「まあそりゃあな」


「それで第四形態になっちゃいました」


「やりすぎだろ……」


「ですよね……」


「相手もさすがに絶望しただろうな」


「土下座してました……」


「可哀想に……」


「まあ建物もろとも魔法で消し飛ばしてやりましたけどね!」


「やりすぎだろ」


「大丈夫です私の家だったので迷惑はかけてません」


「ホームレスじゃねえか」


「ホームレスですね……」


「相手はどうなったんだ」


「消し飛びました……」


「だよな」


「はい……」


「家族とかはいなかったのか? 家に」


「部下と使用人のような人たちがいましたね」


「その人達は?」


「消し飛びました……」


「大量殺人じゃねえか……むしろなんで死刑にならないと思ったんだよ……」


「ノリノリだったので考えてませんでした……」


「何人くらいいたんだ? その家の中には」


「んー……正式な数はわかりませんが三百くらいでしょうか……」


「テロじゃねえか」


「ノリノリだったので……」


「ノリノリで大量殺人ってサイコパスかお前は」


「かもしれませんね……」


「部下と使用人で三百はすごいなそれにしても」


「各地に部下がいるのでそれ以上いますけどね」


「すごいな……お嬢様というより女王様だな」


「そうですよ、王様だったんですよ私」


「まじで!? すごいなお前。ちなみにどこの国の王様なんだ?」


「魔界です。なので魔王ですね正式に言えば」


「なるほど魔王か」


「はい、言いそびれてしまってすみません……」


「魔王かあ…………魔王!?」


「魔王です」



「え?」



「え?」


死んだはずの魔王と死んだはずの勇者が出会ってしまった。

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