第2話 脱獄

「ってえ……どこだここ?」


 全身に鈍い痛みがする。首だけ回して後ろを見ると、木で作られた簡易的なベッドが見えた。なるほど、どうやら俺はベッドから落ちたようだ。四本の足の一本が根本から折れており、ギシギシと音を立て揺れている。


 俺はベッドに寄りかかり、痛みで感覚が狂った全身を這うように動かして、なんとか上体だけ起こした。そのままの体勢で痛みが引くのを待つことにした。いや、むしろ痛みとだるさで思うように動かず、それしかできなかったと言ったほうが正しい。


 しばらくの間うなだれていると、手首と足首の辺りから金属特有の反射光が目に入ってきた。目を凝らさなくてもそれが錠だと言うことはすぐに分かった。錠同士が鎖で繋がっている。試しに両手を広げてみたが鈍い金属音が響いただけで壊れる気配は微塵もない。むしろ手首を痛めるだけの結果となった。だが幸いなことに錠の鎖は肩幅程度には広がるようだ、行動は制限されるが身動きができる。


 錠の破壊を諦め、鎖を踏まないよう慎重に起き上がり辺りを伺った。だが辺りは薄暗く判然としない。


「おい! 誰かいないのか! おーい!」


 様式美のように叫んではみたが、返って来たのは反響音だけだった。さすがに誰かが返事をしてくれるとは思ってはいなかったが、ただ虚しさだけが残る。


 ここはいったいどこなんだ……。俺はいつからここにいるんだ……。俺は魔王を倒したはずじゃなかったのか?


 疑問は次々と生まれるが、その疑問を解決できるだけの情報が今の俺にはまったくなかった。判断材料があまりにもなさ過ぎる。


 目を覚ましてからだいぶ時間が立ち、ようやく暗闇に目が慣れてきていた。ある程度であれば周囲を観察できる。


 辺りを見渡すと部屋は石の壁で覆われており、一面だけ鉄格子がはめられていた。反対側には換気のためと思われる小さい窓があったが、同じように鉄格子がはめられていた。


「くそっ……牢獄か……!」


 すべて思い出した……。俺はあの日……あいつらにはめられて……死刑囚になっったんだ……!


 思い出すと急に腹が立ってきた。あのクソ共が裏切りやがって、覚えとけよ。ここから脱出したら真っ先に殺してやるからな。


 そもそも魔王を殺して殺人ってなんだよ、そんなことあるわけねえじゃねえか。国王直々に討伐指令出したんだぞ?


 もしかしたら国王もグルなのか? 何のために? 誰のために?


 だめだ……情報が少なすぎる。これ以上考えても埒が明かん。ここにいたらいつ死刑が執行されるかも分からない上に助けてくれる仲間も誰もいやしねえんだ。俺がやるしかない。こうなったら脱獄だ、ここを出ないことにはどうにもならん。


 冷静になるため、息を深く吸い体の空気を入れ替えた。冷たい空気が体を刺激し、いくらかは意識が明瞭になってきた。


 まずは装備だ。装備さえあれば脱獄なんぞ朝飯前なんだが……鎧も剣も没収されたようだ、周囲を見渡しても見当たらない。素手で脱獄するしかないのか……? 人並みの筋力しかない俺には……無理だな。うん無理だ。


 余りの絶望的状況にもはや心が折れかけていた。


「今頃俺は英雄になってちやほやされてるはずだったんだがなあ……夢なんて見るもんじゃねえな……」


 今の状況が夢だったらどんなにいいだろうか。本当だったら隣に美女がいて、俺は英雄として女に困ることがない人生を歩んでいたはずなのに……。だめだ、現実から目をそらしても何も変わらん。もうここまできたらやるしかない、夢は叶えるものだ。俺は両手で頬を叩き気合を入れ、脱獄できる場所がないか再度探すことにした。


 床を見ると壁と同様に石で覆われてはいるが、ところどころヒビが入っていた。おそらくこの牢獄はだいぶ昔に建てられたのだろう。試しにヒビの割れた箇所を踵で思いっきり蹴ってみた。だが、びくともしない。別の箇所も試してみたが壊れる気配は一切なく、終いには鎖が絡まって思いっきり倒れてしまった。


「穴でも掘ろうかと考えていたが無理か……」


 鉄格子の外を見ると、同じような構造の部屋が八部屋見えた。四部屋と四部屋が通路をはさみ並んでいる。中央には幅二mほどの通路があり、その先には出口らしきものが見える。どうやら俺の部屋は出口から一番遠い部屋のようだ。


「穴を掘る必要はなかったな、とりあえず出口にさえつければどうにかなりそうだ」


 脱獄のための実験が始まった。


 最初にやるべきは手足の錠を破壊することだ、破壊しないことにはまともに動くことすらできない。それに脱獄が成功しても錠があれば捕まる可能性が高い。


「ふんっ!」


 筋肉が引き千切れるほど力を込めて左右に引っ張ってはみたが、やはりびくともしない。それもそうだ、こんなことで壊れるならつけている意味がない。もっと大きな衝撃が必要だな……。鉄格子に思いっきりぶつけてみるか。


「おらあ!」


 高い金属音と共に腕に衝撃が走り、全身に鈍い痛みが襲った。だが錠は壊れるどころか、傷一つついていない。


「骨折り損じゃねえか……!」


今の俺の力で破壊するのは無理そうだ、別の方法を探そう。


「魔法使えるかな……」

 

 俺は高度な魔法は使えないが、魔法使いに習った低級魔法だけは使える。聞こえは悪いが低級魔法と言っても、人一人くらい軽く殺せるくらいの威力はある。試してみる価値はあるだろう。もしかしたら魔法はこの場所では使えないかもしれないが、まあそれならそれで魔法は使えないという結果は出る。


「これ誤爆したら腕が吹っ飛ぶな……」


 手についた錠に指先を向け、俺は慎重に詠唱した。瞬間、指先から閃光弾のような光が発射され、錠に炸裂した。


「ってえ……! やっぱ自分に向けて撃つもんじゃねえな」


 錠を見るとやはり傷一つついていなかった。しかし収穫として魔法の詠唱を禁じられているわけではないのは分かった。俺の魔法で傷つかないってことは錠自体が頑丈なのか、それとも魔法耐性の加工でもされているのか……。


「俺が旅をしてる間に国の技術は随分と進んだんだな……」


 錠を見つつ俺はつい感心してしまった。


「俺が使える魔法はこれしかないし……さてどうしたもんか」


 途方に暮れ俺は足が折れて傾いているベッドに寝そべった。普段であれば時間が解決してくれると信じて放置するのだが、今回ばかりは放置したら首が飛ぶ。


 前に本で読んだことがあるがスープを鉄格子にかけ腐食させて脱獄した奴もいたそうだ。だがそれをやる時間なんて残ってはいないだろう。完全な八方塞がりだ。


「だめだ、考えるのもめんどくせえ。もういい寝よう。まあなるようになるだろう、ならない時は死ぬだけだ」


 俺は諦めて寝に入ることにした。考えてみれば死刑の執行の日だって分からないんだ。寝て何か変わることはないだろうが、起きていても何も変わらない。体力の無駄だ。寝よう……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「被告に死刑を命ずる」


「どうして!? ありえないわ! 私は☓☓よ! 言いがかりだわこんなの!」


「静粛に。言い逃れはできん、証拠も上がっている。せめて死をもって被害者に償うといい」


「おかしいわこんなの……誰かが私をはめたのね……!」


「連れて行け」


「や、やめなさい! 私を誰だと思っているの! やめなさい! やめなさいってば――


 こうして私は☓☓から死刑囚に成り下がった。

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