魂の行き着く場所(1)

 暗闇に支配された空間がどこまでも続く。歩いていると、唯一の光源であるランタンの光が不気味に揺れて、道を進むにつれて肌寒くなってきた。


 一体僕達はどこへ向かっているのだろうか。いつまで歩き続ければいいのか。クレアさんからの説明はない。


「……そろそろだと、思うんだけど」


 気の所為だろうか、クレアさんの表情はどこか暗い。道に迷った、というわけではなさそうなんだけども。




 さらに歩くこと数分後、ついに目的地と思しき場所へとたどり着いたようだ。

 暗闇の中で、松明の火に照らされたそれは、神殿のようだった。大理石でてきた床や壁、柱には傷一つついてなく、素手で触ることが憚れる。


 ランタンをしまい先頭を行くクレアさんの後を追うように階段を登ると、神殿の内部へと入っていくことに。静寂に包まれた内部は驚く程に一切の装飾がない。歩く事にコツン、コツンと足音が響き渡り、肌寒さは神殿の中を進むほどに強くなってきた。


「あの、クレアさん?ここって一体……」


 流石に僕は説明を求めた。これからどんな絶景を見ることなるのか。本当にこんな場所に絶景があるのか。そもそも、ここが一体どんな場所なのかを。


「……ここはね。魂の行き着く場所、だよ」


 静謐な神殿内を進んだ先には、今度は下り階段が続く。松明の光はあまりに頼りなく、足を踏み外さないように一歩一歩下っていく。その最中、僕は質問した。


「魂の行き着く?」


「うん。……未練なく死した人の魂は1度冥界へと運ばれて、そこで審判を受ける。善良なる者は天国へ昇り、邪悪なるものは地獄へと堕ちる」


 それは、人間たちの中では一般的な、死のあり方についての考え方のはずだ。地獄に落ちないためにも、日頃良き行いを忘れるなと己を戒めるための呪文のようなもの。


「でもね、この世に未練を残した死者の魂は、冥界に行くことはないんだ」


「そ、それじゃあつまりその、未練を残した魂がウヨウヨしてる場所ってのがここってことかよ、クレア」


 確信したように問いかけるアイーダさんに、クレアさんは頷いて応えた。とたん、並んで降りていたアイーダさんの足取りが止まる。どうしたんだろうと思って横を向いた僕の視線の先には、顔の青ざめたアイーダさんがいた。


「あの、アイーダさん、大丈夫ですか?」


 彼女の琥珀色の瞳が怯えたように揺れていた。もしかして、泣いてます?なんてとてもじゃないけど口にできない。


「も、問題ねぇよ!ちょっと、心霊系が苦手なだけだ!ちっとも怖くなんかねぇ!」


「ユアン君の腕にしがみつきながら言われてもなぁ。アイーダちゃんって、可愛いところあるよね!」


 う、うるせぇ!と強がるアイーダさんだったが、小刻みに震えるその体が彼女が怖がっていることを体現していた。


 ただでさえ不安定な階段が、アイーダさんが僕の腕を掴んだことでさらに降りにくくなった。ただ、最下層までの道のりはそこまで長くはなく、ビビってねぇぞと未だに強がるアイーダさんの声を聞いているうちに、僕らはついにその場所へとたどり着いたのだった。


 目の前には重圧な鉄製の扉。そして、それを守るように佇む白き『何か』。実体がないのか、宙にユラユラと浮かぶ『何か』は、古びた白い布で身を包むゴーストのような姿だった。よく見てみると足もないし、顔も見えない。とても生き物とは呼べそうもないその容姿に、アイーダさんは限界を迎え始めているみたいである。



『……汝、何故再びこの場所へ』


 その最中、無機質な声がクレアさんへと問いかける。その声はあまりにも冷たく、全身が凍りくような錯覚に陥ってしまうほどだ。


「私の友達に、どうしてもここの景色を見せたいんです」



 返事はない。白き『何か』はしばしの間僕達のことを観察するように周りだし、扉の前へと戻っていく。この扉の先へ進んでよい存在なのか、見定めているようだった。


 そして、


『……清き心を持つ者のみ通るがいい』


 思っていたよりあっさりと了承され、ギィッと軋む音ともに、鉄の扉がゆっくりと開かれていく。続く道はまたも暗闇。扉の先から漂う冷気に、心の底まで冷えてしまいそうになる。


 何はともあれ、先へ進めるのなら問題ない。ただ、


「……アタシ、モウヤダ」


「そんな事言わないでアイーダちゃん。もうちょっとだから、ね?」



 気絶寸前のアイーダさんを半ば無理やり連れていこうとするクレアさんのその姿はあまりにも無情。容赦のなさには僕も同情してしまうが、今更引き返すわけにもいかないし、仕方あるまい。


 二人はあっさりと扉を通っていった。が、僕には一つ気になることがあった。


 僕は扉の前で振り返る。


 白き『何か』は、未だそこに佇むままだった。


「あなたはいったい……」


『我は守り人。彷徨う魂の守り人なり』


 その問答で。言葉を交わすのは最初で最後となった。白き『何か』……守り人と名乗ったそれは、空気に溶け込むようにして消えてしまう。


 結局、正確な正体はわからなかったし、奇妙だなとは思ったけれど。不思議と、恐怖心はなかった。


 世の中には、僕の知る由のない摩訶不思議な存在がまだまだ沢山いるみたいだ。



 僕はもう振り返ることなく、扉の奥へと足を運んだ。ギィッと再び軋む音ともに、扉が固く閉ざされる。


 扉の先は、相も変わらず肌寒い場所だった。耳をすましてみると、水の流れる音が微かに聞こえてくる。


「ユアン君!こっちこっち!」


 クレアさんの声に導かれるように進んでいくと、そこには一隻の木製カヌーに乗った2人がいた。


 どうやらここは神殿の地下にある洞窟のようだ。水の流れるような音の正体も、洞窟内を流れる川のようだったようで。


 クレアさんに促されて、僕もカヌーに乗り込む。オールを持つのはクレアさんだった。アイーダさんは、多少マシにはなったもののまだ顔が青ざめている。


「……ここから先は、静かにしてね、二人とも」


 カヌーを漕ぎ出す寸前に、クレアさんから注意が入る。


「さっきも言った通り、ここは未練ある魂の終着点。神聖な場所だから……ね?」

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