生と死の狭間にて(2)

 まずは状況を整理してみよう。


 クレアさんに連れられて訪れた場所は、地面に空いた巨大な穴。

 そこへ向けて落ちていくうちに気を失った僕が目を覚ましたのは、白一色の謎の場所。そこにいたのは、世界に7人しかいないという魔女のうちの一人であるエウロラさん。で、彼女はもう既に死んでいる、と。


「え、つまりここって死後の世界というやつですか!?僕、死んじゃったんですか!?」


「落ち着かんかまったく。お主は死んでなぞない。たまたまこの場所に流れ込んできただけじゃ。きちんと説明するから、とりあえず深呼吸するとよいぞ」


 死んでないのであれば一安心。僕が大きく深呼吸をすると、エウロラさんからの説明が始まる。


「正確にいうと儂は完璧には死んでおらん。ここは生と死の境。ま、なーんにもない場所じゃよ」


「じゃあ、何故エウロラさんはここに?」


「魔女としての習性、というべきかの。儂ら魔女は一つの魔法を極めたくなるものなのじゃ」


 ふぅ、と息を整えるエウロラさん。


「儂もその一人。『不老不死』の魔法を極めた儂は、長い年月を生き、世界に飽きてしまったのじゃ」


 永遠の命を求めたはずが、手にした後で手放したくなったのじゃ、と彼女は語る。


 あまりに規模の大きな話に、魔法に疎い僕は話半分に相槌をうつ。


「何度も生と死を繰り返した儂の肉体を、世界が許容出来なくなり、追放された。生きることも死ぬことも許されなくなった儂は、この『生と死の狭間』で悠久の時を過ごすこととなったんじゃ。それが……何年前の話かのう。すっかり忘れてしまったわい」


「……ずっと、一人で?」


「まぁ、仕方のないことじゃ。人はいつか死ぬ生き物。じゃというのに儂はそのルールから逸脱してしもうた。それに……儂ら魔女は、化け物じゃからのう。人間共からも嫌われとる。始めからわしの居場所はここだけだったじゃろう」


 ぺたり、と座り込んだエウロラさんは紅い瞳を微かに細める。

 僕がここに来た時、やけに楽しそうであった理由がわかったきっと、何年も、何十年も、永遠にも思えるほどの長い時を、たった一人で過ごしてきたのだろう。

 誰かと言葉を交わすことだって、なかったはずだ。


「じゃがまぁ、退屈はしとらんよ。ただの真っ白な場所に思うかもしれんが、ここからは世界中あらゆる事象を観測できる。いつまでも終わることの無い戦争を、儂は長いこと見てきた」


「人間と魔族の戦争、ですね」


「うむ。……さて、儂の話はもう良いじゃろう。儂はそろそろ、お主の話も聞きたいのじゃが」


 途方もない話も、そこで切り上げられる。次なる話題は、僕についてとのことだけれど、僕のことはなんでも知っていると言っていたような……。


「たいして面白い話もないですよ?」


「いいんじゃよ、誰かの口から話を聞くのが楽しいんじゃ」


 膝を抱えたエウロラさんは、まるで絵本の読み聞かせを楽しみに待つ子供のようにウキウキとしていた。

 だから僕は話をした。母の名前すら知らず、父ともほとんど話したことがないということ。初めての友達がクレアさんだったこと。そんな彼女と森の中で遊んだこと。雲海を泳ぐクジラを見た時の驚き。

 ドワーフの里で出会ったアイーダさんが、僕をからかってくること。……写し絵の力で、ゾルグさんを説得した時のこと。



 上手く話せたかはわからないけれど、話を聞いてるエウロラさんは相槌も上手に、本当に楽しそうに耳を傾けてくれた。


「ほほっ!改めて聞くと愉快な話じゃのう!」


「楽しんでいただけたなら何よりです。何だか僕もスッキリしました」


 心の中が綺麗に現れたような、清々しい気分だ。誰かと話をすることが、こんなにも楽しいことなんだって改めて気付かされた。


 ……でも、幸せな時間はあっという間だった。


「ふぅ……さて、名残惜しいことこの上ないのじゃが。そろそろお別れの時間じゃのう」



 エウロラさんが僕を指さした。そして気がつく。僕の体が、徐々に透けていっているのだ。


 本当なら、ここにいてはいけない存在、だったのかな。


「さて、偶然とはいえ久しぶりの話し相手となってくれたお主に、お礼をせんとのう」


「お礼だなんてそんな、僕もエウロラさんとお話が出来て楽しかったですよ」


「いいんじゃ、礼をせんと儂の気がすまんのじゃ」


 立ち上がったエウロラさんが、僕の瞳をじっと見つめて、言う。


「知りたいことがあるのじゃろう?一つだけ、答えてやるぞよ」


 彼女は不敵な笑みを浮かべた。僕が胸の内に秘めていた数々の疑問を全て見透かしているかのように。


 ……一つだけ、か。


 体がどんどん透けていく。もう時間が無い。


 何を聞くべきだろうと悩み、考えた。僕の母親のこと。戦争のこと。聞きたいことはたくさんある。けれど、ここで答えを求めてしまってもいいのかと、躊躇う自分もいた。だから、



「それじゃあ、教えてください。……エウロラさん。また貴方と会うことはできますか?」


「……ほほっ、おかしな男じゃ。聞きたいことなぞ、他にあったじゃろうに」


 エウロラさんは笑った。心の底から、喜びに満ちた顔で。その幼さの残る屈託のない笑顔は、とても眩しい。


 そして、彼女は躊躇うことなく言った。


「必ず会える。此度の遭遇もきっと偶然ではない。じゃから……お主が望まずとも、また会えるじゃろう」


「……そうですか。それならよかったです」


 だから僕も、笑顔で応えた。


 よかった。また会うことが出来るのなら、その時は……もっと他愛のない話がしたいな、なんて。



 体が消えていく。意識も霞んでいき、エウロラさんの姿が、手の届かないほど遠くなっていく。それでも、僕にはしっかりと見えていた。


 最後まで彼女は、エウロラさんは、笑顔を崩すことなく僕を見送ってくれていたのだ。



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「ユアン君!ユアン君!」


「おいユアン!しっかりしろ!」



 ……この、声は。クレアさんに、アイーダさん?


 ひんやりとした真っ暗な世界で目を覚ます。僕は、ランタンの光に照らされた二人の姿を交互に見た。すると、必死に僕の名前を呼んでいた二人は、険しい顔を緩ませた。


「よかった……浮遊魔法をかけてたのに、降りてきたユアン君が気を失ってるんだもん」


「ヒヤヒヤさせんなよユアン。ったく……」


「す、すみません。でもこの通り、体も大丈夫ですよ!」



 元気なことをアピールするために飛び起きた僕は、力こぶを作ってみせた。筋肉は全然ないけども。


 そんな僕に、呆れた様子のアイーダさん。


「やれやれ、心配したアタシが馬鹿だったぜ」


「まぁまぁ。こうしてユアン君も起きたことだし、目的の場所にいくよ!」


「それもそうだな。つーかクレア、こんな真っ暗な場所に何があんだよ」


 ランタンを手に歩き始めた二人の背中を眺めながら、僕は記憶を辿るようにして思い出す。


 ……今も、僕のことを見てくれているのだろうか。


 またいつか会える日その日を楽しみにしながら、僕もクレアさんたちの後に続いた。

 エウロラさんのことは、内緒にしておこうかな……なんて。


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