閑話

 ドワーフの里を後にして、優雅な空の旅を続けること3日間。次なる目的地については何も教えてもらっていない。クレアさんに聞いてみても、『うーん、着いてからのお楽しみってやつだね』だなんて言われて軽く流されてしまうのだ。


 始めは新鮮で楽しかった空の旅も、時間が経てば飽きてしまうものだ。あまり代わり映えのない景色。

 実は高所恐怖症だということが判明したアイーダさんの怯える姿を見るのも楽しかったが、プルプルと情けなく震える姿がだんだんと哀しく思えてしまった。


 そんな空の旅で唯一の楽しみといえば、休むために地上に降りた時だ。


 基本的に食料は現地調達となるため、クレアさんがイノシシを狩ったりして、そのまま調理をするのだが、クレアさんが作る料理はレパートリーが多く、同じ材料であっても多種多様な料理を生み出してしまうので飽きることが無い。


 時間は夜。広大な平原に降り、野営を張った僕達はここで一晩を過ごすこととなる。現在クレアさんは食料調達に出ているところで、この場にいるのは僕とアイーダさんだけだった。一応クロもいるけれど、今はお休み中だ。


「なぁ、ユアン」


 焚き火へ枝をくべていたアイーダさんが、暇つぶしにと僕に声をかける。


「なんですかアイーダさん。暇で仕方ないのはわかりますけど、今はクレアさんを待ちましょうよ」


「ちげぇよ。アンタに聞きたいことがあんだよ」


 どうやら、世間話をするような雰囲気ではないようで。僕も気を引きしめることにした。


「……その目、魔女の血を引き継ぐ証なんだって?」


「えっ、な、な、んでそのことを」


「ゾルグの野郎との話、こっそり聞いちまってな」


 動揺する僕の右目……紅い右目を指さして、アイーダさんは言葉を続ける。


「アンタ自身も知らなかったんだろ?アタシだって耳を疑ったぜ。つまりアンタの母親は魔女だったってわけだ」



 僕の、母親。



 アイーダさんの言う通り、僕の母は魔女なのだろう。しかし、母は僕が生まれてまもなく亡くなったとしか聞いていないし、父も母については僕に何も教えてくれなかった。


 それに……クレアさんでさえも。


「アタシは生まれてこの方ずっと里にいたからよ、他所の事情なんてこれっぽっちも知らねぇ。たださ、」


 炎を見つめるアイーダさんは、朧気な記憶を掘り起こすように瞳を閉じる。


「たしか、初めてクレアと会った時……一緒にいた気がすんだよ」


 うーん、と唸るアイーダさん。


「誰が、です?」


「魔女だよ。もう1人魔女がいたはずなんだ。名前はたしか……そうだ、レリス。レリス=コーネリアって名乗ってたような気がするな。クレアのキャラが強すぎてそっちはあまり覚えてないんだが」


 名前をいわれるが、あまりピンと来ない。そのレリスさんというのが僕の母親なのか?とも思ったが、そもそもこの世界にどれほど魔女が存在するのかさえ知らないし、ただのクレアさんの旅仲間という可能性の方が高い。


 とりあえず、レリス=コーネリアという名前は覚えておこう。


「聞いたことの無い名前ですね。クレアさんからの話でも出たことの無い名前ですし」


「そォか……ま、どちらにせよクレアに聞いてみないと真相はわかんねぇってわけだな」


「なになにー?もしかして私のお話?」


「そうですよね……って、いつの間に!?」



 気配を消して近寄ってきたクレアさんに、僕は遅れて反応する。彼女の手によって丸焦げになったのであろう、巨大猪がズルズルと引きずられてきたところだった。

 今日の夕飯は猪肉か……ってそうじゃない!



 タイミングの悪いクレアさんの帰還により会話はそこで終わり、夕飯の準備が始まった。とはいっても僕が特にやることは無く、たまにクレアさんの手伝いをするだけである。


 とはいえ、これはチャンスだ。アイーダさんは飯になったら呼んでくれといって散歩に出かけて、今、僕はクレアさんと二人きりだ。僕の母親について聞くなら今しかない。と、話を切り出すタイミングを計っているのだが……。


「それにしても、アイーダちゃんが仲間に加わったのもあって賑やかになったよね、ユアン君」


「そ、そうですね。それよりクレアさん」


「食事の量も増えたから、腕によりをかけて作らなきゃね!」


 ……どうしてもクレアさんのペースに乗せられてしまう自分が悔しい。

 そうこうしているうちに夕食作りも終わり、食事の時間となる。

 いつか、いつかと先延ばしにしていると一生聞くことができそうにない。


 意を決した僕が、料理を運ぶクレアさんに近寄った、その時。



「…………ちゃんとした話はまた後日、ね?」



 耳元でそう囁いたクレアさんは、アイーダさんを呼びに行ってしまう。


 僕とアイーダさんの話、ちゃんと聞いていたみたいだ。


 ……ずるい人だな、と僕は一人、誰もいない空間に向けて呟いた。




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