さようなら、愛しき里よ

 翌日、明朝。


 まだ朝日の昇らないような時間で、僕は眠気眼を擦りながら、里の入口にたっていた。なぜこんな早い時間なのかというと。


「それじゃあ、私たちはお先に失礼させていただくよ。交渉は失敗したものの、魔女と出会ったことはしっかりと報告しておかないとならないからね」


 王国への帰還準備を終え、次々と王国兵を乗せた馬車が里を出発していくのを見送る。最後に残ったゾルグさんが、僕に別れの言葉を告げると、軽やかな身のこなしで馬車へと乗り込んだ。


「あ、あの!どうしても聞きたいことが!」


 僕が彼を見送りに来たのも、話があるからだった。


「……魔女についてかい?」


「はい。僕が魔女の血を引き継いでるって本当なんですか?」


 あの時、ゾルグさんは言った。紅の双眸は魔女の証。であれば、片方の目が紅い僕も、微かであるものの魔女の血を引き継いでる、と。


 そんなことは初耳だし、簡単には信じられない。……でも、僕はクレアさんにそのことを確認することは出来なかった。


 だから僕はこうして、ゾルグさんに問いかけたのだ。しかし……ゾルグさんから返って来た言葉は、僕の求めていたものではなかった。


「君は、あの魔女とともに旅をしているのだろう?であれば、自ずと答えに辿り着くだろうさ。そう答えを急ぐこともないだろう?」


 ゾルグさんとの交わした言葉は、それが最後だった。里の外へと続く道を真っ直ぐに走る馬車の後ろ姿を、僕はただ静かに見つめた。


 答えはそう簡単には見つからない、か。


 旅の目的が一つ増えた。僕の全身を流れる血には、本当に魔女の血が混ざっているのか。何故クレアさんが僕にそのことを隠しているのか。


 気になることは山ほどある。世界を旅していけば、ゾルグさんの言う通り、答えにたどり着けるだろうか。


 微かな不安を胸に、僕は寝床へと戻った。今日はもう、眠れそうにない。




 ☆☆☆



 時は昼下がり。すっかり火山も調子を戻したのか、火山から立ちのぼる噴煙が空を包んでいて、お日様は見えそうにもない。


 王国兵のいなくなったドワーフの里はすっかり日常を取り戻していた。朝から火山の地下へ鉱石を採掘しにいく者。鍛冶場にて、大槌を片手に武具造りに勤しむ者。そして、


「アタシは絶対にこの里から出ていくからな!里長にはならねェ!」


「そうかい!だったらあたしゃもうあんたの事なんか知らないよ!どこへでも行くがいいさ!」


 親子喧嘩をしている者もいた。アイーダさんとレーダさんだ。


 喧嘩の原因は至って単純。アイーダさんが里を出たいと言ったからだ。

 反対されることは百も承知だったのだろう。既に荷物をまとめて準備万端なアイーダさんは、逃げるように家から飛び出してきて。その先には、外から彼女たちの怒声を聞いていたこの僕。


「ユアンも来い!逃げるぞ!」


「へ?」


 気の抜けた僕の返事はを聞く様子もなく、アイーダさんは僕を担ぐと、全速力で走り出した。


 なぜ巻き込まれたのかはともかく、後ろから恐ろしい脚力をもって追いかけてくる、鬼そのものと化したレーダさんに万が一にでも捕まってしまったと考えたら……なんだろう。僕まで怖くなってきた。


「はははっ!よーし、このまま逃げるぞー!」


「えっ、ちょっ、アイーダさん!?」


 枷が外れたような、吹っ切れたようすで声を上げる。

 このまま里から出ていくつもりなのだろうか。


 僕、何も準備できていないんですけども!



「いいんですか!?喧嘩別れなんて、きっと後悔しますよ!」


「いいんだよ、気にすんな!昨日親父からも許可もらってんだ。たまに手紙も出すつもりだしよ!」


「でも、僕は荷物もってないんですよ!リュックの中には写し絵が━━━━━━━━━━」


「それならクレアがアンタの分も用意して里の入口で待ってるよ、安心しな!」


 ……随分と用意周到なことで!

 そういえば、昨日夜コソコソと会話していたような気もするが……まさかその時に?


 などと予想していると、いつの間にか目的地に着いていた。


 そこでは、巨大化した黒猫のクロと、それに乗っかるクレアさんの姿が。本当に、荷物をまとめて待っていたようだ。


「はいはい、それじゃあ行くよ!ユアン君、アイーダちゃん乗って!」


「あいよ!」


 アイーダさんは颯爽とクロの背中に乗ると、すぐさま僕達は出発した。




 みー!と鳴き声を上げ空を駆けるクロの背中から里を見下ろすと、ついこの前里に来たばかりの時のことを思い出す。あの時は変にドワーフのことを怖がっていたなぁ、なんて。


 時間にしてみるとものの一週間程度だというのに、僕はすっかりこの里を気に入ってしまっていたようだ。


「旅は出会いと別れ、だよ。ユアン君」


 うら寂しい気持ちを見透かしたように、クレアさんが僕の肩に手を置いた。


 昨日のうちに、里のみんなに別れの言葉も告げた。写し絵も増えた。

 思い残すことは何もない。クレアさんの言葉で前を向こうと決め、僕は空を仰いだ。この噴煙に包まれた空も、見上げることはないだろう。



 ただ、唯一の気がかりがあるとしたら。



 僕が横目でアイーダさんを見ると、視線に気がついたのか、彼女はニカッと笑った。


「悪いな、ユアン。アタシも旅の仲間に加えてもらってよ」


「え、いや、それは大丈夫……って、アイーダさんも一緒に、ですか!?」


「そりゃあ、ここまできたら、なぁ?」



 まぁ、たしかに。共にクロに乗って空を旅している時点で、そんな気はしていたけれども。


「アタシの夢は世界中を巡ること、って前に言ったろ?んで、ユアンの夢は世界中を旅して、絶景を写し絵にする。そして、その写し絵の力で戦争を止める、だろ?」


 確認するようにアイーダさんは話を続ける。


「よく考えたら目的は似たようなもんじゃねぇか。ってことで、クレアに頼んで一緒に旅をさせてもらうことにしたってわけだ」


「でも、アイーダさん。自分が里長になるべきかどうかって、湖にいた時悩んでたじゃないですか」



 湖、という単語にクレアさんが食い気味に反応してくるが、今はとにかくアイーダさんだ。


「悩んださ。悩んで、親父に相談したんだ。そしたらよ」


 アイーダさんが言うには。


 昨日の夕方、夢について悩んでいたアイーダさんは、レーダさんの目を盗んでこっそりコーダさんに相談をしたらしい。里長になるべきなんだろうけど、世界を巡る夢も捨てきれないんだ、と。


 そうしたらコーダさんは意外にも、すんなりとアイーダさんの夢を応援すると言ってくれたようで。


「感謝してんだ、親父にも、母さんにも。もちろん、里のみんなにもさ」



 アイーダさんは語る。徐々に遠ざかっていくドワーフの里を、名残惜しそうに見つめながら。


「だからアタシは夢を叶えて、そしてまた帰ってくるんだ。その時にゃ、私も親父の跡を継ぐつもりさ」


「そうですか。……そうですね。絶対に夢を叶えましょうね、アイーダさん!」


 アイーダさんがそう決心したのなら、僕はもうこれ以上何も言うべきではないだろう。


 夢を叶えたいという思いは、僕も同じだから。


「そんじゃ、改めて自己紹介をさせてもらうぜ!」


 アイーダさんは話題を切り替えるように、パン!と手を叩くと、清々しい顔で僕とクレアさんを見た。


「アタシはアイーダ。アイーダ・フレイロード。歳は120だ」


 ドワーフは100歳で大人になるんですよ、と僕が年齢について反応する前に、先手を打つようにクレアさんが僕に囁いた。


「趣味はとにかく運動!体を動かしてなきゃ気がすまねぇたちでな!戦闘に関しては、魔法は苦手だけど肉弾戦なら任せてくれ!」


 クレアさんは魔女……つまり魔法使いであるから遠距離戦闘が得意で、アイーダさんは肉弾戦が得意、と。


 戦力にならない僕がいうのもなんだけど、バランスはいいなと思う。


「というわけで、こんぐらいでいいだろ。そんじゃあよろしく頼むぜ、ユアン、クレア!」


「うん、旅の仲間は多い方が楽しいもん!アイーダちゃんよろしくね!」


「よろしくお願いします、アイーダさん!」





 こうして、新たな仲間としてアイーダさんが加わった。これから、もっと楽しい旅路になるだろう。そう思っているのはクレアさんも同じのようで。


 優しく微笑むクレアさんの姿を目にして、僕は不意に思い出した。


 それは、ゾルグさんが里を襲った時に交した言葉。


『魔女は君に、隠し事をしているようだ』


 ……僕の体の秘密について、いつか話してくれる時が来るのだろうか。


 小さな不安の種を、僕は心の奥底にしまい込んで、前を向いた。


 今はただ、アイーダさんの加入を素直に喜ぼう。そう自分に言い聞かせるようにして。









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