蒼炎の指輪

 時は過ぎ、数日後。


 すっかり里に居座っていた僕は、王国兵の力添えにより活気を取り戻した里の中を今日も歩き回っていた。


「よう坊主!今日も見学していくかい?」


「ごめんなさい、今日は外せない用事があるんです」


「そうかそうか!何か知んねぇが楽しんでこいよ!」


 鍛冶屋の店主に声をかけられるが、生憎僕はこれからある場所へと向かわなければならなかった。


 僕はその場で一礼して、慣れた足取りで里の外へと向かった。


 待ちに待った今日この日、僕とクレアさんの当初の目的を果たす日が来たのだ。


『私は先に向かっているから、昼過ぎになったら噴火口まできてね!』


 クレアさんからの書き置きに書かれていた通り、僕は今噴火口へと向かっているのだ。


 1度通った道だからさほど苦労することなく進んでいくと、あっという間に洞窟までたどり着いた。


 再び活性化した火山は身の焦げるような熱気を放つが、数日もクレアさんの魔法なしにこの場所で過ごしていれば、いつの間にか体も環境に慣れてしまって。


 グツグツと煮えたぎるマグマの横を通りながら洞窟を進んでいく。


 すると、洞窟の奥から聞きなれた声が響き届いてきた。


「おーい、ユアン君!こっちだよこっち!」


 今日もクレアさんはいつもと変わらず元気の溢れる声で僕の名前を呼ぶ。


「えへへ、随分と待たせちゃったね。写し絵の準備はいい?」


「もちろんですよ!天界の海に続く、クレアさんオススメの景色……考えるだけでドキドキしちゃいます」


 期待を胸に洞窟を抜けると、指輪の捧げられている祭壇がある。修復作業は既に終わっていて、作りたての石畳が真っ直ぐに祭壇へと伸びていた。その先には長い階段があり、大きな台座には日を浴びて煌びやかに輝く銀の指輪があった。


「綺麗な指輪、ですね」


「そうでしょう?100年の間、輝きを損なわないなんて、すごい指輪だよねぇ!ユアン君もそう思うでしょ!?」


「そんなに興奮すんなよクレア。……つーか、なんでこの男もここにいんだよ」


 興奮気味なクレアさんの横で悪態をつくアイーダさん。彼女がやけに不機嫌なのには理由がある。それは、


「私とて不本意ではある。が、誘われた以上断るわけにもいかんだろう。里の救世主である少年の頼みとなれば尚更、な」


 僕達の少し後ろ、洞窟の壁に背を預けていたゾルグさんの存在が原因だろう。

 人間とドワーフがある程度和解できたとはいえ、仲が良くなったわけでもない。特にアイーダさんは、未だゾルグさんを全く信用しようとはしてない。


「ったく、なんでユアンもこんな奴呼んだんだよ。さっさと国に帰ってもらおうぜ?」


「私はそれでもいいのだが。まぁ、戻りにくさはある。任務失敗の報告なんて、考えただけで恐ろしい」


「意外だな、アズールをも倒したオマエでも、怖いものがあんのか?」


「蒼龍アズールの力を内包する『蒼炎の指輪』も手に入れず、ドワーフたちとの戦争協定さえ結べなかったと知られたら、鬼の副団長に殺されかねんからな」


 困ったもんだよ、とゾルグさんが肩をすくめる。


「でも、後悔はしてないさ。……それも、君のおかげだ、少年」


 僕を見て、ゾルグさんが優しく微笑んだ。彼がつい数日前に指輪を盗み、里を襲っていたとは考えられない。


「さぁさぁ話はその辺にしておいて。ユアン君、階段を上がって?」


 クレアさんの一言で会話が終わる。


 ついにこの時がきた。ゆっくりと、一歩一歩を噛み締めるように、僕は階段を登っていく。すると、噴火口の奥にて鎮座する、蒼き龍が静かに動き出した。


 熱さなんて気にならない。高鳴る鼓動と、徐々に近づきつつある『蒼炎の指輪』に、意識が引っ張られていく。



 そして、階段を登りきった僕はついに、蒼龍アズールと対峙する。マグマを纏った蒼の鱗が光沢を生み、神秘的な肉体が顕になる。



『よくぞここまできた、人間よ』


 脳内に直接に響く声。これはまさか、魔法?


『話は全て、魔女より聞いた。貴様の夢を叶えんとするため、我も力を貸すとしよう』


 重く響くような声が脳の中に流れ込んできた。



『これは、指輪の礼だ。受け取るがいい!』


 グオオオオオォォォ!と、全身が震えあがるほどの雄叫びをあげた蒼龍アズールは、続いて大きな翼を広げて、飛翔する。


 これから何が始まるのかと身構えた、刹那。




 空間が、炎によって支配された。



 アズールの体を纏うようにして放たれた蒼き炎が噴火口内を包み込む。同時に、マグマの海が大きく揺れると、大きなマグマの柱が至る所から噴きでてくる。


 まるでそれは、紅と蒼の炎が交わる幻想的な世界。


 噴きでるマグマの柱に纏わる蒼炎が、蛇のようにうねり動く。噴火口内をアズールが飛ぶと、釣られて蒼炎も形を変える。常に姿形を変える変幻自在の蒼炎の舞台に、僕は意識を支配されてしまう。


「綺麗、だね。ユアン君」


「……はい。とっても」


 祭壇へと登ってきたクレアさんと、言葉を交わした。


 僕やクレアさん、アイーダさんに、ゾルグさんも。階段を登ってきたみんなが、蒼炎に包まれた世界をただ静かに眺めていた。


 龍の雄叫びと共に、蒼き炎が再び形を変える。ぐるりと円を描くように回りはじめ、やがてハッキリとした形になる。



 これは……指輪?



「蒼炎の、指輪」


 アイーダさんが声を漏らす。


「蒼龍アズールが生み出した炎が指輪を象る。これが、ドワーフの里で言い伝えられる絶景の全てだよ」


「そういう、ことだったんですね」


 僕は視線は変えずに、言葉だけを返した。


 蒼炎の指輪とは、二重の意味をもっていたということだ。一つは当然、指輪そのもののこと。そしてもう一つが、アズールの生み出す景色そのものというわけか。



「少年、君が私にも来て欲しいと言った理由が、ようやくわかったよ」


 続いて、ゾルグさんが口を開く。


「素晴らしい景色だ。感謝と共に非礼を詫びさせてもらおう、蒼龍アズールよ。私は、大きな過ちを犯してしまった」


 それは、アズールを倒し、指輪を奪ったことへの贖罪のためか。ゾルグさんは絶景を前に片膝をつき、祈るように瞳を閉じた。



 それに対して、飛翔するアズールは、それに沈黙をもって応る。



 アズールだけじゃない。この場にいる誰もが、過去を振り返ることはないだろう。人間とドワーフの和解は簡単でないものの、平和への道へ、確実に一歩踏み出したのだ。


 人と亜人、そして魔女。


 種族を超えてともに肩を並べて景色を堪能する。その姿こそが、僕の夢見ていたものだ。



 それから……どれほど時が過ぎただろう。



 蒼龍アズールが舞い降り、幻想が終わりを迎えんとした。その時、クレアさんが言う。


「ユアン君。写し絵、忘れないようにね」


 もちろん、忘れてなどいなかった。あの幻想的な景色が脳裏に焼き付いている今のうちにと、僕はリュックから1枚の紙を取りだした。両手でしっかりとそれを持つと、僕は瞳を閉じた。



 マグマの柱と、蒼き炎。二つが綺麗に交差して織り成す幻想的な空間。飛翔する蒼龍の下には、透き通るような蒼い炎が指輪を象っていて。


 その光景を深く念じ、紙に魔力を込める。


 手から力が流れるように紙へと魔力が集まっていく感覚。


 僕は瞳を開けて、手元に目を落とした。


「……できた」


 僕の手には一枚の紙。紅と蒼に彩られた『写し絵』がある。


 ……タイトルは、もう決まっていた。



「『蒼炎の指輪』の写し絵、完成です!」








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