人と亜人、そして魔女

 


 アイーダさんと水浴びをしたその後。疲れの溜まっていた僕はコーダさんの家で一泊することとなった。どこに行ってたのかとクレアさんに問いただされたり、それぞれの寝床について決めるにあたってアイーダさんが僕と同じベッドで寝ると言い出したりと一悶着あったりして。


 ぐっすり眠っていた僕が起床したのは昼頃となった。



「おはよう、ユアン君。ちゃんと休めた?」


 熟睡出来たおかげか、目覚めは良く。ベッドから起き上がると、既に出かける準備を整えていたのであろう、黒いローブを纏ったクレアさんが僕の元へと駆け寄ってきた。周りには、コーダさん一家の姿はない。


「えぇ、疲れもすっかり取れましたよ」


「ふわふわで気持ち良かったよね〜。思わず2度寝しそうになっちゃったよ、私」


「クレアさん、2度寝どころか3度寝、4度寝しそうですもんね」


「むー、私はそんなに寝坊助じゃあないよ!」



 そんな他愛のない会話を交えつつ、僕も旅の支度を整え始める。


 今日は、里の近くの火山へ、『蒼炎の指輪』と呼ばれるものを見に行く日だ。アイーダさんとの約束を守るためにも、今はとにかく写し絵を集めることが大切だろう。一体、『蒼炎の指輪』とは何のことなんだろうか。まだ見ぬ絶景に心が躍る。



 そして、一通り準備を整え終えた僕は、クレアさんとともに外へと出た。


「よう、クレアにユアン。準備はもういいのか?」


 外で待っていたのはアイーダさん。火山への案内は彼女がすることになったようだ。


「もちろん、大丈夫だよー!クロちゃんはお家でお留守番だけど」


「ま、仕方ねぇな。猫を連れていく訳にはいかねぇし」


「いやぁ、それにしても初めて会った時はあんなにちっちゃかったアイーダちゃんに案内してもらうことになるなんて、何だか私感慨深いな!」


「100年も経ったらそりゃあアタシもドワーフとして一人前さ。火山の案内なんて、楽勝だぜ?心身ともに成長したから、な?」


 アイーダさんが、ちらりと横目で僕の方を見る。そして、胸元を強調させるように腕で胸を持ち上げて、ニヤリと笑う。


 昨日の一件(主に裸体を見てしまったこと)もあり、まともに目を合わせられない。綺麗なアイーダさんの裸姿を思い出してしまって、恥ずかしくなる。元々アイーダさんが着ている服が露出の多いもののため、尚更意識してしまうのも無理もないのではなかろうか。うん、そうに決まってる。


「……むぅ。昨日は特に何もしてないなんて言ってたけど、やっぱり何かあったんじゃないかユアン君!!」


 アイーダさんと僕の顔を交互に見て、何かを察したようにクレアさんが叫ぶ。


「いやぁ、何も無かったぜ、クレア。ただちょっと━━━二人だけの秘密の時間を、な?ユアン」


 ……こちらに目配せされても困るのだが。意味深な言い方をするアイーダさんの言葉に、クレアさんが何も言わないはずもなく。


「ちょっと、二人だけの秘密なんてずるいよ!ユアン君は私の大切な友達なんだから!」


「ははっ、アタシとユアンはもう裸の付き合いをするぐらいに親交を深めちまったぜ?このままいけば、友達以上の関係にも……?」


「はっ、裸の付き合い!?ほんとに一体、昨日何してたのさー!!」


 クレアさんの叫びが里中に木霊する。


 これから絶景を見に行くというのに、出発前からこの大騒ぎ。これからの道のりに不安が募る中、僕達はアイーダさんを先頭にして、火山への道を進み始めることとなった。


 ☆☆☆


「そういえばクレアさん。結局、『蒼炎の指輪』ってなんのことなんですか?」


 場所は変わり、里を出て少し歩いた先にある、険しい火山道を僕達は進んでいた。大きさのまばらな岩石がいたるところに散らばっているため、それらを上手く避けながら歩き続けるのはなかなかの労力で。

 息が絶えたえになりつつも、僕は昨日から聞こうと思っていた質問をクレアさんに投げかけた。


「……ユアン君は昨日のこと何も教えてくれないのに、私に質問するんだね」


 ……僕がアイーダさんとの一件について何も話さなかったことをまだ根に持っているみたいだ。僕としては早いこと忘れていただきたいものである。


「『蒼炎の指輪』はその名前の通り、指輪だよ。大きさも私たちの指にすっぽりはまるくらい」


 渋々といった感じで、口を尖らせながらクレアさんは答える。


「その指輪っていうのが絶景なんです?」


「指輪自体も綺麗なんだけど、私たちがこれから見に行くのは、『蒼炎の指輪』が捧げられている祭壇のある噴火口、だね」


 クレアさんは言葉を続ける。


「元々『蒼炎の指輪』はとある王国貴族が所有していたお宝でね。特に何も魔法的価値のない、高価なお宝と思われてたんだけどね」


「その指輪には、特別な力が宿っていた」


 案内役として先陣を切って歩いていたアイーダさんが、補足するように会話へと加わった。


「幻獣種とも呼ばれる幻の龍。蒼龍アズールが封印されてたんだ。どう言った経緯でそんな指輪がドワーフの里へと持ち寄られたのかはアタシも知らないけど」


「実はこの火山、元々休火山だったんだよ!マグマもほとんどマグマ溜まりからでてこなくて、火山としての機能を失ってるんじゃないかなんて言われてたはずなんだけど、『蒼炎の指輪』がこの地に運ばれてからはご覧の通り!すっかり活火山に戻ったんだって!」


 それはすごいなぁ、と話を聞いて僕は感嘆の声を漏らす。


 蒼龍アズール、かぁ。


 龍。つまりドラゴンといえば特別警戒種に認定されてて、災厄級の力を持っていると父から聞いたことがある。そんな生き物が棲み付いてるという場所へ、僕達は向かっているというわけか。……楽しみな反面、少し怖くなってきた。



「それでね、ユアン君。蒼龍アズールは炎魔鉱石から魔力を吸収してるんだけど。噴火口では、そのアズールが生み出す蒼い炎がマグマと混ざりあって、言葉にできない不思議な景色を醸し出すんだよね〜」


「なるほど。……でも、大丈夫なんですか?龍といえば気性が荒く、他の種族に敵対的だと聞いてます。素直にこのまま噴火口に近づいてもいいものなんでしょうか」


 険しい道を必死に進みながら、考える。クレアさんがいるから何も心配しなくてもいいのかもしれないが、万が一ということもある。


 しかし、そんな不安をかっとばすように、アイーダさんが豪快に笑った。


「はっは!心配ないよ。もしアズールが敵対的だったら、里に住んでるアタシたちが無事じゃないさ。こうしてアタシらが生きてるのが、安全な証拠だろう?」


 言われてみれば確かにその通りで。無駄に考え過ぎてしまってたかもしれない。

 長年この地帯に住んでいるアイーダさんと、なんでも出来ちゃう魔女のクレアさんがいるんだから特に僕が気にすることもないのかもしれない。



 そんなこんなで、僕が2人から説明を受けながら歩くこと1時間ほど。思うように歩けず時間はかかったものの、気がつけば火山の中腹辺りにまで差し掛かっていた。


 このまま山頂まで行くのかなぁ。既に足が棒のようになってきているのだけれど。

だが、ここからが本番だな、と気を引き締めようとしていたところで、アイーダさんから声がかかった。


「さ、こっからは洞窟を進んでいくぜ。前に村の男たちが指輪のある祭壇まで簡単に行けるよう頑張って掘ったんだって親父から聞いてたんだ」


 険しい山道さえ超えればあとは楽だぜ、と。疲れた様子の僕を安心させるように話すアイーダさんは、それじゃあ早速と今度は洞窟の中へと足を進めてく。


 その後ろ姿をみて、クレアさんは感心したように呟く。



「へぇ〜!こんな便利な道があるなんて知らなかったなぁ!」


「クレアさんは以前はどうやってその祭壇まで行ってたんです?」


 1度水分補給をとろうと、水筒の蓋を開けながら僕は尋ねた。頂上から飛び降りたりでもしたのだろうか、なんて思ったり。


「うーん、たしか前に来た時は、このまま山頂まで行って、噴火口まで飛び降りたかなぁ。もう、噴煙が凄くってね!黒焦げになるかと思ったよ!しかも、祭壇の周りは当然マグマでいっぱいだから、体がドロドロに溶けちゃうかな〜なんて笑ってたような……」


 クレアさんの性格はある程度知っていたからもしかしてと思ったが、まさか本当に山頂から飛び降りてたとは。特に驚きもしないけど。


 そういえば、クレアさんの言ってた通り誰かの手でこの火山に指輪が捧げられたということは、そのための祭壇も作らないといけないというわけで。一体どんな人がマグマの煮えたぎる噴火口なんかで作業をしていたんだろう。


 なんてことを考えながら、水分補給を終えた僕はアイーダさんの後を追うために進み始めようとした、その時だった。


 タッタッタッ!と地面を蹴る音が洞窟の方から響いてきた。アイーダさんが走って帰ってきたのだ。どうしたのだと問いかけると、彼女は微かに眉をひそめ、真剣な目つきで僕とクレアさんを見て言った。


「……中のマグマが冷えて固まってるんだ」


「え、それは一体、どういう……」


 言葉の意味がわからなくて、僕は首を傾げた。


「火山としての命が失われつつある、ってことだよユアン君」


「あぁ、その通りだよクレア。前にも1度あったんだ、里の子供が興味本位で指輪を火山から持ち帰ろうとした時にも同じようにマグマが冷えて固まっていったんだ。すぐに蒼龍アズールが現れて、それに気づいた大人たちがすぐさま子供に注意して、事なきを得たんだけどさ」


 それは、つまり。


「つまり、誰かが指輪を盗んだ、ってことですか!?」


「あぁ。しかも、すぐ元に戻らないということは、指輪を守っているアズールにも何かがあったということだ!」


 急がなきゃまずい、とすぐさまアイーダさんが再び洞窟へと駆け出した。


「私たちも行こう、ユアン君!」


 もちろんです、と僕は頷き、走り出した。




 何か、不吉なことが起きるのではないのか。そんな気がして仕方がなかった。

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