ドワーフの里にて(3)
大人数での食事は、苦手だ。
母は僕が生まれて間もなくして他界。父は王国の騎士団に務めているため滅多に家に帰ってこない。兄弟もいない僕は祖父母の家で暮らしていたが、いつも食事は一人だった。苦手な理由はそれだ。
クレアさんと出会ってからは誰かと共に食事をとる機会は増えていったものの、出会ったばかりの人達に囲まれての食事となるとどうにも落ち着かない。静かな食卓が、僕の日常だったから。
「……食欲がない?ユアン君」
器に盛られたシチューに手をつけていなかったからか、見かねたクレアさんから声がかかった。
「いえ、そういうわけムグッ!」
言葉を返そうと口を開けた瞬間、熱々のパンがクレアさんの手によって無理やり口にねじ込まれた。
「それならいっぱい食べて英気を養わなきゃ!明日にはもう出発するんだからね!」
「ぐむっ……そ、それもそうですね」
シチューに浸されていたパンは柔らかく食べやすく、1度口にしてしまえば食事はスムーズに進んでいった。各々が食事を楽しむ中で、話を切り出したのはコーダさんだった。
「それで、たしか『蒼炎の指輪』と王国兵のことじゃったかのう」
「そうですそうです。指輪の方は私からユアン君に説明しておきますので大丈夫です。それよりもコーダさん、王国兵がどうしたんですか?」
その話には僕も興味があったため、パンを頬張りながらも、耳をクレアさんたちの会話に向ける。
「近頃、やけに多くの王国兵たちが里を出入りしていてのう。大量の武器の製造を依頼されておるんじゃ」
「依頼なんてもんじゃないさ。あれはもはや脅迫だよ
」
レーダさんが会話に続く。
「あいつら、『この里を魔族共から守ってやってるんだから俺たちのために働け』だなんて言うんだ。そんなこと頼んだこともないし、頼むつもりもないって言うのにねぇ」
身勝手な奴らだよ、とレーダさんは悪態をつく。常に笑顔を絶やさないクレアさんも、この時ばかりは真剣味の帯びた顔で話を聞いていた。
「じゃが、逆らうと人間との争いに発展しかねん。私たちは誰も争いなど望んでおらん。じゃから今のところは大人しく従っておる」
「それで、里の皆さんの活気がなかったわけですね」
「うむ。それと、火山の方へと向かう王国兵を見たという者もおる。もし『蒼炎の指輪』を見に行く場合は気をつけた方がいいじゃろう。もしも、王国の者にに魔女が里にいると知られた時には……」
「はい、それはもちろん承知してますよ!こそーっとよって写し絵にするだけなんで、時間もとりませんから問題なしです!」
食事の最中、クレアさんたちの会話は続く。意識して耳を傾けていたつもりなのだが……そんなことよりも気になることが。
「ふぉのうふしえってのはなんなんふぁよくれあ!」
ガツガツガツガツ!と。息付く暇も無く、とにかく食べ物を口の中へと放り込んでいくのはアイーダさん。とても気品のある食べ方とは言えないだろう。彼女の器には幾度もシチューが盛られては飲み込み盛られては飲み飲み。パンをシチューに浸すことすらせずそのまま齧り付く始末だ。
嵐のような人、という印象も、あながち間違いではなかったかもしれない。
「写し絵はユアン君の使う不思議な魔法だよ!言葉で説明するより実際に見てもらった方が早いと思うんだけれど……ユアン君、どう?」
僕が食事を完食したところで、クレアさんから視線が投げられる。たしかに、写し絵に関しては実際に見てもらった方が話は早い。僕は椅子の下からリュックを取り出すと、1枚の紙をアイーダさんに手渡した。
「この紙がなに━━━━━━━」
アイーダさんの目が大きく見開かれた。
渡したのは、雲海での一コマ。夕日に照らされた雲海と、その中を泳ぐ白いクジラ。この世のものとは思えないような絶景を、1枚の紙に『写した』絵。
その雲海の写し絵は、僕とクレアさんの旅の証だ。
「どう、ですか?」
開いた口が塞がらないといった様子のアイーダさんに、恐る恐る尋ねる。
「………………綺麗」
その声は今までのような荒々しいものではなかった。
思わずこぼれてしまったような、感嘆の声は細々と。しかし僕の耳にははっきりと聞こえていた。
「これはまぁ、驚いたのう」
「美しい景色だねぇ。雲海、というのかい?言葉としては聞いたことがあるが、こうして目にするのは初めてだ」
次いでコーダさん、レーダさんが写し絵をみて言葉を漏らす。
感動してくれているのだろうか。……僕の写し絵で?にわかには信じられなかった。
「ねっ。君の力は、誰かのためになったでしょ?」
時を同じくして食事を終えたクレアさんが、僕の耳元で囁く。アイーダさんたちはしばらくの間、写し絵を静かに眺めていた。その姿がとても嬉しくて、目頭が熱くなる。
心のどこかで不安だった。僕の夢はあまりにも無謀で、写し絵なんて誰も見てくれないんじゃないかという不安。
でも、写し絵を見るアイーダさん達の姿を目にすると、夢に少しだけど近づけたような気がした。
…………でも、やっぱり。不安はそう簡単に拭えそうにもない。
「いやはや、いいものを見せてもらったのう。世界にはこんなにも美しい場所があるんじゃな」
コーダさんから写し絵を返してもらう。シワの寄った満面の笑みに、僕も笑顔を返した。
「この写し絵の力で、僕は戦争を止めたいんです。みんなに、世界中の絶景を見てもらいたいんです。だから、クレアさんに手伝ってもらって、旅をしてるんです」
「そうかそうか。それならワシらドワーフの一族も力を貸そう。明日にでも『蒼炎の指輪』の元へと案内するのでな、今日のところはゆっくりと休みなされ。長旅でお疲れじゃろう」
話はそこで終わった。レーダさんは食事の片付けに入り、コーダさんは家の外へと足を運んだ。
クレアさんは「私も手伝いますよ!」なんて言ってレーダさんの元へと向かったので。この場に残ったのは僕と、アイーダさんの2人だった。
「…………」
「…………」
人が減ったからか、沈黙が続く。写し絵を見てからアイーダさんの様子が少しおかしいこともあり、何か話題でも振った方が良いものなのかとも考えた。しかし、クレアさん以外とまともに会話をしたことのなかった僕は、どう話を切り出すか悩んでいる。すると、
「……なぁ、ユアン」
少しして、沈黙を破ったのはアイーダさんだった。
「は、はい。なんでしょうアイーダさん?
「そんなかしこまった喋り方しなくても……砕けた感じでいいぜ。名前もアイーダって、呼び捨てでいい」
「わ、わかりました。アイーダ………………さん」
砕けた感じ、というのがよく分からないものの、人の名前を呼び捨てにするのは、どうにも慣れなくて違和感が残る。
何も変わってねぇじゃねぇか、と呟いたアイーダさんに、僕は何も言い返せなかった。
「まぁ無理にそうしろとは言わねぇからさ。それより、ちょっと頼みがあんだけど」
「頼み、ですか?」
「おう。さっきのウツシエ?ってやつ。すげー綺麗だった。ほら、ここって火山地帯だから夜には火山灰がのぼってて空なんてまともに見えやしねぇしよ。代わり映えのない毎日だったからさ、さっきの絵を見たとき……感動したんだ」
拳をぎゅっと握りしめたアイーダさんは、そのまま家の外へと出ると、空を見上げた。僕もその横にたって空を見上げた。たしかに、空は灰色に包まれていて、星空は見えない。
「だから、ちょっとしたお礼がしたいってわけだ。アンタを連れていきたい場所があるんだけど、な、いいだろ?」
顔をほころばし、手を差し出したアイーダ。僕は思わず、その手をマジマジと見た。クレアさんとは全く違う。こんがりと焼けたような色の手は、触ると少しゴツゴツしていて堅い。僕のよりも一回り大きいその手をとると、グッと勢いよく引っ張られた。
「うわっ!」
「ははっ、軽いねぇユアン。男はちゃんと鍛えなきゃダメだゼ?」
間抜けな声を上げてしまったことを恥ずかしがる暇もなく。肩に僕を担いだアイーダさんは軽々しく地面を蹴り、家々を飛んで周り、あっという間に里の外まで僕は連れ出されたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます