ドワーフの里にて(2)

 子供のドワーフに導かれるまま歩く道すがら、100年前の情報だけどという前置きのもと、クレアさんからドワーフについての説明を受けた。


 掻い摘んで言うと以下の通り。


 元々ドワーフ族は鍛治職人の多い種族である。溶岩洞にて大量に採掘される炎魔鉱石と呼ばれる鉱物を主として、鉄鉱石のような製鉄原料から、ルビーなどといった宝石まで。様々な鉱物を用いて加工された武具防具、アクセサリーといったものを魔族、人間達に提供することで生計を立てていたとのことだった。


 もっとも、戦争の真っ最中である今もその通りであるとは到底思えないというのも彼女の弁である。



「ここがドワーフの里ラリ。戦争中だからみんなピリピリしてるけど、そこは勘弁してほしいラリ」


 クレアさんから説明を受けたのもつかの間。何も無くただただ長いだけの火山道を抜けると、生活感の漂うひらけた場所へと辿り着いた。


 長く歩くのは久しいこともあり、年甲斐もなく息を切らせてしまったのは、日頃の運動不足が原因か。一方で100年以上生きてきて、しかも森の中で永いこと過ごしていたはずのクレアさんは、悠然とした様子で村を見回している。


「たしかに、みんなどこか元気がないというか、全体的に活気がないようなぁ……」


「おまえ達はここに来たことがあるラリ?」


「だーいぶ前にね?流石に100年も経てば懐かしさが込み上げてくるものだね〜」


 疲れきった僕は会話には混じらず、2人の声を聞きながら体の調子を整えていると。来客に気づいたドワーフ達が僕らの元へと集まってきていた。


「おぉ!間違いない、クレアじゃねぇか!」


 最初に声を上げたのは、大きな顎髭を蓄えた巨躯な男。続いて他のドワーフからも声をかけられていく。そんなクレアさんの姿はまるで生まれ故郷にでも帰ってきているようだった。


 どこか活気のなかった里が、クレアさんの登場で明るくなっていく。それが嬉しいのか笑顔を見せるクレアさんを見て、僕はなんとも言えない疎外感を感じてしまって。でも、そんな僕に気づいたクレアさんは、すぐさま僕の元へと駆け寄ってきた。



「この子は私の大事な友達であり、共に旅をする仲間でもあるユアン君です!みんなも仲良くしてあげてくださいね!」


 クレアさんに手を引かれるまま、ドワーフ達の輪の中へと連れていかれる。

 ドワーフの人達は男も女も関係なく体格が大きくて(女性も立派な髭を生やしているせいか、顔や髪型以外で男と女を見分けるのが困難なくらいだ)、とても暑苦しく。充満する汗の匂いに僕は僅かに顔を顰めた。


「ん?おぉ、人間の子供か。ユアン君ってことは男の子みてぇだが……可愛い顔してんじゃねぇかお前さん!」


「あら、たしかに言われてみればそうね。お肌もツルツルで、お人形みたいね」


 黒髪を豪快にわしゃわしゃと撫でられ、つんつんと頬を触られ、しまいには肩車をさせられたりと。疎外感なんてどこへ行ったのやら、クレアさんの言っていた通り、子供の人間である僕はドワーフたちから熱烈な歓迎(洗礼の方が正しいと思う)を受けることとなったのであった。




「うぅ……また一段と疲れが溜まったような……」


「大人気だったね、ユアン君」


 ドワーフ達により歓迎も終わり、そのままの流れで僕達は里の長が住まう家に訪れていた。


「これがドワーフの里へと訪れた人間への洗礼というものなんでしょうか」


「洗礼というより歓迎じゃないかな?」


「クレアさんの目にはそう見えていたかもしれませんが、もみくちゃにされて僕はもうヘトヘトですよ……」


 乱れた髪や衣服を整えながら言葉を交じわすと、家の中へと足を踏み入れる。


 巨大な岩石をくり抜いたような家の中は、人間の住む家とは大きく違っていた。高熱地帯にある家なのだから当然といえば当然なのだが、1番の違いはなんと言っても、部屋が小分けにされておらず、ひとつの大きな部屋が家という形になっているというところだろうか。


「ふぉっふぉっ、これは懐かしい顔じゃのう。100年振りかのう、クレアや」


「お久しぶりですコーダさん!相変わらずお元気なようで何よりです!」


 座り心地の悪そうな岩の椅子に腰をかけたそのドワーフはコーダさんというそうで、なんと300年も生きているとのことだ。



「はじめまして。ユアンといいます」


「ふぉっふぉっ、そなたがクレアの友人か。ふむ……紅と蒼のオッドアイとは、なんとも珍しい……」


 鼻がぶつかるほど近づいてまじまじと僕の顔を観察したコーダさんは、シワを刻んだ顔をやんわりと和らげた。


「クレアや。そなたがここに来た理由も、この男が関係しとるな?」


「そうです、その通りなのです!訳あって私たちは世界中の絶景を見るために旅をしてるんです。もしよければ、『蒼炎の指輪』を見に行かせてほしいんですけど、どうですかね?」


 クレアさんからの頼みに、コーダさんは唸る。


「うーむ、そうじゃのう。恩人でもあるお前さんの頼みとなれば断るわけにもいかんが……ちと問題もあってな」


「もしかして、王国兵が関係してますか?」


 そこで、僕は口を挟んだ。里へと来る前に子供のドワーフが言っていた『王国兵』という言葉が、どうにも引っかかっていたからだ。


 もしやと思い聞いてみたのだが、僕の予想は的中していたようで。


「その通り。……まぁひとまず、じゃ。お互い積もる話もあるじゃろう。夜飯を共にしながらゆっくりと語り合うのもよいじゃろうて」


 キッチンの方からほのかに料理の香りが漂ってきて鼻腔をくすぐる。そこでようやく、自分が空腹であることに気がつく。心身ともに疲労してたこともあり全く気に止めてなかったが、そういえば最後に何かを口にしたのは、クレアさんと旅に出る前だったような気もする。


 僕達もいただいていいんですか?と尋ねると、コーダさんは快く頷いた。


「いいんじゃよ。元よりワシの妻は料理を多くつくる癖があるからのう。それも、育ち盛りの娘がおるからなのじゃが……っと、ちょうど帰ってきたみたいじゃ」


「娘さんがい━━━━━━」


「帰ったぞ親父ィ!クレアが人間の子供を連れてきたってほんとかァ!?」


 いるんですか?と聞こうとしたが、そんな僕の声は、颯爽と家へと入ってきた女性の声でかき消された。


「うむ。ほれ、ちょうどそこに」


「おぉ!あんたがえーと、ユアンだっけか?アタシはアイーダ!よろしくな!」


 男勝りな豪快さと腕力で握手のついでに腕をブンブンと振ると、今度はクレアさんの方へと駆け寄っていった。


 まるで嵐のような人だな、というのが正直な感想だ。


 見上げるほど高身長で、引き締まった筋肉。首元までバッサリと刈られた、夕焼け色のギザギザな髪が特徴的な女性だった。


 ただ、村の入口で出会った女のドワーフとは違っていて……なんと言えばいいのだろうか。上手く言葉にできないが、人間により近い容姿だと思う。



「アイーダちゃんもお久しぶりだね!」


「クレアも変わらずだな!今日は何しに来たんだ?」


「『蒼炎の指輪』の写し絵を作るために来たんですよー!せっかくだし、案内してもらおうかと思って」


 写し絵?と聞き覚えのないだろう単語に反応するアイーダさん。だが、彼女たちの話はテーブルに運ばれた大きな鍋が、ドン!と音を立てて置かれたことで中断された。


 グツグツと煮込まれたホワイトシチューは、色とりどりの野菜で彩られていて、食欲そそる匂いと相まって、僕のお腹がぐーっと鳴った。


「アイーダはさっさと手を洗ってきな。お客さん方は席について待っておいてくださいな。すぐにご飯にしますからね」


 コーダさんの妻レーダさんに言われた通り食卓に着く。



 写し絵の旅1日目の締めくくりは、ドワーフ族との食事だ。






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