蒼炎の指輪

ドワーフの里にて(1)

 雲海での夢のような時間はあっという間に過ぎ去って行ったが、旅はまだ始まったばかりだ。



 日が沈み、地上は夜の帳が落ちていた。暗闇に溶け込むような黒猫の背に乗り空を旅する僕達は、次の目的地へと進んでいる。


「ドワーフの里、ですか?」


「うん。体が溶けてしまいそうなくらいの高熱地帯……火山の麓にある小さな里だね」


 ドワーフと聞いて思い浮かべるのは、全身毛むくじゃらの小人。というのも、幼い頃に読んだ絵本に出てきた者をそのままイメージしているだけで、実際にそうだとは限らないが。


「昔からの知り合いがそこにいてね、火山の案内を頼もうと思ってるんだ」


「僕はてっきり、クレアさんが案内してくださるものだと思ってましたよ」


「それでもいいんだけどね。せっかくだし、現地の人たちに案内してもらう方が楽しいに決まってるよ!それにユアン君、ドワーフに興味があるんじゃない?」


「……まぁ、それなりには」


 あやふやな返事になったのも、僕のドワーフへの勝手な印象が邪魔したからだ。


 昔読んだ絵本では、ドワーフはとにかく野蛮で不躾な種族として描かれていたのである。というのも、絵本などの創作物を始めとして、人間たちの中では亜人種を敵視する風潮があるのだ。クレアさんもその例としてあるだろう。


 人の形をしていても、魔族の血を継いでいれば人類の敵だと。僕自身も父から何度も言い聞かせられてきていた。


 偏見は良くないことは子供の僕にだってわかる。わかるのだけれども……心の底からちらりと顔を覗かせる不安という感情は、どうやっても拭えそうにもない。


「もしかして、ドワーフが怖い?」


 顔を上げると紅い双眸と視線が会う。その瞳は、僕の心を読み取っているように感ぜられた。


「む……そんなことありませんよ。ただ、その……」


「その、何?」


 一瞬の迷い。だが、僕は言葉を続けた。


「……人間のことが、嫌いなんじゃないかな、って」


「あー……なるほどなるほど」


 果たして人間である僕が果たして歓迎されるのだろうか。人間と亜人種の関係についてはあまり知らないものの、人間側が相手を毛嫌っている以上、穏便にいってないことぐらいは容易に想像が着く。


「うーん、それは大丈夫じゃないかなぁ」


 そんな心配をよそに、クレアさんは気楽な調子で答えた。


「むしろユアン君なら歓迎されるかもね」


「僕が?何故です?」


「ふふっ、ドワーフ達はね、可愛い人間が大好きなのさ。とりわけ子供となると尚更、ね?」


「む……僕が子供であることは特に否定しませんよ、実際15歳ですし。ただ、可愛いというのは納得できませんね。僕は男なんですよ!」


「そんなこと言っても、ねぇ?ユアン君は元々中性的な顔立ちをしてるし、ドワーフ達から鍾愛の的になっちゃうだろうねぇ。御粧しでもしていった方がいいかもだよ?」


「じょ、冗談はやめてください!」


 僕の必死の抗議に気もとめず、からかい気味に笑うクレアさんはとても楽しそうだ。

 これ以上話を続けても彼女のペースにのせられるだけだろう。そう思った僕はクレアさんに背を向けて、外の景色に意識を移した。



 随分と、遠くまで来たなぁ。



 心の中で呟く。

 徐々に気温が上がってきていて、額の汗を腕で拭うと、既に僕達は火山地帯までやって来ていたということを実感した。


 クレアさんからの説明によると、この火山地帯は人間領の端も端。すぐ近くは魔族領となっているため人間達にとってもドワーフの里は無視できない存在となっている。


 詳しい事情は里に着いてから、とのことなので、これ以上の情報はわからないまま。僕とクレアさんを乗せた黒猫のクロは、煮えたぎる溶岩に支配された土地、ドワーフの里へとたどり着くのだった。



「こ、これは……暑いというより、熱い……!」


 夏の陽射しとはまた違う、全身がこんがりと焼けてしまいそうな程の『熱さ』。肌寒い空の旅ではとても頼りになったクロのふかふかな毛も、この場所においては蒸し風呂のような地獄だ。



「いやぁ、ここは本当に熱いね!ほら、ユアン君にも魔女様の魔法をかけてしんぜよ〜」


「お、お願いします……うぅ、蒸し料理にでもなった気分です……」


「意味のわかりにくい例え方をするんだね、ユアン君」


 クレアさんの杖から放たれた青い鱗粉のようなものが僕とクロの体を包み込むと、冷気が体を包み込んだ。ようやく灼熱地獄から開放されて、ほっと安堵の息を漏らすと、続いてクロも嬉しそうに尻尾をユラユラと振っていた。


「冷却魔法だよ。二つの層に別れてて、外側が熱を防いで、内側が体を冷やしてくれる。細かい温度調節が必要な時は私に言ってね」


 了解です、と僕が軽く返事をすると、クレアさんは杖を得意げにクルクルと回して腰に携えると、溶岩が横を流れる細道を歩き始めた。熱風に揺れる黒いローブを追うように、僕も後に続く。


「それにしても、ドワーフの姿が見えませんね」


 既に里には入ったとの事だが、まだドワーフの居住地ではないのか、辺りに生き物の気配はない。


「うーん……警戒されてる?ほーら、私ですよ!黒いローブにとんがり帽子!紅い双眸が特徴のクレアさんですよー!」



 クレアさんも不審に思ったのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねて存在を主張しながらも声を張り上げた。

 しかし、声はどこからも帰ってこない。


「うー。おかしいなぁ……あれ?」


 ぴょこっ、と。


 巨大な噴石の影から顔を覗かせる黒い影を僕とクレアさんは同時に捉えた。暗くて姿が見えにくいが、肌が見えないほど全身毛むくじゃらで、黄色い瞳が真っ直ぐに僕達のことを捉えている。その姿は様子見、というより警戒に近いか。



「お、おまえ達、何者ラリ?」


「……ラリ?」


 恐る恐ると絞り出された声は、目の前のドワーフが怯えていることを決定づけた。


 だが、僕が気になったのはその語尾。


「変わった話し方でしょ?子供のドワーフはついつい『ラリ』ってつけちゃうんだって」


 不思議に思っていた僕の耳元でクレアさんが補足説明。子供のドワーフはなんというか絵本に描かれていた通りの……毛の塊のような生き物だった。


「こんにちは。私は魔女のクレアだよ?それで、こっちは人間の」


「ユアンです。クレアさんと一緒に世界を旅してるんです」


 促されるまま、自己紹介。


「もしよければ、村の人たちがいるところまで案内してくれないかな?」


 ドワーフの警戒を解こうとしてか、優しげな笑みを浮かべて徐々に歩み寄るクレアさん。


 対してドワーフの子供はクレアさんと僕のことを交互に見て、一言。


「……王国兵ではないみたいだから着いてきてもいいラリ」


 王国兵?と疑問が浮かび上がったところで、ドワーフの子供から了承を得た僕達は、噴石の上を軽やかに飛びながら移動する彼(多分男だろう)の後ろを着いていくこととなった。



 遥か上空の天界の海から続いて次の目的地は、ドワーフたちの暮らす里。マグマの煮えたぎる火山地帯の冒険が、ここから始まるのだった。

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