第101話 フライングディスク


 ピースケがワンコ用遊具を見事に完全制覇したのは――ジャンプバーはちょっとアレだったが――かなり時間も経った頃だった。


「これで無事に完全制覇だな」

「写真も動画もいっぱい撮れたし、余は満足じゃ」


「なんで急に殿様キャラなんだ?」

「んー、なんとなく?」


 春香がにへらーと笑った。


 今日の春香はいつにも増して楽しそうだ。

 春香の笑顔を見ていると、俺までいつになく楽しくなってくるよ。


「なんとなくは大事だよな。その時の素直な気分ってことなわけだし」

「えへへ、うん♪」


「それで、そろそろいい時間だけどどうする? だいぶ遊んだし、帰るか?」

「帰る前に、最後にフライングディスクしない?」


 言いながら、春香がリュックから一枚のプラスチックの円盤を取り出した。


 フライングディスクってのはアレだ。

 プラスチック製の軽い円盤を投げて、それをキャッチするというシンプルな遊びだ。


「フライングディスクか。実は受付の時にリュックの中にチラッと見えて、気になってたんだよな」

「こっそり覗き見なんて、もぅ、こーへいのえっち……」

「さすがにそれは濡れ衣だと思うな!?」


 そりゃあまぁ?

 途中の平均台とかで春香のスカートの中が見えそう、ゴクリ……とかはチラッと思ってしまったけども!

 ジャンプバーでスカートがフワッとしたらつい目で追っちゃったりしちゃったけども!


 女の子の身体に興味津々な、年頃の男子の悲しいサガが出ちゃったけども!


 だけどリュックの中については本当に、見えてしまっただけなんだぞ?


「あはは、冗談だってば。ムキになっちやって、こーへいはほんと可愛いんだから」

「なんだ、からかったのかよ。まったくもう……」


 春香は隙あらばイチャコラしてくるんだから。


「こーへいって、どう見られてるか結構気にしてるよね」

「そりゃ彼女にはよく見られたいだろ?」


「えへへ、わたしのために見栄っ張りしてくれるこーへい、大好き♪」

「お、おう……それで、実は俺、やるのって初めてなんだよな。やってるのを見たことは何度かあるんだけどさ」


「実際、フライングディスクってあんまりやる機会ないよねー」

「だよなぁ」


「かく言うわたしも、河川敷に誰もいない時に、ピースケと2,3回やったことがあるだけだし」

「ってことは、実質みんな初心者ってことか」

「だねー」


「ま、野球をやってた頃は毎日キャッチボールをしてたしな。ボールがフライングディスクになるだけと思えば、初めてでもそんなに難しくはないだろ」


 ……多分。

 知らんけど。


「じゃあこーへいの練習もかねて、最初は2人でやってみる?」

「オッケーおけまる」

「うわっ、超チャラい……」

「ごめん。ちょっとだけ、言ってみたかったんだ……」


 俺は似合わないことはするもんじゃないと、深く反省した。


「じゃあピースケはちょっとだけ見ててね。ステイ(待て)!」


 くーん……。

 フライングディスクで遊べると思ったのにまさかの『待て』されてしまったピースケが、悲しそうな目をしながら耳を垂れた。


 しょんぼりピースケにやや申し訳ない気持ちを抱きながらも、俺は春香から少し距離を取ると、


「いいぞー、投げてくれー」

 春香の方に向き直って右手を振った。


「じゃあ行くよ~! えいっ!」


 俺の準備が整ったことを確認した春香が、フライングディスクを投擲とうてきする。


 ベルヌーイの定理によって十分な揚力を得たフライングディスクは、ふわりとした独特の浮遊感を見る者に感じさせながら、俺の方に向かって滑空してくる。


 野球のボールともサッカーボールとも違った、フライングディスク独特の飛び方に落下点の目測を狂わせられながらも、俺はなんとか落下点に近いところに入り、あたふたと両手キャッチしようとして――。


 ダダダダダダッ!


 その瞬間、大地を駆ける音とともに、俺の視界の隅に何かが、にゅうっと入り込んできた――!

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