第100話 一体全体なにがそこまで……

「これは簡単でしょ。なにせフープバーを教えなくてもくぐれたんだし。ねー、ピースケ」


 ブンブンブンブン!(余裕余裕、って言ってそう)


「ジャンプで超えるだけだから、難しい要素が皆無だもんな。ピースケなら楽勝だろ」


 ブンブンブンブン!(任せとけ、って言ってそう)


「ピースケ、これはこうやるんだよ」


 ピースケの前で春香がピョンと、軽くバーを飛び越えて見せる。

 短いスカートがふわりと浮きあがって、スパッツに覆われた形のいいお尻が露わになった。


 俺は男の本能で思わず視線を向けてしまう。


 飛び越えた後に、ピースケの方を向いた春香が恥ずかしそうにスカートを抑えながら、上目づかいで俺を可愛くにらんでくる。


「見た?」

「……見えたんだ」


「もぅ、こーへいのえっち」

「いや、つい見ちゃっただけで、誓って故意はなかったんだぞ!?」


「だってー、ピースケ。ほんとかなぁ?」


 ブンブンブンブン!


 ピースケはそんなことは俺に聞くなと言わんばかりに、尻尾を激しく振ると、バーに向かってダダダダダッ! と猛然とダッシュ!

 勢いよくバーを飛び越え――ずにスルリとバーの下をくぐった。


「なんでやねん!」

 思わず関西風にツッコんでしまったよ。


「こらこらピースケ、これはジャンプで飛び越えるんだよ? もう一回やるからね? こうやって、こう」


 春香が見本を示すべく、もう一度ジャンプバーを飛び越えてみせる。

 今度はちゃんと両手でスカートの前後を抑えていたので、お尻があらわになることはなかった。


 べ、別に残念とか思っていないからな!

 本当だからな!


「ジャンプだからね、ジャンプ。分かった?」


 キャウン!


 ピースケが元気のいい返事をして、再び猛然とダッシュする!


 そして、やはりバーを飛び越えずに、バーの下をスルリとくぐった。


「うーん……?」

「ピースケ、そうじゃなくて、こうだよ、こう」


 春香がもう一度ジャンプバーを飛び越えてみせたが、ピースケはそれでもやっぱりバーの下を潜り抜けてしまった。


「……なんで?」

 天才ワンコから一転、急にダメワンコになってしまったピースケに、春香が首を傾げた。


「ジャンプバーに対して、なにか思うところでもあるのかな? ジャンプが嫌いとか?」

「でもフープバーはちゃんとジャンプして、輪っかの中を通ってたよね?」


「そうだよなぁ」

「うーん、飛んだり跳ねたりは好きなはずなんだけど、なんでだろ?」


「じゃあ今度は俺が見本を見せてみるか」

「仲良しのこーへいの言うことなら聞くかもねー。でもその場合、わたしちょっとショックなんだけど」


「まぁまぁ、それは今は置いといてさ。ほらピースケ、こうだぞ? ジャンプだ、ジャンプ」


 俺はピースケの意識を引きつけながら、ジャンプバーを軽やかに飛び越えた。

 しかしそのピースケは、やはりバーを飛び越えずに下をスルリとくぐり抜けてしまう。


 その後も、何度教えてもピースケはジャンプバーの下をくぐり続けたのだった。


「一体全体なにがそこまで、ピースケをバーの下へと行かせるんだろう?」

「謎だよねぇ」


 俺と春香は顔を見あわせた。


「もしかしたらジャンプバーの上には、人間には視認できないがワンコには察知できる、ワンコ専用の異世界への転移ゲートでも開いているとか?」

「ないとは言い切れないかも?」


 答えはピースケのみぞ知る。

 今後の分析が必要な一件だった。


「ま、楽しんでるみたいだからいいか」

「だねっ。ピースケが楽しむのがドッグランでの一番の目的なんだし」

「俺たちがどうこう強制させたら、それこそ本末転倒だもんな」


 結局、ピースケは何度もバーの下を潜り抜けて遊んでいた。


 ともあれ。

 こうしてピースケはそれはもう楽しそうにワンコ遊具を完全制覇――ジャンプバーだけはクリアできていないが、まぁ下を通るのもありっちゃありだろ?――したのだった。

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