第85話 彼女との放課後カラオケ、プライスレス

「2時間でいいよな? 帰ったら勉強しないとだし」

 まずはフロントで入室手続きをする。


「あんまり長い時間だと疲れちゃうもんね。はい半額クーポン」

「サンキュー」


 俺は春香の半額クーポンをカードリーダーで読み込むと、2時間2人で部屋を取った。


「215号室だってさ」

「部屋に行く前に飲み放題のドリンク入れていかない?」

「1回部屋に行ったら二度手間だもんな」


 俺たちはフロントを出てすぐ脇にある無料ドリンクコーナーに寄り道をする。


「わたしメロンソーダ。やっぱりカラオケのファーストドリンクはメロソだよねー」

「俺はコーラかな」


「あー! こーへいが空気読まないしー。アベックドリンクを拒否してくるしー」

「なんだよアベックドリンクって。そんな言葉、初めて聞いたっての。まったくしょうがないなぁ……」


 などと口では言いながら、なんとも幸せな気分でメロンソーダを注ぐ俺。

 世界トップクラスで健康に悪そうな緑色の液体が、今日に限っては心の健康飲料に見えた。


 俺たちはアベックメロンソーダを持つと、しばらく廊下を歩いて215と書かれた部屋に入った。

 いかにも安いカラオケボックスといった狭い室内で、俺は春香と隣り合わせにソファに座る。


「ねぇねぇ、先に入れてもいい? 歌いたい曲があるんだけど」

 すぐに春香がピタッと身体を寄せながら聞いてきた。


「もちろん。俺はその間にゆっくり選ばせてもらうな」

「じゃあY〇AS〇BI歌おーっと」


 言うが早いか、春香はデンモクをパッパと操作して流行りの曲を予約すると、マイクを持って歌い始めた。


「逃げたら1つ~、進めば2つ~、わたしとあなたの秘密の合言葉~♪」

 可愛い声で、アップテンポの曲をノリノリで歌い上げていく春香。


 すごいな。

 感情表現が豊かで、聞いているだけで俺まで楽しくなってくるよ。


「春香は歌もうまいんだな」

「えへっ、褒めてくれてありがと」


 間奏の合間に声をかけると、春香がにへら~と楽しそうに笑った。


「カラオケはよく来るのか?」

「ストレス発散に、よくテニス部の仲のいい友達と来てたんだよねー」


「テニス部はそんなにストレスがかかる部活だったのか。部長もしてたんだろ? 大変だったんだな」

「いやいや、そういう意味じゃないからね。うちのテニス部はノーストレスな神部活だったから」


「冗談だってば。テニス部の話をする時の春香は、いつもすごく楽しそうに話してくれるもんな」

「もぅ、こーへいってばぁ。すぐいじわる言うんだから」


 口ではそんな言葉を言いながらも、春香は甘えるように体重をかけてくる。

 それだけでなく、マイクを持っていない方の腕を抱きしめるように絡めてくると、指も絡めて恋人つなぎまでされてしまった。


 カラオケボックスは鍵もかかってないし外からも見えるから、完全個室ではないとはいえ、密室で身体を寄せ合って恋人繋ぎをすることに、俺はなんとも言えない幸福感を感じてしまう


 しかも学校帰りの放課後に制服ってのもポイントが高いよな。

 学校帰りや図書室でキスする、みたいに制服を着てこっそり恋人ごっこをするっていうのが、なんていうかこう、グッとくるん


 いいな、こういうの。

 おかげでテスト勉強の疲れが一瞬で吹き飛んだよ。


 たかが放課後カラオケ。

 されど放課後カラオケ。

 彼女との放課後カラオケ、プライスレス!


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