第86話 バカップル in カラオケ
「そうだ、せっかくだし初カラオケの記念に動画を撮ってもいいか?」
「あ、撮って撮ってー」
「了解」
「カッコ悪いとこ撮られたくないから立って歌うね。うんしょっと」
言うが早いか、春香は立ちあがって少し離れた場所へと移動した。
さらに前髪やら服の乱れやらをパパっと整え始める。
「そんなに気を使わなくても自然体でいいだろ?」
「だって映像で残っちゃうんだもん。可愛く映っていたいし」
『春香はいつでも世界で一番可愛いだろ』
などと歯の浮くようなセリフを言おうか言わまいか、言おうか言わまいか、言おうか言わまいかおおいに悩んでいるうちに。
間奏が終わって2番が始まり、春香が再び歌い始めた。
俺はスマホで春香のスタンディングカラオケをしっかりとフレームに収めて動画撮影をする。
歌いながらカメラ目線でピースをしたり、可愛いポーズを取る春香のあまりの可愛さに、思わずにやけてしまいそうになるのを抑えつつ、俺は選曲について思いを巡らせた。
さてと、何を歌おうかな。
ネタ曲で掴みを取るのも、最初の盛り上がりという意味ではなくはない。
なんでも初めが肝心だ。
だがしかしカップルとして来たからには、やはり流行りのラブソングが王道ではないだろうか?
春香だってキュンときちゃうラブいソングを期待しているんじゃないか?
期待されているとしたら、やっぱり応えたいよな……俺は春香のカレシなんだし。
いくつか候補を悩んだ末に俺は無難に、こいみょんの人気曲を入れた。
そこまで流行歌に明るいわけでもないので、あまり選択肢がなかったってのが正直なところだったりする。
同い年でも、男子と女子じゃ聞く曲も少し違うだろう。
知らない曲よりは知ってる曲の方が楽しめるはず。
そして、こいみょんなら俺たちの世代なら男女問わず知っているだろうし、今時JKの春香も当然知っているはずだった。
とりあえずまあこいみょん――『とりま、こいみょん』である。
ちょうど俺が曲を入れ終わったと同時に春香が歌い終わり、俺はパチパチと称賛の拍手を送った。
「どうだった?」
「間奏の時にも言ったけど、すごく上手だったよ。それに楽しそうに歌うから、聞いてるだけで勉強疲れが綺麗さっぱり吹っ飛んだ」
「ありがと♪ わたしも気持ちよく歌って、ストレスが吹き飛んじゃった」
「リフレッシュに来たかいがあったな」
「だねっ♪ ねぇねぇ、動画の方は上手く撮れてた?」
「そっちもばっちりだよ。可愛く撮れてたから、あとで送っておくな」
「ありがと♪ はい、こーへい」
春香は話しながら俺の隣に座り直すと、マイクを差し出してきた。
「サンキュー」
受けとる時に、指の先がわずかに触れ合う。
春香もそのことに気付いたのか、嬉しそうに、だけどちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
「えへへ」
「お、おう」
指先が触れ合っただけなのに、胸の奥がキュワっとなって妙にドキドキしてしまう。
もう抱き合ったり、大人キスで舌と舌を触れ合わせたりするような関係だっていうのに、指が触れ合うだけでこうもドキドキするなんて、人間ってのは不思議なもんだよな。
「あ、こーへいが照れてるしー」
そんな俺をからかうように、春香が俺のほっぺを人差し指でツンツンしてきた。
「春香だって照れてるだろ?」
「こーへいの方が照れてるもーん」
前にもやったバカップル丸出しのやり取りだが、何度もやっても新鮮で楽しいから困る。
「そんなことないから。春香の方が照れてるっての、照れ照れ春香だっての」
言いながら、俺も仕返しとばかりに春香のほっぺをツンツンする。
しかしもちもちで柔らかい感触が返ってきて、そのことに俺はさらにドキッとしてしまうのだった。
「そんなことありますー。こーへいの方ですー」
「いやいや春香だっての――」
「ふーん?」
「なんだよ?」
「……ちゅ♪」
春香が突然、ほっぺをツンツンしていた俺の人差し指の先にキスをした。
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