第83話 図書室の彼女と幼馴染(3)

「春香?」

「うぅ――っ」


 春香がわずかに視線を逸らした。

 なんとなく、しょんぼりと気落ちした顔をしているような気がする。


 散歩を始めてすぐにゲリラ豪雨に見舞われて、急きょ家に帰ることになった時のピースケのなんとも言えないションボリ顔を、俺はふと思い出していた。


 あとは急に黙り込んだってことから、もしかしたら急に気分が悪くなったのかもしれないな。


 だが安心しろ春香。

 ここには俺がいるからな。

 彼氏の俺が、病院にだってどこにだってすぐに連れていってやるぞ!


「春香、さっきからどうしたんだよ? もしかして急にお腹でも痛くなったのか? 今日は勉強会は中止にして帰るか? それともいったん、保健室にでも行くか?」


 俺は春香をいたわるように優しい言葉をかけた。

 俺が付いているから何の心配もないんだってことを、俺はしっかりと伝えたのだが――、


「だから、わかりませんって言ったの! 難しすぎて、まったくのチンプンカンプンなの! なにこの問題!? 難し過ぎでしょ!」


 春香は顔を上げると、小声で逆ギレした。

 図書室という場をわきまえた、実に節度を持ったキレ方だった。


「ご、ごめん」

 別に悪くはないはずなんだけど、なんとなく雰囲気で謝る俺。


 どうやら、教えてあげると言ったにもかかわらず、春香もさっぱりわからなかったらしい。


「う~~! わたし、数学苦手なんだから数学は聞かないでよね。数学を聞いてくるなんて酷いよ」

 さらに怒られてしまう俺。


「そんなこと言われても、数学の勉強をしてたんだからしょうがないだろ?」


 数学の勉強中に英語の質問はできないわけで。


「だいたい数学はこーへいのほうが得意でしょ? わたしが教えられるわけないじゃん」

「だって、春香が教えてあげるって言うからさ」


 だから俺は悪くないと思うんだ。

 ……言わなかったけど。


「航平、この問題はね」

 と、ここで待ってましたとばかりに千夏が口を挟んだ。


「なんでここで千夏が出てくるのさ」

「なんでって、春香がわからないからでしょう?」

「ぬぐぐぅ……!」


 サラリと極上の笑顔で言った千夏に、春香が悔しさで顔をいっぱいにする。

 おい春香、そんな悪だくみがバレた時代劇の悪役みたいな顔をしたら、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?

 ほらほらスマイルスマイル――なんて軽口は、ちょっと言えない雰囲気です。


 っていうか、さっきどっちが俺に解き方を教えるかで揉めかけた時に、意外なほどあっさりと千夏が引き下がったのって、多分だけどこうなることを予想していたんだろうな……。


 頭のいい千夏のことだ。

 最初に春香に解き方を教えた時点で既に、春香が数学が苦手なことを把握していたに違いない。


 そしてこの問題は解けるはずがないと踏んだうえで、俺に教える役目を、敢えて春香に譲ったのだ。


 ……俺の考えすぎか?

 うん、考え過ぎだな。

 考えすぎのはず。


「じゃあ2人で一緒に千夏に教えてもらおうぜ? な、いいよな千夏? 1人教えるのも2人一緒に教えるのも、たいして労力は変わらないだろ?」


 ともあれ、俺は必死に2人の間を取り持とうとした。


「もちろん私は構わないよ?」


「ってわけで、な、春香。俺と一緒に、千夏に教えてもらおう」

「こーへいと一緒……?」


「おう、一緒だぞ」

「えへへ、じゃあそうするね♪」


 俺は春香をなだめすかすと、春香と一緒に数学の最後の問題を千夏に教えてもらったのだった。


…………

……


「――というわけなの」


「なるほど、そういうことか。OK、理解した」

「わたしも。なるほどね~、こうやるんだ」


 千夏のわかりやすい説明のおかげで、俺と春香はたちまち解き方を理解する。


「助かったよ。サンキュー千夏」

「またまたありがとね、千夏」


「ふふっ、どういたしまして」


 難問が解けたことで、なんとなく場の雰囲気も軽くなり。

 この後も俺たちは3人で真面目に勉強した。


 休憩中は、テストの予想とか、ノートの取り方の自分なりのコツといった他愛もない雑談をした。


 図書室っていうのは、本を読んだり勉強をするところだからな。

 だから休憩中に昨日みたいなことができなくても、全然ちっとも残念な気持ちはないんだからな!

 ほ、本当だからな!

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