第82話 図書室の彼女と幼馴染(2)

(よしよし、どの問題もちゃんと解けるぞ。日ごろから真面目に予習・復習をしている成果が出ているな)


 俺は日々の努力に確かな手応えを感じながら、問題集をスムーズに解いていったものの。


 しかし最後に用意されていた長めの応用問題を前に、俺はピタリと手が止まってしまった。


(うーむ、なんだこりゃ。さっぱりわからないぞ。明らかにこれだけ問題の難易度が違う)


 数学はわりと得意科目だったんだけど、最終問題に限っては俺は解法の取っ掛かりすら掴めないでいた。

 さすがは最後の問題だと、妙に感心してしまう。


 問題集と顔の距離を離してみたり、顔を左右に傾けてみたり、しばらく問題とにらめっこしていると、


「航平、教えてあげようか?」

 千夏が俺の耳元で優しくささやくように言った。

 耳に息がかかり、得も言われぬ快感にぞわぞわっとしてしまう。


「うん。お手上げだから頼むよ」

 俺は彼女ではない女の子にドキッとしてしまったことを隠すべく、なるべく平静を装ってお願いをした。


「うん。この問題はね――」


 しかし俺に解法を説明するために、わずかに身を乗り出した千夏の言葉を遮るようにして、


「こーへい、わからないんだったらわたしが教えてあげるし!」


 春香が妙に力感たっぷりに宣言しながら、なぜか俺の視線をブロックするようにパーの形にした手を俺の顔の前へと、ニュニュっと差し出した。


「いやあの、顔の前に手を出されたら見えないんだけど……」

「わたしが教えてあげるから!」

「お、おう。じゃあ頼もうかな……」


「だってさ千夏。こーへいはわたしに教えてもらいたいんだって。残念だったねー」


「…………」

「…………」


 さっきまでの穏やかな雰囲気から一転、俺を挟んで春香と千夏が無言で見つめ合った。


 春香はガウガウと敵意を剥き出しにして。

 千夏は相変わらずのすまし顔だったけど、猟犬のように目がわずかに鋭くなっている。


 そしてバチバチに火花を立てながら見つめ合う2人に左右からサンドイッチされて、なんとも気が気でない俺。


「…………」

「…………な、なにさ?」


「それじゃあ春香に任せるわね」


 しかし千夏は春香と張り合うこともなく、それはもうあっさりと引き下がった。


「あ、そう……?」

「がんばってね」


「え、うん……えっと、こーへい。そういうわけだから、わたしが教えてあげるね。どの問題がわからないの?」


「これなんだけどさ」


 少し拍子抜けしたように聞いてくる春香に、俺はページの一番下の問題を指し示した。


「これね、ふんふん……」

「……」

 春香が解法を教えてくれるのを、座して待つ俺。


「ふむふむ……」

「……」


「うん……、うん……」

「…………」


「……………………」

 しかし春香はいつまで経っても口を開こうとはしなかった。


「……春香?」

 俺がしびれを切らして尋ねると、

 

「……せん」

 蚊の鳴くようなか細い声で、春香が何事かをつぶやいた。

 あまりに小声だったので、俺はそれを聞き取りそびれてしまう。


「え、なんだって?」

「……せん」


 聞き返した俺に、しかし春香はまたまた、かすれるような小声で何ごとかを呟いた。

 図書室だから小声でしゃべったにしても、ちょっと小さすぎるような。


「ごめん春香、声が小さすぎてよく聞こえないんだ。もうちょいボリュームを上げてくれないかな?」

「…………せん」


 春香のやつ、急にどうしたんだ?

 春香の様子は明らかに不自然だ。

 態度が急変した春香のことが心配になって、俺はいてもたってもいられれずに春香の顔を覗き込んだ。


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