第73話 図書室の彼女


 中間テスト前にもかかわらず、いたって普段通りに行われた授業の数々を終え、そして迎えた放課後。


「じゃあ図書室に行くか」

「うん♪」


 帰り支度をした俺と春香は、だけどいつものように家には帰らずに、連れだって校内にある図書室へと向かった。

 もちろん中間テストのための勉強をするためだ。


「俺、高校の図書室に行くのってこれが初めてなんだよな。入学のオリエンテーションだと、入り口から少し中を覗いただけだったし」


「わたしもー。図書室って、基本的に来る用事がないもんね」


 図書委員や本好きさん、あとは勉強家な生徒を除けば、図書室を率先して利用する生徒はあまり多くはないだろう。


「そういや親に聞いたんだけどさ。昔、スマホやインターネットが未発達だった頃って、図書室で本を借りるのが娯楽のスタンダードだったんだって」


「へぇ、そうだったんだ?」

 俺の言葉がイマイチピンときていないのだろう、疑問交じりで返してきた春香に、俺は少しだけ詳しく説明する。


「テレビも一家に一台とかだったから、時間をつぶすのは本くらいしかなくて、本がたくさんあって無料で借りられる図書室は、すごく便利で重要な場所だったって言ってた」


「わたしたちの感覚だと信じられないよね。お父さんとかお母さんの子供時代だから、そこまで大昔ってわけでもないはずなんだけど」


「今はスマホさえ開けば、時間なんていくらでもつぶせるもんな」

「むしろ、あれもしたいこれもやりたいで、全然時間が足りないくらいなのにね」


 わざわざ図書室に行って本を選んで借りるなんて面倒なことをしなくても、娯楽はそれこそ山のようにある。

 小説も漫画も動画も、スマホがあればいくらだって楽しめてしまう。


「だよなぁ。1日が24時間じゃ全然足りないよ」

「せめて30時間はいるよね」


「そんな時代がついこの間まであったなんて、話だけ聞いてもとても想像がつかないよな」


「いい時代になったよねー」

「俺たちには実感ないけどな」


 図書室にまつわる時代の変遷について話ながら校内を歩いていくと、すぐに本日の目的地、本校舎と隣接する別館にある図書室へとたどり着いた。


 ちなみに別館には他に、美術室や理科室といった普段あまり使わない特別教室が配置されている。


 初めて入った高校の図書室は、当たり前だけど静かだった。

 あと、人がほとんどいなかった。


「テスト前1週間を切ってるのに、図書室で勉強しようって生徒はあまりいないんだな」


「みんなどこで勉強してるんだろね? 家かな?」

「家でそんなに勉強する気になるか?」

「ならないならない。それこそスマホを開いちゃうし」


「まだ6時間目が終わったばっかりだし、今から増えるのかな?」

「どうだろね?」


「ま、空いてるに越したことはないし、人が増えてくる前に良さそうな席を取っちゃうか」

「だったら奥の席にしようよ? 入り口に近いと人の出入りがあるし」

「賛成だな」


 俺と春香は図書室の中を軽く見て回ると、一番人通りがなくて静かそうな奥の角席に横掛けで座った。


「こーへいは何の勉強をするの?」

「英語と数学からやる予定。春香は?」


「わたしも一緒。やっぱり成績に直結する主要教科からやっていこうかなー、って」

「英語でわからないことがあったら質問してもいいか?」


「もちろんだし。わたしも数学でわからないところがあったら質問するね」

「了解。じゃあやるか」


 俺と春香はそれぞれの苦手教科を教え合いっこする約束をすると、教科書やノート、プリントを取り出して各々、勉強を始めた。

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