第72話 朝のお散歩デート(3)

「あーあ、そろそろ勉強にも本腰入れないとだよね」


「なにせ高校に入って初めての大きなテストだからな。どれだけしっかりと準備しても、しすぎってことはないよな」


「どんな問題が出るのか、ちょっと不安だよね」

「難易度がどれくらいなのかとか、どれくらいの量なのかとかは気になるよな」


「今後のことも考えたら、出だしからつまづきたくないし」


「そういや、だいぶ前に春香の部屋で勉強会をした時に、テスト前に一緒に勉強しようって約束してたっけ」


 あれはたしか春香と出会ってまだすぐ。

 高校に入学して一週間くらいの頃のことだ。


 数学の小テストを前に、春香の部屋で一緒に勉強をしたのだ。

 すると思いの外、勉強がはかどったので、テスト前になったらまた一緒に勉強をしようって約束したんだよな。


「約束、覚えててくれたんだ」

 俺の言葉を聞いた春香の顔が、パァッと明るくなる。


 さては春香のやつ、俺が約束の話題を出すようにさりげなくテストの話題を持ち出したな?

 自分から言い出すのが恥ずかしかったのか?

 可愛い奴なだなぁ、もう!


「もちろん覚えてるよ。その頃はまさか、春香と付き合うようになるとは思ってもなかったけどさ」


「わたしはその頃からもう、こーへいと付き合えたらいいなって思ってたけどね。でも思ったより早く、現実になっちゃった」


「今思えば、怒涛のアプローチだったもんなぁ」

 そもそも出会ってすぐに部屋に上げてもらった時点で、かなり好意を持たれていた証拠だ。


 なのに、幼馴染にも振られるような魅力のない男だのなんだのと、なにかと理由を付けて、俺が春香の好意に気付かない振りをしていただけで。


「懐かしいよね。あの時、結婚の話とかもしたんだよねー」

「結婚の話? そんな話したか? 記憶にないんだけど」


「したし! 超したし! 忘れたの!?」

「お、おう。そうだった……かも?」


 頷いてみせたものの、そんな話したかなぁ?


「もぅ、そういうことだけ狙ったかのように忘れてるし。こーへいのばか……でも好き♪」


 バカと言いながら、はにかみながら好きと小さくつぶやく春香。

 恥ずかしかったのか、歩きながらトンっと軽く身体をぶつけてくる。


 その姿が控えめに言って可愛すぎて、込み上げてくる愛しさがどうにも抑えきれなくなってしまい、


「俺も春香のことが好きだよ」


 俺は朝の散歩中だというのに、我を忘れて春香を抱きしめてしまった。


 華奢で柔らかい春香の身体を、ギュッと抱きしめる。

 少し遅れて、春香の手が俺を抱き返してくる。


「わたしもこーへいのこと大好き。世界で一番好き」

「春香……」

「こーへい……」


 抱き合ったまま見つめ合っていると、頬を朱に染めた春香がそっと目を閉じた。

 つやがあって瑞々みずみずしくて柔らかそうな春香の唇が、海魔セイレーンのように俺を魅了してやまない。


 いい雰囲気に流されるようにして、俺は春香にキスをしようとして――、


 キャウン! キャン! キャン!


 散歩の途中でまさかのお預けを喰らったピースケから、


『おまえらそろそろいい加減にしろー! 散歩中だぞー! わかってんのかー!』


 と言わんばかりに腰のあたりに元気よく飛びつかれてしまって、ようやく我に返ったのだった。


「ご、ごめんね、ピースケ。つい気持ちが盛り上がっちゃって」

「さ、散歩の時はちゃんと散歩しないとだよな。ごめんなピースケ」

「だ、だよね~!」


 二人してピースケに平謝りすると、


 キャウン! キャウン!

 ピースケが、今度は嬉しそうに尻尾を振りながら歩き始める。


「良かったねこーへい。許してくれるって」

「さすがピースケ、できたヤツだ」


 というわけで、恋愛脳からお散歩脳に心を入れ替えた俺と春香は、ピースケの朝の散歩を再開したのだった。

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