第68話「もぅ、こーへいのえっち! こーへいの種馬!」

「いっそのことこっそり家に入って、お父さんに隠れてえっちしちゃう?」

「それ、見つかったら俺、殺されるから」


「あはは、殺されるだなんて、こーへいってば大げさだし。実はこーへいってば、かまってちゃん?」


 春香はにへらーと危機感もなく楽しそうに笑っているけど、この件は俺としてはとても笑い事ではないのである。


「いやほんとマジで。マジ寄りのマジだから。春香のお父さん、そんなシーンを見た日には、怒りゲージMAXで殺意の波動に目覚めちゃうから」


「そんなことないってば。お父さん、すっごく優しいもん。こーへいのことも絶対気に入ってくれるし。わたしが保証するよ?」


 右手の親指を立ててグーをしてくる春香だけれど、こればっかりはそんな甘いもんじゃないんだよなぁ。


「残念ながら彼氏にとって、『娘に優しいお父さん』ほど恐ろしいものはないんだよな」


 それだけ大切にしている愛娘まなむすめの、それこそ心と純潔が見ず知らずの男に奪われるわけだから。


 遠い将来に俺が父親になったとして、果たして『娘の彼氏』という存在を許せるだろうか?

 単なる想像の上ですら許せない気がした。


「まぁまぁ、冗談はおいといて」

「俺的には、冗談でもなんでもないんだけども」


「もぅ、そんなに隠れてお家に来てえっちしたかったの? もぅ、こーへいのえっち! こーへいのすけべ! こーへいの種馬!」


「そういう意味じゃなくてだな!? っていうか種馬はないだろ種馬は!」


「へぇ? じゃあこーへいはわたしとえっちしたくないんだ?」

「えっ? いやあの、えっと、それは……その。なんていうか、あれで……」


 さっき先延ばしにしたはずの選択を急に迫られてしまって、思わずしどろもどろになってしまう俺。


「ふーん? こーへいはえっちとかしたくないんだ~? ふーん?」


「……それはまぁ、その、そういう気持ちがゼロというわけではないんだけども……っていうか春香の顔、めちゃくちゃ赤いからな!」


 しかしそこで俺は、春香の顔が真っ赤になっていることに気がついた。


「そんなの当たり前だし! えっちな話をしてるのに、恥ずかしくない女の子なんていないもーんだ!」


「だったら言わなきゃいいのに」


「ふーんだ、こーへいが優柔不断なのがいけないんだもーん」

「はいはい、俺が悪かったよ……って、何の話をしてたんだっけか?」


「お父さんがいるから、しばらくはわたしの部屋では遊べないって話だね。そういうわけだから、ごめんね」


「了解。でもちょっと残念だよな。せっかく付き合うことになったのに、今までみたいに誰もいない春香の家で2人になれないのはさ」


 それが俺と春香の当たり前だったから。

 それが急にできなくなることを、俺はどうにも残念に感じてしまう。


「こーへいがお父さんに正式にご挨拶をしてくれたら、何の問題もないんだけどねー。なんならこの機会にご挨拶しちゃう? わたしは全然構わないよ? むしろウェルカムだよ? いっそのこと今から来ちゃう?」


「さすがにそれはハードルが高すぎるから、まだちょっと待ってほしいかな……」


 彼女のお父さんとのご対面は、彼氏にとって人生最大のチャレンジと言っても過言ではないだろう。

 今の俺には明らかに覚悟が足りていなかった。


 というか高校1年生でそんな覚悟があるやつ、いる?


「その日が来るのを楽しみにしてるね。はい、約束」

 笑顔の春香が小指を立てた右手を、俺の前に差し出してくる。


「約束ぐらいなら、まぁ……」

 意図を察した俺は自分の小指を、春香の小指に優しく絡めた。


「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本、飲~ます! 指切った!」」

 小さな子供みたいに指切りの呪文を唱えてから、俺たちは帰路についたのだった。


 もちろん春香のお父さんと面会する勇気も、覚悟も、根性も、甲斐性もあるわけがなかったので、今日はそのまま春香の家の前で別れることにした。


 ま、そんなに急ぐ必要はないだろ?

 俺と春香はまだ高校1年生になったばかりで。

 しかも付き合い始めたばかりなんだから。


 時間もチャンスも、まだまだいくらでもあるさ。

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