第65話「もう我慢の限界なんだもん。こーへいとキスしたいんだもん」

「なにその反応、意味わかんないし。こーへいはわたしとキスしたくなかったの……?」


 その途端に、捨てられた子犬のようなしょぼくれた顔になる春香。


「だってキスしたいだなんて、ここ外だぞ?」

「ちょっとこーへい、声が大きいってば! 恥ずかしいじゃんか……」


「ご、ごめん、ちょっと取り乱してしまって……でも外ではダメだろ?」


 思わず大きくなってしまった声を、俺は慌てて抑えた。

 でも大丈夫、周囲には人っ子一人いない。

 ノープロブレムだ。


「なんでよ?」


「なんでって、誰かに見られでもしたら大変だろ? もうかなり家に近いところまで来てるし、ご近所さんに見られでもしたら、町内ネットワークで高速拡散されちゃうだろ?」


 今、俺たちがいるのは住宅街を抜けていく通学路。

 つまりお天道様てんとさまが見ている公共の場である。


 そこでキスだなんて、ちょっとなぁ?

 誰かに見られでもしたら、


『ねぇ奥さん、知ってるザマスか? 広瀬さんとこの航平くん、川向こうの蓮池さんところの春香ちゃんと、道端でキスをしていたザマスわよ』

『まぁなんてハレンチなんザマしょう! PTAに報告するザマス』


 とかなんとか、ご近所ネットワークの果てに親に伝わってしまうのも時間の問題だ。


「それなら、この辺りはちょうど背の高い塀とか生垣ばかりだから、大丈夫だと思うよ? 近くに人もいないし、電柱の影でこっそりしてたら誰にも見られないと思うけど」


 周囲を見渡してみると、春香の言うとおりで、この辺りはかなり死角の多い場所だった。

 そして人通りも、この時間はほとんどない。


 だがしかし、である。


「そういう問題だけでもないというかだな」

「じゃあどういう問題なの?」


「それはその、心の問題もあるというか……」

 日常の延長でさらりとキスができるほど、俺はまだキス慣れをしてはいなかった。


 というかキスすることに慣れている、なりたての高校1年生とかほとんどいないから!

 ――いないはず、いないと思う……多分。

 いないよな??


 しかし若干ヘタレ気味な俺とは対照的に、恋する乙女100%な春香が更なる爆弾発言を投下する。


「心の問題なら、わたし学校にいる間、ずっとこーへいとキスしたいの我慢してたんだもん」

「なっ――」


「もう我慢の限界なんだもん。こーへいとキスしたいんだもん」

「ちょ、おい春香。なんてことを言うんだよ!?」


「ええっ? キスくらい何度もしたじゃん? 深夜の住宅街とか、誰もいない公園とか」


「そりゃしたけども! でもあれは流れの中で高まったムードで生まれた必然であってだな!」

「はぁ」


「そもそも学校ってのは神聖なる学び舎なんだぞ? その学校でキスすることばっかり考えていたなんて、春香はいけない子だなぁ、もう!」


 このハレンチさんめ!

 いつも真面目に授業を受けてる優等生の春香が、実は内心ではそんなハレンチなことを考えていたなんて知ったら、一生懸命に授業をしてくれている先生方が泣いちゃうぞ!?


 ……いやさ?

 そりゃ俺も、授業中は目の前にずっと春香=俺の彼女がいたから、なんとも気もそぞろになっちゃったんだけどな?

 今まで見ていたはずの景色が、今日に限っては全く違って見えちゃっていたんだけどな?


 春香が教科書をめくったり、シャーペンの芯を変えたりする何気ない動きが――それこそ春香の一挙手一投足が、妙に気になって気になって仕方なったんだけどな?

 そういう気持ちがゼロだったとは言わないけども!


「ねぇこーへい、キス、だめ……?」


 しかし春香は最後の一押しとばかりに、甘えるようなささやき声と、あどけない上目づかいでキスをねだってくる。


 俺の視線は自然と、艶っぽいプルプルのリップに引き寄せられてしまった。

 魅力的な春香の唇から、俺は目を離すことができないでいた。

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