第66話 帰り道キッス
「だめ……じゃないよ」
ここでこれ以外の返答をする彼氏がいるだろうか?
いたとしたら、そいつはヘタレを通り越して彼氏失格、どころか人間失格だ。
速やかに正座して、太宰先生にお説教してもらった方がいい。
俺は春香の彼氏として意を決すると――まずは周囲をしっかりと見て誰もいないことを確認してから――春香の身体を抱き寄せるようにして電柱の陰へと寄った。
「ぁ――っ」
春香が期待と気恥ずかしさが入り混じったような小さな声を上げると、そっと俺の腕から手を放して、今度は俺の腰にあたりに手を回してギュッと身体全体をくっつけてくる。
応えるように俺も両手で春香の華奢な身体を抱きしめ返した。
俺の腕の中に春香がいた。
春香の身体は華奢で繊細で柔らかくて、俺は身体中が春香の存在で満たされているかのような不思議な錯覚を覚えてしまう。
無言のまま少し上を見上げた春香が、そっと目を閉じる。
さらにおねだりするように、わずかに突き出された形のいい唇に、俺は優しく触れるように唇を合わせた。
「ん――っ……」
春香の方からキスをおねだりしてきながら、なんだかんだで春香も緊張しているんだろう。
唇が触れ合った瞬間に、春香の身体がピクっと小さく跳ねる。
その様子がなんとも可愛くて、チャーミングで、愛おしくて、俺は一度唇を離してからもう一度優しく唇を合わせた。
キスをしながら春香の身体を抱く手に力を入れると、春香も少しだけ強く抱き返してくる。
「ん……はぅ……んんっ……」
触れ合ったところからじんわりと伝わってくる熱と、柔らかい感触。
くぐもった声。
切なげな吐息。
それらが怒涛のように俺に押し寄せてきて、俺の心は幸せと嬉しさで、溢れそうなほどにいっぱいになっていた。
もっと、もっと春香と繋がっていたい。
もっと春香の全てを受けとめたい。
俺の全てを春香に受けとめてもらいたい。
「んぅ、んっ……はぅん……んっ……」
終わらせるのがもったいなくて、俺は春香を抱きとめたままでしばらく電柱の陰でキスを続けた。
…………
……
どれくらいの時間そうしていただろうか。
唇がふやけてしまいそうになるくらいに求め合っていると、突然ガサガサっと木の揺れる音がして、
にゃ~~ん。
すぐ近くの生垣の根元から、一匹の三毛猫がひょこっと顔を出した。
「――っ!?」
驚きのあまり、俺はキスをやめて春香の身体からパッと手を放した。
「び、びっくりしたぁ」
同じく春香も驚いたようで、目を大きく見開きながら三毛猫を見ている。
「な、なんだ。猫かよ。びっくりさせるなよな」
「でもちょっと一安心?」
「まぁ猫に見られてもご近所さんには広まらないからな」
三毛猫は身を寄せ合う俺たちを軽く見上げてから、しかし特に興味なさそうに視線を戻すと、
にゃーん。
小さくもう一鳴きして、道路の反対側の生垣の根元へと消えていった。
どうやらここは、彼女のお散歩ルートの途中だったらしい。
ちなみに「彼女」と断定したのは、遺伝の関係で三毛猫は基本的にメスだからだ。
中学の時に、猫好きだった理科の先生が、遺伝の授業の時に、
『うちの三毛猫はオスなのよね~。三毛猫のオスってすごく珍しいのよ?』
と、愛猫の写真付きで解説――というか力説してくれたおかげで、しっかりと覚えていた。
それはさておき。
「えへへ、今のすっごくドキドキしたね」
「マジで心臓が止まるかと思ったよ。やっぱり外はリスクが高いよな」
「じゃあ続きは中で……わたしの部屋でしちゃう?」
「つ、続きって……」
今さらだが、いい感じだったけど付き合ってはいなかった昨日までとは違って、今日の俺は春香の彼氏なのだ。
つまり春香の部屋に遊びに行ったら、当然キスとか抱き合ったり――それどころか、もっと先のことまでしちゃうかもしれないんだよな……?
ご、ごくり……。
緊張で、俺の喉が鳴った。
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